一章…覚醒編

私、アレスティアには夢がある。



 遠くから割れんばかりの歓声が起きている。

 称賛する声、勝利の雄叫び、喜びの叫び。


「強くなったなぁ…」


 たった一人、歪な山の上で佇む者。

 青みの掛かったピシッとしたジャケットに、ズボンの制服を着て、少し長い銀髪を後で纏めた格好。片手に白い剣を持っている。


 辺りを見渡せば、死屍累々の光景。

 ゴブリンの様な小さな魔物から、トロルの様な大きな魔物まで様々。

 全ての魔物が斬られ、貫かれ、焼かれ、潰され絶命している。


 辺境の街ラジャーナで起きた大災害。魔物の異常発生。

 街が無くなる覚悟を誰もが持っていた。


 たった一人の、この男…いや、女の子によって成し遂げられた偉業。本来なら喜ぶべき事。だが、その表情は何か物思いにふけるように笑顔は無い。


 地形が変わり、地面が見えない程の魔物の死体。その中心にピラミッドの様に魔物が積み上がり、その頂点…一際巨大な魔物の上に立ち天を仰ぐ。晴れ渡った空に薄く見える月が、直ぐ近くにあるような気がした。


 今立っている巨大な魔物、『崩壊の邪龍』も倒されていた。

『崩壊の邪龍』はこの地に語られる災害。災いを呼ぶ存在とされ、人が討伐出来る様な存在では無い。


 この女の子。帝国騎士団所属アスティ。男の格好をしているが、今時の女の子。

 男の格好をしているのは、自分の身を守る為。権力者との婚姻から逃れる為。

 だがもう、身を守る力を手にしていた。



「夢を…叶えに行こう」


 彼女はこの日、騎士団に退職届けを提出する。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 私の名前はアレスティア・フーツー・ミリスタン。


 ごくごく普通の国、フーツー王国の第一王女でした。何が普通かと言われれば、特にパッとする特産品も無い、有名人もまぁまぁ居て、観光地もそこそこ。隣国の帝国に愛想を振り撒く普通の国。


 そんな普通な国の、王国暦300年に生まれ、王国暦312年にアレスティア王女は殺された。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王国暦303年。私の物心が付いたのは三歳くらい。


「王女様、がに股になっておりますよ」

「カニさんカニさん!」

「足を閉じて下さい。淑女としてあるまじき行為です」

「ぶぅー!」

「ぶぅーもいけません」


 物心付いた時には王女としての教育は始まっていました。淑女としての勉強、王族としての作法、お茶会マナー、殿方と踊る為のダンス。


「ダンスー!ダンスー!」

「王女様、跳ねるだけではダンスになりません」


 金色の髪をワサワサ揺らして全力のダンス。落ち着いたものは何も無く、はしゃぎたいだけの年頃。

 お遊戯と変わりませんでしたね。


「リザリー!このお本読んでー!」

「かしこまりまし…だっ駄目ですこの本は!何処でこんな本を!」

「えっ…本棚にあったから…なんでこの本は駄目なの?」

「えっ、いや、あの…こっ、これは薄い本と言いまして…大人しか読めないんです!はい!」

「むぅー…」


 この頃に、薄い本という男の人同士がイチャイチャする本に出会いました。

 最初はよく解らずに眺めるだけ。

 意味を解り始めたのが初等部に入り始めてから…

 皆読んでは駄目と言っていたけど、一人だけ読ませてくれたお蔭で、愛読書の一つ。


 お城の中では自由に歩けました。お城の中が私の世界の全て。皆優しく、いつも誰かが居て私を見てくれます。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王国暦305年。五歳になり、魔法の勉強が始まりました。



「むぅー…ライトー!_ポンッ_出たー!」

「はい、良く出来ました。これが初級魔法のライトです」



 魔法の勉強は、五歳から勉強する。様々な属性の適性があり、属性によっては数万人に一人や、数百万人に一人という割合の属性もあったり…私にも魔法の才能があるらしいけど、どんな魔法の適性があるかまだ解らない。


「すごーい!すごーい!すごーい!」

「ふふっ、王女様は魔法がお好きなんですね」

「うん!パー!ってバー!ってダァー!ってするの楽しい!」

「はい、次はマナーの勉強です」

「ぶぅー!」

「ぶぅーはいけません」


 相変わらずマナーの勉強は嫌い。この頃から好きな物以外に興味を持たなくなっていた。


 国として恥じない王女になる為に毎日毎日教育。同じ景色を見続けた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王国暦307年。学校に通う年齢、7歳になった。


