挿話。コーデリア・フーツー・ミリスタン

※妹ちゃん視点です。



 

 お姉さま…


 私は…お姉さまを助けられなかった。


 知っていたのに……


 お姉さまが死ぬ事を知っていたのに……


 私が…お姉さまを…殺したんだ…




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私はお姉さまが大好きだ。


 学校ではいつも一番。

 いつも中心に居て、みんなの憧れの存在。

 知的で凛とした佇まい。

 お兄様を圧倒する剣術。


 努力を惜しまず…強く、美しい。

 孤高の華。


 私の自慢のお姉さま。


 私は、お姉さまのようになりたい…そう、いつも思っていた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「お母様、怖い夢を見たの……」

「リア、どうしたの? 聞かせて?」


 お姉さまが帝国の皇子に会う少し前、怖い夢を見た。


 楽しいお茶会の後…黒くて怖い人が、お姉さまを刺す夢。

 凄くハッキリと覚えていて、怖くて怖くてお母様に相談した。


「……そう、アレスティアが。他に、誰が居たの?」

「お母様と、ムルムーさんと、帝国の皇子様と……」

「……帝国の? リアは知らない筈…予知夢? まさか…」


 お母様は珍しく私の話を詳しく聞いてくれた。


「リア、大丈夫よ。私がなんとかしてあげる。アレスティアは死なせないわ」

「うん! ありがとう! お母様大好き!」


「ふふっ、リアは女王の素質があるみたいね。嬉しいわ…とても。でも、約束して欲しいの」

「約束?」


「この事は誰にも言ってはいけないわ。もちろんアレスティアにも。だって怖いでしょ? 刺されるって聞いたら」

「う、うん! 秘密にする!」


 お母様なら、なんとかしてくれる。

 私は信じていた。

 心の底から。

 お姉さまを助けてくれるって。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 運命の日。


 帝国の皇子がやって来た。

 軽く挨拶をして、お茶会にも同席させて貰った。

 私は主役になってはいけないから、隅で会話を聞いている。


 お姉さま、皇子が来ても変わらず凛とした佇まい。素敵。


 皇子の質問にも一言で返して、謎めいた部分を魅せている。勉強になるなぁ…もう、お茶会が終わる頃には…皇子はお姉さまの虜になっていた。


 皇子が腕輪を渡した時には、凄く嫌そうな顔をしていた……どうしたんだろう?


 そんな事を考えていた時…お姉さまが何かに気付いたようにキョロキョロしだした。


 まさか……


 ドンッ!――


 黒い騎士……駄目駄目駄目駄目駄目駄目!

 お母様! ……お母様? ……どうして


「かはっ……」


 えっ……お姉さま?

 刺され……

 あぁぁぁぁぁぁぁ!


「いやぁぁぁ! お姉さまー!」

「ひめさまぁ! ひめさまぁ! 誰かぁ! 早く回復を!」


 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!


 そんな事って…そんな事って…


 どうして私は動かなかった!


 どうして誰かを頼ろうとした!


 どうして……お母様は……笑っていた……




 その後、私は気を失い……


 目覚めた時には、お姉さまの葬儀が終わっていた。


 そして、お姉さまの遺体が盗まれ……


 私は絶望を心に宿した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 お姉さまの葬儀が終わって、三ヶ月が過ぎた。


 今もずっと後悔している。


 誰も居ないお姉さまの部屋で、お姉さまが使っていた物に触れる。


 使い古された筆記用具。

 血の滲んだ木剣。

 模様の剥げたティーセット。


 ずっと、物持ちが良いと思っていたけれど…後からお付きのメイドに聞いたら、お姉さまが使えるお金はほとんど無かったらしい。

 淡々と答えるメイドに…ただ…悲しかった。


 誰を…信用すれば良いのだろう……もう、解らない。



 毎日、毎日この部屋に来て一人で泣く。


 それが日課のようになっていたある日、お姉さまの部屋で酷い頭痛に襲われた。


「…くぅ……なに……これ」


 左目が熱い、痛い。

 ベッドに倒れ、痛みに耐えていると…頭の中に映像が流れた。

 やけに鮮明で、あの時の夢よりも鮮明で、ハッキリと見える。


 銀色の髪……えっ?


 お姉…さま?


 少し、大人っぽくなっている。


 なんで? どうして?

 これは……未来?

 私に会っている?

 まさか……



「生きて…いる?」


 ……会いたい。会いたい。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい。

 みんなに教えなきゃ! 生きているって!


「いや…駄目だ……ここじゃ、お姉さまに居場所は無い」


 落ち着け、落ち着け。

 考えなきゃ。

 お姉さまが教えてくれた。

「……一時の感情に振り回されたらいけない」


 どうするべきか。

 まだ…誰にも言っちゃ駄目。


 先ずは…お姉さまの味方に会おう……ムルムーさんか!



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 外出の許可を貰って、ムルムーさんの家…ロレンタ子爵家にやって来た。

 心を病んで療養していると聞いたけれど……


「こっ、これはコーデリア殿下!」

「報せも無く来てしまって悪いわね。ムルムーさんに会いたいのだけれど……」

「それが……」


 ……雇われて居ない?

 嘘だ……働ける精神状態じゃない。


 ヒルデガルド・ルイヴィヒ。

 その人の所へ行ったのか。


「ムルムーさんの様子は?」

「ヒルデガルド様のお蔭で、元気に笑えるようになりました」


 有り得ない。

 ムルムーさんは私に匹敵するお姉さま好きだ。

 元気に笑える?

 有り得ない。


「……そう。ありがとう」



 ロレンタ子爵家を出てから、城へ戻る。


 そしてお姉さまの部屋で一人考える。

 お姉さまなら直ぐに答えを出すんだろうな……


「ムルムーさんは帝国に居る……帝国……」


 ヒルデガルド・ルイヴィヒさんは帝国に居る。

 元気になったムルムーさん……何があった…何がというか一つしか考えられない。お姉さまに会ったんだ。


 じゃあ…お姉さまは、帝国に居る?

 …ムルムーさんは、お姉さまの所へ?


「……ズルい」


 お姉さまは、居場所を持っているのかな?

 命を掛けて、あの皇子を助けたという事は…あの皇子を愛していたのかな?


 だとしたら……あの皇子の隣には、お姉さまが居ないといけない。


 アース王国の王女が、次の婚約者になる……駄目。


 その場所はお姉さまの場所。


 お姉さまの場所は…私が作ってあげたい。



「…ふふっ」


 そうか。


 殺せば良いんだ。


 アース王国の王女。



 正式な婚約発表まで三年……

 結婚まで六年を切っている……



 強くなろう。


 アース王国には、勇者が居る。

 勇者が王女を守っている。


 それなら、勇者を超える。


 どれくらい強くなれば良いか解らないけれど……


 超えてみせる。


 お姉さまのように強くなればきっと……


 私にだって出来る。


 私は、お姉さまの妹だから。


 お姉さまの剣術……ディアス室長に頼もう。


「帝国…か。行きたいな。私が帝国に行ける方法は……帝国剣技大会……帝国美少女グランプリ……あとは……」


 待っててね。


 大好きなお姉さま。


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