第1話 志(こころざし)

 僕は中学校から帰ると農薬散布飛行機に変身して農薬散布装置を装着して上司のワトーと一緒に広大なとうもろこし農場に野約を散布する仕事に就いている。この仕事を始めたのは三年前だ。十二歳で北欧からアメリカに渡米。知り合いをたどってノースロップジャクソンフォードという田舎町で下宿して隣町の地方都市ロスサンチェスの学校に通っている。児童施設にいた自分にとっては初めての外国で園長の知り合いにガーランドという旅の老魔術師がいてその人と一緒にやってきた。

 僕はダスティ・コッパーボトム。十五歳。マシンミュータントの子供だ。マシンミュータントは十二歳から働きに出る。

 人間や普通のミュータントとちがい職業も住む所も制限されてしまう。それが子供だと最初から決まってしまうこともある。それに自分は身寄りがない。自分には両親がいない。自分が赤ん坊の頃、駅に捨てられていたのを擁護施設の園長に引き取られた。施設あのある場所は人間の居住区にあったから周りは人間とミュータントばかりマシンミュータントの子供はいない。いるとしたら副園長でB-17爆撃機と融合していた。よく相談にのってくれていたが自分はそこでは問題児だったのはわかっている。小学校では意地悪な運転手のせいでスクールバスには乗せてもらえなかったから変身して学校へ行った。いじめっ子がいたが決して涙ぐむ子供ではなくやられたら倍返ししていた。いじめた奴を屋上に吊るし上げていた。しょっちゅう園長と副園長は学校から呼び出されあやまりに行っていた。

荒れていた小学校時代から抜けたのは三年前のガーランドとの渡米。行き着いたこの田舎町は地図にもないような町で住民のほとんどがマシンミュータントと普通のミュータントで占められている。人間はよっぽど物好きか土地を持っているかでなければ住まないような場所だ。ここには同じようなマシンミュータントの子供もいるし大人もいる。住みやすい場所だった。

 そんな自分にも夢や目標はある。

 それは毎年開催される世界一周レースに出る事。人間やミュータントが出れるオリンピックや世界選手権についで権威あるレースである。航空機のミュータントでは有名なレースである。レシプロ機とジェット機の部門があるがコースはおなじである。レースは車などのミュータントには都市部を走るグランプリやF1レースがあり、船のミュータントにも専用の世界一周レースがあるのだ。

 だが参加資格があるのは十八歳からである。でも大規模なレースだけでなく少年の部でジュニア地方都市レースと全米大会レースがある。資格があるのはレース用かスポーツエアレース用の航空機という狭き門で学校か専属クラブチームの市議会議員の推薦がなければ出られなかったし、予選レースを突破しなければ出られなかった。

 もう一つの夢は国連機関アコードの隊員となって時空ブリッジの向こうの世界に行く事。

国連機関アコードは魔物退治や邪神の復活を願う者たちを取り締まる対魔組織だ。非常に歴史は古く古代エジプトの時代からあった。それを一九〇〇年代になって国際化した。任務も多岐にわたる。時空ブリッジの監視もその中に入っている。時空ブリッジ伝説は世界的に有名で古くは始皇帝からナポレオン、最近では日露戦争を起こしたロシアのニコライ二世やドイツのヴィルヘルム二世。ナチスドイツのヒトラーも狙っていた。特にヒトラーはオカルトに興味があり古代遺跡から邪神関連の遺跡を調査して時空ブリッジの向こうの世界と通信をしていたとかで有名だ。いずれにしても時空ブリッジのロマンは二度の大戦を起こし紛争や争いの元になった。

 「ダスティ」

 いきなり上司のレクターに呼ばれた。

 「はい!!」

 ダスティはあわてて返事をする。

 「また、レースに出る夢とアコード隊員になる夢でも見ているのか?」

 レクターが聞いた。

 レクターは彼の上司である。一緒に農場で農薬を散布する仕事もしているしここのオーナーのワトー一家の牧場の管理もしている。彼もマシンミュータントで旧式の複葉機である。彼は二度の大戦に参加した古参兵で、年齢は一三〇歳になる。