 フーツー学院という、貴族の子供や、力のある商家が通う学院。

 その頃には侍女達の奮闘により、人前では落ち着いたクールな王女になったと思う。クールというのは、まぁ、この前読んだ女性騎士の物語に影響されて、クールな性格に憧れていただけですが…



「若い草の芽も伸び、ピンクパールの花も咲き始める、春爛漫の今日、私達はフーツー学院初等部の入学式を迎える事となりました。

 本日は、この様な素晴らしい入学式を行って頂き、心より感謝しております。

 一日一日悔いの無いよう、大切に過ごし、生涯付き合っていける友を作る事が出来ればと思っております。

 時には間違った道へ進もうとしてしまうこともあるでしょう。その時は厳しい指導を、そして優しく力を貸していただけると嬉しいです。

 王国暦307年、新入生代表、アレスティア・フーツー・ミリスタン」


 割れんばかりの拍手を贈られ、一番前の席に座る。

 緊張した…冷や汗ものだ……王女だからって挨拶させるのはどうかと思う。

 ムルムーが泣きながら手を振っているけど、恥ずかしいからやめて欲しい。


「姫さまぁー練習した甲斐がありましたねー!」


 ……本当に恥ずかしいからやめてほしい。


 ムルムーは私より少し年上の10歳、侍女見習い。性格は少し破天荒、几帳面、好きな物は私。

 学校に通いながら私の教育に参加してくれる、私のお姉さん的存在。



「姫様!もう最高です!新入生代表素敵でした!可愛い過ぎですよー!」

「ムルムー、落ち着いて。皆見ているわ」

「ふぁい!あぁ…可愛いですねぇ…ひめさまぁ…」


 学院で王城のテンションで話されると困る。私はクールに学院生活を送りたい。

 あの女性騎士の様に、凛とした佇まい、華麗なる剣技…剣技…爺やに教えて貰おうかな…格好良いし…強くなってみたい。



「王女殿下、わたくしは公爵家のイザベラ・ルーカントですわ。新入生代表挨拶…素敵でしたわ」

「ありがとう。少し緊張したけど上手くいって良かったわ」


「謙遜する王女殿下も素敵ですね。わたくしは侯爵家のクートリナ・ヤクスです」

「よろしく」

「王女殿下わたくしは…」「わたくしは…」「わたくしは…」


 自己紹介はありがたいけど、そんなに行列で名前を言われても覚えられません。ムルムーがこっちを見てニコニコしている…きっと困っている私を眺めているに違いない。


 学院のクラスは性別によって分けられる。女子だけのクラスと男子だけのクラス。正直ありがたい。男の子って少し苦手だから。


「お、王女殿下、今日も、美しい…貴女と話せる、ぼ、私は、幸せ者です」

「…ありがとう」


 こんな風に皆同じ様な事を言う。お手本の言葉をそのまま言う飾りの言葉。

 他の女の子と話している時は、自然体で話して笑顔を見せるのに…私に話し掛ける時は、みんな用意していた言葉を言い、ぎこちない笑顔を見せる。


 王女だから気を使っているのは解る…親にそう言わされているのも解る…解るけどもっとこう…飾らない物が欲しかった。



 この頃から、王女が苦痛になっていた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 王国暦309年。九歳になり、爺やに教えて貰っている剣術に夢中になっていた。



