アクアシティ

 

 騎士団本部から出て、中央区にある転移ゲートを目指す。

 並んで歩いているけれど…人二人分の距離を空けられると、少し寂しい。


「クーメリアさんは、エルメシアから来たんですか?」

「…はい、そうです」


「どれくらいで行けるんですか?」

「半年です」


「えっ、結構遠いんですね。一人で危ない事もありました?」

「…人間に襲われそうになったです」


 そこまでして来る理由も知りたいけれど、私はただの案内だから深追いはやめよう。

 クーちゃんの表情は変わらず固い。人間をあまり良く思っていない様子だ。でもある程度は信用して貰えただけでもよしとしよう。


 中央区の転移ゲートに到着し、受付にレティ用のカードを提示。

 騎士団関係者は一般都民よりも優遇されるから、混んでいても楽だ。


 アクアシティ行きの通路を進み、転移ゲートをパシュンとくぐる。

 どうも衛兵さんご苦労様です……あれ、クーちゃんが来ない。

 ……ちょっと戻りますね。


「クーメリアさん、早く来て下さい」

「……」


 初転移ゲートなのかな?

 後が押しているから、クーちゃんの手を取って連れていく。

 一瞬だから、大丈夫だよー。パシュン。


「ほらっ、一瞬ですよね」

「…怖かったです」


 ポツリと呟く感情表現に、思わず抱き締めてしまいそうになるけれど、我慢をしなければならない葛藤が私の中で渦巻いている。

 そうとは知らないクーちゃんは、私を気にせず歩き出そうとする。ちょっと待ってね。


「あっ、衛兵さん。騎士団の詰所ってどこにありますか?」

「出たら直ぐだよ」


「ありがとうございます」


 良かった。迷子にならなくて済む。

 手を繋ぎながら転移ゲートの施設を出ると、アクアシティの街並みが姿を現した。

 一言で言うと青い。

 ほとんどの家が白か青の外壁、水路が張り巡らされ舟が浮いている。行き交う人も観光客が多い印象で、海沿いの都市って感じだな。

 クーちゃんも少し目を輝かせて街並みを見ている。

 綺麗な街並みだなぁ…ミーレイちゃんの親戚が市長なんだっけ。凄いな。


 見惚れている場合ではないので、目の前にある詰所へ行こう。


「…手」

「ん?」


「…手、離して下さいです」

「えっ、嫌です。案内料だと思って下さい」


 チャンスはものにするよ。今、クーちゃんのスベスベな手は私のものだ。振り払われない限り、この手を堪能してやるんだ。離さないよ。

 詰所の中は帝都と変わらない。

 受付のお姉さんが私とクーちゃんをニコニコ見ている。


「すみませーん」

「はい、どんな御用ですか?」


「帝国騎士団特事班所属のレティと申します。同じ特事班のフーメリアさんの面会で来ました。これ、面会希望書類です」

「あなたがレティちゃん! あっ、失礼しました! は、はい、確認しました。今違う詰所に居るので、三十分程お待ち戴いてよろしいですか?」


「はい、じゃあ…あの椅子で待っていても良いですか?」

「是非! あ、あの…サイン貰えますか?」


 サイン?

 面会希望書類に? 違う?


「何処に…ですか?」

「この色紙に!」


 何言ってんの?

 色紙にサインとか書いた事無いよ。良いの? 知らないよ?

 帝都の劇場アイドル風に書けば良いかな?

 レティの名前の周りに星マークとハートマークを書いて、お姉さん…アイナさんへ、レティより! と書いて終了。こんなんで良い?