 マシンミュータントは平均寿命も三〇〇年で人生の折り返し地点は一五〇歳だ。レクターの一三〇歳は人間の五十歳に当たる。

 「夢じゃない。僕はなってやるんだ」

 二つの光が吊り上る。

 「そんな世界グルグルレースに出るだったら働け」

 「わかってます。だから貯金して参加費をかせいでいるんです」

 当然のように言うダスティ。

 「アコード隊員はまず邪神ハンター初等科や魔物ハンターでなきゃなれんそうだ」

 「それもわかっています。だから師匠になってくれる人を探していた。一番いいのはガーランド。旅の魔術師。でもどこにいるのかわからない」

 ダスティが思い出す。

 自分をここに送り届けたあと連絡取れない。今時、携帯電話持っていないなんてありえない。

 どこかで列車の汽笛が鳴るのが聞こえた。

 「じゃあ僕はこれで上がります」

 ダスティはそう言うと農場を離れた。彼は格納庫へ舞い降りた。普通の航空機とちがいミュータントはワシかタカのように舞い降りることができた。機体から六対のアームつき鎖を出した。鎖というより金属の連接式の触手で先端部を槍状の刃物から義手に変形する。

 格納庫に一人の女性と二人の男性がいる。

 女性は人間で整備士でシステムエンジニアである。ここでは数少ない人間である。

 「サニー。いたんだ」

 「おかえり。ダスティ」

 サニーと呼ばれた女性は笑みを浮かべる。

 機械を修理していた修理工が二人顔を上げて声をかけた。

 名前はチャド・ウイリアムとマイルズ・ノース。作業機械のミュータントで普段は人間に近いが修理とか作業だと背中から四対のアームが出て多岐にわたる作業をする。

 女性はサニー・トッツィー。

 自分もレクターも彼女たちも農場主で牧場も経営しているワトー一家の下宿先に住んでいた。

 「ダスティ。また友達のミュータントとレースのまねごとをしているの?」

 サニーは大股で近づくとダスティが変身するプロペラをつかんだ。

 「いやよくある競争だって」

 ダスティは六対の金属の触手を使って機体底部に装備している散布機械をはずした。

 サニーは機首のエンジンルームを開けた。

 「やめてよ。僕は何も悪い所はないよ」

 ダスティはあとずさる。

 サニーはエンジンルーム内のパイプをつかんだ。

 「密封剤も敗れていてパイプも外れている。こいうのはエンジンに過負荷を与えたときに起きるの。でも三日くらい無理しなければ治るわ」

 サニーはのぞきながら状態を指摘する。

 黙ったままのダスティ。

 普通の航空機なら修理するがミュータントの場合は安静にしていれば元に戻る。マシンミュータントは機体の損傷を受けてもすぐ順応して治るほど脅威的な治癒能力を持っていた。機体や生命維持装置が受けた損傷はすべて痛みや苦しみに変換される。

 サニーは機体を触りながら主翼をつかむ。

 「三年前とちがって大きくなったわね。コアや維持装置のバイタルも電子脳も正常」

 サニーはipadを出しながらタッチパネルを操作する。

 黙ったままのダスティ。

 機体を触られていることもわかるし、体温も感じる。自分たちマシンミュータントには体温も、生身の部分はない。

 「ダスティ。あなたは農薬散布飛行機なの。レース用に出来ていないの。それにアコード隊員は邪神ハンター試験と魔物ハンターの資格がないとなれない」

 「わかっている」

 「わかってないじゃないの。邪神ハンターは三歳くらいで訓練が始まり厳しい訓練をして晴れてなれるの。魔物ハンターも訓練を受けてなれるの」

 サニーは目を吊り上げた。

 「心配してくれているの?」

 話題を切り替えるダスティ。

 「え?」

 「今度、エアレースのジュニアの部の予選レースがあるんだ。ねえ一緒に来てよ」

 声をはずませるダスティ。彼はサニーの体に鎖を巻きつけ自分の方に引き寄せた。

 あきれるサニー。

 「チャド。マイルズ。一緒に行こう」

 ダスティはサニーを降ろして舞い上がって格納庫の屋根に飛び乗った。

 「よかったな」

 苦笑いするチャドとマイルズ。

 サニーは腕を組んだ。


 数日後。ロスサンチェス郊外の飛行場。

 ロスサンチェスはノースロップジャクソンフォードの隣にある地方都市でアーカムとは地続きである。正確にはマサチューセッツ州エセックス郡にある。アーカムから三〇〇キロ離れた場所にボストンがあった。