「やぁ!」

 横凪ぎに剣を振るい、牽制しながら足に力を込めサイドステップ。

 そのまま身体のバネを使っての突き。


 カッ!_

 乾いた音が響く。


「ヨホホホ!」

 爺やが高笑いをあげながら剣の先で突きに合わせた。

 私の剣先の方向を簡単に変えられ、空を切る。


 空を切った瞬間バックステップ。

 両足に力を込め、爺やに突進。


「まだぁ!無元流・乱れ桜!」


 急に進路を変えてすり抜けざまの連撃。


 カカカカカカ!_


 無元流・乱れ桜…爺やの剣術、無元流の技。軌道を変えながら連撃を叩き込む初見殺しの技だけど、爺やに効果がある訳も無く。


「ヨホホホ!当たりませぬよー!」


 連撃は全て弾かれる。そりゃそうだ、全ての軌道が見切られているんだから。剣先を当てるだけで弾かれるなんて自信を無くす。

 絶対わざとだ…私に剣術を諦めさせる様に言われてるんだ。それを思うとムキになる。


 技を放った後の僅かな硬直時間…その瞬間に眼前に剣先を向けられ、「参りました」敗北を宣言。

 …悔しいなぁ…一発でも入れたかった。



「ヨホホホ!無元流は技を放っている最中でも、新たな閃きで技を変化させる事で真価を発揮する剣技ですぞ。集中を切らさぬ様に」


「はい!ありがとうございました!」


 剣は爺やに無理を言って習い始めたのが7歳の時。今では無元流という爺やの剣術をマスターするのに夢中。

 強くなる実感があって、魔法とは違った形で面白い。


 だけど、私の両親…王と王妃は剣を習う私に、あまり良い顔をしていない。それにつられて一部の人達も同じ目で見てくる。


 一度兄様と闘った時に…勝ってしまった。それ以来、兄様があまり口を利いてくれなくなった…


 王女は普通、剣を習わない…らしい。変り者だと言われようが、私は私だと言い聞かせる。


 時が来るまでは…自分の好きな事をしたい。そう思うのは当然だった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 王国暦310年。10歳。



「なぁ王女さん、物語とかで王女と騎士が結婚する話あるけど、本当?」

「んー…誰にも負けない強さとかあるなら本当になるんじゃない?あと家柄とか能力も必要かな?解らないけど」

「あぁ…そりゃあ…俺には困難な話だなぁ…」

「そうね。現実は現実、物語は物語よ。私はそう…高嶺の花って奴よ!せいぜい今の内に見ておきなさい!ほれほれ」


「くくくっ…なんだよそれ」


 特待生のジード。平民の彼は頭は良いけど、敬語を使わないから貴族の子には嫌われている。

 私は、面白そうだったから少し前に話し掛けてみた。そしたら敬語を使わず、他の子と同じ様に話してくれたから、それ以来よく隠れて話す様になった。


「あっ、見付けましたわ王女様。平民と話しては駄目ですわよ。あちらでお話しましょう」


「ええ、じゃあねジード」


「ああ…」


 少しだけ、学院生活が楽しくなってきた頃。私の父…王に呼び出された。

 王との思い出は無い。接する事が稀だったからどんな人かなんて解らない。解る事は、王女という政治の道具としてしか見ていないという事。


「アレスティア、そろそろ婚約者を決める。帝国の第二皇子をと思うが…異論は無いな」


「……」

「異論は無いな。もう決まっている事だから喜べ。…もう行って良いぞ」

「…はい」


 ……婚約者。現実から目を背けて来たけど、顔も知らない人との婚約……目の前が真っ暗になっていた。



「姫様…現実を見て下さい」

「ムルムー…現実なんて見たくない。部屋でゴロゴロ本読みながらお菓子食べてゴロゴロしてゴロゴロしていたい!」

「結婚してもゴロゴロすれば良いじゃないですか」


 王の部屋から戻った私は、部屋で駄々をこねる。ジタバタするけどジタバタしているだけで現実は変わらない。

 ムカつくあの親父、もう決まっているだと?娘に相談も無しに?なんてヤツだ!……って思っても仕方ないなんて解ってる。解ってるけど…



「お姉さま、どうしたんですか?」

「リア、なんでも無いわよ。絵本読んであげようか?」

「うん!お姉さま大好き!」


 妹のコーデリアに心配される程、私は暗い顔をしていたのかな。しっかりしなきゃ。兄様みたいに表情を変えない様に出来れば良いけど。


 学院では悟られない様に、平常心で過ごさなきゃいけない。

 ジードみたいに自由に生きられたら、やがて出会うであろう好きな人と結婚出来たりするのかな?もう無理なのかな?


「ん?どうした王女さん、ボケーッとして…口あいてるぞ」

「あぁ、ちょっとね。現実逃避よ」

「ふーん、なんか王女さんって王女らしくねえな」

「……」


 王女らしくない?私は精一杯やっている。勉強だって一番を取らなきゃって毎日遊ぶの我慢して勉強したし、作法も言う事無いって言って貰えた。ずっとずっと努力してきた。毎日毎日ダメ出しされても頑張った。