「ありがとうございます! 大事にします!」


 私が有名なのか聞きたいけれど、きっと地雷だ。

 聞かない方が私の為だ。

 聞いたら騎士団長をぶっ飛ばす未来しか無いと思う。


 嬉しそうなお姉さんに一礼して、クーちゃんと近くの椅子に座る。もちろん手は離していないけれど、人一人分空いている。一応クーちゃんも慣れて来たのか、手を繋いでいても気にしなくなったかな。


「クーメリアさんは、お姉さんの用事が終わったら帰ってしまうんですか?」

「…予定通りに行けば直ぐに帰るです」


「あの、まだまだ観光出来る所もあるので…良かったら少し滞在しませんか? 案内したいんです」

「……考えておくです」


 よし! 好感触! 少し近付いてみよう。半ケツ分詰めてみる…あっ、同じだけ逃げられた! もう一度挑戦…半ケツ分詰めてみる……逃げない。よしよし、全ケツ分詰めて引っ付く事に成功した。


「…なんでくっ付くです?」

「私の中の何かが、クーメリアさんにピタッとしろと命令しているんです。だから離れません」


 耳触りたい。

 触りたい。触りたい。我慢。触りたい。

 …別の事を考えよう。


 ポンチョタイプの服から覗く生足が……いやもっと違う事だ。


 手がスベスベで爪が綺麗……お人形さんみたい。…そういえば私のお人形…モンモンはまだ城にあるのかな? あったら欲しいなー…髪が伸びる人形はモンモン以外に見た事が無いし。

 誰から貰ったんだっけ? うーん、覚えていない……

 そうそう、ムルムーの悪戯でよく後ろ向きにされてたなぁ。今では懐かしい。


 クーちゃんの手をさわさわしながら考えていると、詰所の扉が開いてエルフの女性が現れた。フーメリアさんだ。クーちゃんとよく似ている…美人さんだなぁ。

髪が綺麗…一本一本が生きているみたいにキラキラしている。どんなお手入れしているんだろう。

それにお洒落なアクセサリー…ん? うわっ…まじか…


「お待た…クー?」

「――お姉ちゃん!」


 クーちゃんが飛び出して、フーメリアさんにガシッと抱き付く。うんうん、姉妹の再開って奴だね。

 困惑しているフーメリアさんが、私を見て首を傾げていた。


「フーメリアさん初めまして、特事班所属のレティと申します」

「あなたがレティちゃん……可愛いわね……食べちゃいたいわ」


 きゃー。食べられちゃう。

 もしかして、フーメリアさん…エロフか?


「お姉ちゃん! 帰るですよ!」

「…嫌よ」


 なるほど、姉を連れ戻しに来たのか。

 フーメリアさんは心底嫌そうな顔を隠さない。

 家出かな?


「お姉ちゃんが帰らないから私がアイツと婚約させられるですよ! 嫌なのですよ!」

「そんな事言ったって…私は帰る気無いわ。そうだ…クーもこっちで暮らせば結婚しなくて済むじゃない」


「……帰らなかったらパパママが来るです。……怒られるですよ」

「クー……」


 フーメリアさんが優しい目を向けて、クーちゃんの肩に手を置く。

 クーちゃんは話が通じたと思ったのか、嬉しそうにフーメリアさんを見て見詰め合う。綺麗な絵面…美人姉妹か……ごちそう様です。


「お姉ちゃん……」

「頑張ってね」


「…えっ」


 今…妹を谷底に突き落としたな。

 頑張ってねという言葉に全てが集約されているよ……

 クーちゃん可哀想に…望まない結婚を強いられるんだね。

 あぁ…クーちゃんの目に涙が溜まっていく…


「お姉ちゃんは帝国で生きて行くわ。クー、立派に生きるのよ」


 うわー…一歩も譲歩しない姿勢が素晴らしい。お姉ちゃん絶対説の教科書みたいな人だな。

 クーちゃんは…泣きそうになりながらフーメリアさんを睨んでいる。そりゃ突き離されちゃ怒るよね。


「お姉ちゃん…勝負するです! 私が勝ったらエルメシアに帰ってもらうです!」

「うふふ、良いわよ」


 おー、エルフの戦いを視られるのか。

 楽しみだなー。


 それでは、ラジャーナにご案内しますよー。


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