 なのに、王女らしくないなら何なのさ。皆の理想の王女になる為に頑張っているのに…


 この頃の私はやさぐれていたと思う…


「王女さん?」

「…王女らしくって何よ」

「いや、そんな意味で言ったんじゃなくて、あの、いや、ごめん」

「…ふん…」


 解ってる…ジードのせいじゃない。私の心が弱いから、強がりたいだけなのに、涙が止まらない。泣き止まなきゃ、ジードが困ってる。止まれよ、涙。


「…」

「…ジード…ごめんなさいね。困らせて。もう大丈夫だから」

「あ、ちょっ、待って」


 一人になりたかったのに、ジードが私の手を掴む。でも王女の私と手を繋ぐのを誰かに見られたらジードが困るから、咄嗟に振り払ってしまった。


「あっ、ごめん」

「…気を付けてね。誰かが見てたらジードは大変になるから」

「あ、う、うん」


 ジードが私の手を見てる。手を繋いだから気になったのかな?女の子らしくない手に。


「…まぁ…確かに王女らしく無いわね。見てよこの手、剣なんて習ってるからマメだらけ。おかしいでしょ?」

「…おかしくなんてないよ」

「…ふふっ、ありがと。……私ね、婚約者が決まったんだって」

「…本当、なのか?」

「ええ、顔も知らない人。ごめんね、八つ当たりしちゃった」



 婚約者が居る女性は、異性と話す事が制限される。 

 だから、もうこうやってジードと二人で話す事は出来なくなる…なんか、寂しいな…何か言って欲しいな…


「…ぁ」

「…ふふっ、ジードは夢…叶えるんだよ!」


 私は、精一杯の笑顔で強がってみせた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 王国暦312年。12歳になった。ここが私の人生の分岐点。



「今日も良い天気…あの丘にある草原で寝てみたいなぁ。明日は帝国の皇子が来るんだっけ…面倒だなぁ」


「姫様、心の声がだだ漏れですよ。上手く行けば皇子様に見初められますからね。私も含めて皆張り切っていますよ」


 見習い侍女だったムルムーは立派な侍女になり、私が唯一心を許せる相手になっていた。本当の姉の様に思っているが、私の専属なので婚期が遅れる事を心配している。


「別に見初められなくても良いよ。他の皇族とか貴族に虐められるの嫌だし、私は皇子と皇子の絡みは見たいけど恋愛の当事者にはなりたくない。って言っても手遅れか…くそぉぉ」


「そうは言っても姫様は超可愛いですからね。皇子様も可愛い姫様に会いたくてわざわざ来日されるらしいんですから…というかまた薄い本の話ですか?わざわざ帝国から取り寄せてるの姫様くらいですよ」


 正直、会った事も無いのに可愛いって聞いたから来る様な皇子は嫌だ。一応婚約者だけどさぁ、手紙のやり取りすらした事無いんだよ?それなのに急に来やがって、迷惑で失礼な皇子だ。


 自分で言うのも難だが、私は可愛いと言われ続けて育って来たから、多少は可愛いと思う。多分…お世辞じゃなければ…



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 翌日、報せの通りに帝国の第二皇子がやって来た。歳は13歳。名前は知らない、というか覚える気になれなかった。


 朝っぱらから侍女達にお風呂に入れられ、化粧をされ、ドレスを着せられ、金色の髪を巻き巻きされる。されるがまま。

 部屋着が恋しいぜ…


「アレスティア・フーツー・ミリスタンと申します。お会い出来て嬉しく思います」


「お初にお目にかかる。ニートー帝国の第二皇子、リーセント・ニートー・グライトだ…本当に噂通り…綺麗だ…」


 マナー通り挨拶のカーテシーをして愛想笑いを浮かべる。リーセント・ニートー・グライト…うーん…顔立ちは整っているので、さぞかしモテるんだろうなと思った。


 私の父…国王立ち会いの元、挨拶を済ませた私と皇子は庭へ行き、お茶会を始める。


 一応母の王妃が会話に弾みを付けているので助かっているが、私と皇子の二人だと絶対に会話が続かない自信がある。何せ手紙のやり取りをしていない。人となりや趣味など全く解らないから。難易度高い…


「時間がある時で良いから…是非帝国に来て欲しい。帝都を案内したい」

「機会があれば是非に」


 私の適当な返事に母の表情が曇るのが解る。幸い皇子は前向きな返答だと思っている様子だが、私は行く気が無い。後でお説教だなと心の中でため息を付いた。


 その後で手紙のやり取りをお願いされ、断れないので仕方無く了承。手紙のやり取りをしてから訪問じゃねえのか?普通逆だろと思っている内にお茶会は終了していた。


「アレスティア王女…これを」

「…ありがとうございます。…これは?」


「国の職人に作らせた、物を収納出来る腕輪だ。俺の手紙を入れておいて肌身離さず付けていて欲しい」


 なんだ痛い奴か?期待した目で見てくるので、仕方無く愛想笑いを浮かべて腕に装着。まぁデザインは綺麗で悪くない。用途が手紙入れろって…まずその手紙をよこせよ。


 一般的な女子ならキャーキャー言う様な事なのだろうが、ひねくれた私には効かぬよ。そのセリフを兄に言ってくれ。



 心の中で呟いていると、ふと何か空気が変わる。



 ピリピリとした空気感。私だけが気付いている様で、キョロキョロと周りを見渡している様子の違う私に、周りが首を傾げるようにしているくらいだ。


 そして


 ドンッ!_


 黒い鎧を纏った騎士が空から降ってきた。

 まじか!


「…え?」


 皇子の背後に降り立った騎士は、剣を既に抜いている状態。周囲を見渡し、まるで見せ付ける様に剣を天に向けた。


 周りが茫然とする中、私は感覚がおかしくなる。騎士が皇子に剣を突き刺す映像が見えたから。


 ハッと気付くが、まだ皇子は刺されていない。私は身体が勝手に動く様に、_ドンッ_「王…女?」皇子を突き飛ばす。



 _グサッ!_


「かはっ…」黒い騎士の剣が、私の胸を貫いた。


 胸が焼ける様に熱い。


 仰向けに倒れ、空を見上げる。


「ふふ…良い…天気ね」


 全てを包む澄みきった空。圧倒的な存在感を持つ輝く太陽。


 それに比べて、私は、なんとちっぽけな存在だろう…そんな事を思った。


 そしてゆっくりと…走馬灯のように過去の映像が流れる。

 マナーの勉強を嫌がった事や、魔法の勉強が楽しかった事、剣に夢中になった事…あと色々。


 意識が遠退く中、呆然とした皇子や倒れた私に結界の魔法を施す魔法士。黒い騎士を囲む兵士。私を抱き、泣き叫ぶムルムーの姿が見えた。


 ムルムーにお礼を言わなきゃ…どんな時でも味方でいてくれた…遅くまで起きていても、一緒に居てくれた…私のお姉ちゃん。

 伝えなきゃ…大事な事を…


「いやぁぁぁ!お姉さまー!」

「ひめさまぁ!ひめさまぁ!誰かぁ!早く回復を!」

「ムルムー…今まで…あり、がとう…私の…うす…い本は全て…処分…し…て…」



 これが私の最期か…そう思った時には意識が途切れていた。



 享年12歳。花が散る季節…アレスティア王女は突如として現れた黒騎士に殺された。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 そして、夢から覚める様に意識が戻る。


 目を開いた私が見たのは、薄暗い部屋。いや、何度か来たことがある場所。教会の大聖堂?

 身体が重い。何かが身体の上に乗せられている。見ると、花やアクセサリー、宝石や貴金属。

 そして、厳重に封印された薄い本。それとお気に入りの本達。


 この光景は見たことがある。祖父が亡くなった時に、大聖堂に安置され花や宝石を棺に入れる…ちょっと待て、私は死んだのか?


 頑張って身体を起こしてキョロキョロと辺りを見渡したが、誰も居ない。確か、何かの風習でお葬式が終わった後…丸1日誰も居ない大聖堂に安置されるのを思い出した。


「胸の傷が無い…なんで?私は刺された筈…あれ?髪の色が…」


 ドレスは着替えさせられ、白いワンピースの様な服。腕には皇子から貰った収納の腕輪。しかも、髪の色が銀色に変化していた。

 世の中不思議な事もあるんだなーと思いながら、とりあえず棺にあった宝石を収納してみる。


 腕輪に魔力を通すとシュッと宝石が消え、宝石を思い浮かべると手元に宝石が現れた。面白くなった私は、棺に入っていた物を全て収納。すごいなーと思いながらペタペタと歩き、大聖堂から出る。


 外は暗く夜の静けさ。何故か誰も居ない。怖くなった私は教会を出た。


 教会から王城迄は真っ直ぐ歩いて少ししたら着く。靴は無いので裸足でペタペタ歩きながら王城を目指し、少し経ったら門に到着。兵士が居たのでホッとしながら話し掛けた。


「あの…すみません。入れて欲しいんですけど…」


「子供?孤児か何かか?お前の来る様な所では無い。早々に立ち去れ!」


「え?なんでですか?ダメなんですか?」


「去らぬと言うなら…この場で打ち首にしてくれる!」


「あぁー!立ち去ります立ち去ります!」


 ペタペタと小走りで門から逃走。怖かった…泣きそうになりながらもどうしようかと悩む。


 夜暗い中、裸足の子供が現れたら追い払うのは当然。そんな事にも気付かない私は、夜の王都をさまよい。


「あっ、そうだ!」


 気付いてしまった。


「私…自由じゃん!」


 私は王都で死んだ事になっている。今は1人。王都を出てしまえば自由になれる。


 王女と自由、どちらを選ぶかなんて考えなくても答えは出ていた。



 両手を天に突き出し喜んだ。




 私には、夢がある。



「世界で一番、強くなってみたい」



 男の子が持つような夢を持つのは、変かな?

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