 位置的には西に行けばニューヨーク州があり、南はロードアイランド州とコネチカット州があった。

 駐車場に入る白いバン。

 世界一周レースの予選レースはネブラスカ州リンカーンだが地区予選レースと全米予選レースを勝ち抜かなければいけいないという狭き門だった。

 でも自分が行くのは地区予選レースでもジュニアの部である。レースにはアマチュアとジュニアレースがあり今日は見学に来ただけ。

 「なんで私、ついてきたんだろう」

 車を降りてつぶやくサニー。

 心配だからついてきたのもあるがチャドとマイルズに任せた方がよかったかもしれない。

 ジュニアの部とはいえ簡易スタンドには観客が集まり声援を送っている。人間は少なくほぼマシンミュータントで占められる。

 目を輝かせるダスティ。

 「邪神ハンターや魔物ハンター、魔術師がけっこう警備についているな」

 チャドが警備員に交じって魔術武器を持っている者達に気づく。

 「アーカム本部が近いからね。それに最近魔物が襲撃する騒ぎが起きているから大会本部が要請したんだね」

 ダスティが警備員たちを見ながら言う。

 だいぶ前から東京マラソンやボストンマラソンなどの大きな大会で結界が破られ魔物が襲ってくる事件が多発しているのをニュースで知っている。主要都市や主要航路や政府機関が集まる都市には量子コンピュータを利用した結界や古くからの魔石結界がある。特に邪神の眷属が多く住むインスマスや日本の夜刀浦、中東の無名都市、廃村のダニッチ村は特に監視チームがいる。ボストン地区予選レースはジュニア、アマチュアともにダニッチ、インスマスとインスマス沖の悪魔の暗礁を通過しないコース設定になっているうえでハンターの警備をつけていた。

 「おまえ、三年前より背が伸びたな」

 警備の女性邪神ハンターが声をかけた。

 「誰ですか?」

 ダスティがたずねた。

 この女性がFー18Eスーパーホネット戦闘機と融合しているのはわかっている。

 「私はべラナ。これをみればわかるだろう」

 ベラナはそう言うと緑色の蛍光に包まれFー18戦闘機に変身した。

 「あ!!あの時の戦闘機。僕をいつも押さえつけていた!!」

 思わず声を上げてダスティは変身した。

 「知り合い?」

 サニーとチャド、マイルズが聞いた。

 二機は機体から六対の鎖を出した。

 「僕はおまえが嫌い。仕返しする」

 ダスティは鎖でビシッと指さした。

 彼女を見るとあの時の怒りがこみあげる。イジメっ子を屋上へ吊るし上げた時なんかに飛んできていつも自分は押さえつけた。

 「やめなさい。ダスティ」

 声を上げるサニー。

 相手は戦闘機で邪神ハンターだ。とても勝ち目はない。

 獣のような威嚇音を出してにじり寄るダスティ。

 同じく遠巻きににじり寄るベラナ。

 コクピットの二つの光は吊り上る。

 二機が同時に動いた。サニーやチャド、マイルズにその動きはよめなかった。何度も交差して着地してまた交差した。風の塊のようなものが見えてダスティの機体に何回もぶつかり彼は衝撃で地面にひっくり返った。

 彼女は二対の鎖で農業機の主翼に巻きつけ押さえつけ、すかさずもう二対の鋭い鉤爪で機体底部に突きたて力を入れた。

 「ぐうう・・・」

 六対の鎖をばたつかせるダスティ。ひっくり返った機体を起こせないくやしさ。彼女が自分が変身する機体に鉤爪を突きたてているのはわかっている。そこは心臓部のコアと生命維持装置がある。力を入れているのはわかっているし痛みを感じる。

 「ゴムみたいでやわらかいな」

 おもしろがって強く引っかくベラナ。

 威嚇音を出すダスティ。機体を激しく揺らすが相手の力は強い。

 何度も強く引っかかれる鋭い痛みを嫌でも感じる。でも強く何度も引っかかれ切られてもゴムのように反発して傷がつかないのだ。

 「実戦ならおまえはコアをえぐられている」

 ベラナは鎖に力を入れた。

 主翼を縛り付ける力が強くなるでも自分にはどうにもできない。

 ベラナはダスティを離した。

 息を切らすダスティ。

 「すいません。生意気で」

 「本当に申し訳ありません」

 あやまるサニー、チャド、マイルズ。

 ベラナは元のミュータントに戻った。

 「ダスティ」

 サニーは機体底部を触った。引っかかれた場所は傷すらついてない。それどころか触った所は低反発まくらを触ったような感触でなんともいえない。

 ダスティは元のミュータントに戻ると泣き出しサニーに抱きついた。

 ため息をつくベラナ。

 「大丈夫だから」

 言い聞かせて抱き寄せるサニー。

 泣きやむダスティ。

 彼女の心音や体温を感じる。自分に最初からないものだ。すごい安心する。

 「チャド、マイルズ。スタンドに行こう」

 ダスティは二人を誘うとスタンドへ行ってしまう。

 「本当に申し訳ありません」

 サニーは頭を下げた。

 「あの子はあなたになついている。三年前はどうしようもない問題児だった。私がノルウエーのアコード基地に赴任していたときに何度も呼び出されて押さえつけていた」

 ベラナは缶コーヒーをサニーに渡す。

 「ガーランドさんから何度も聞いていますし、養護施設の園長さんから何度も聞いたわ。私も丁度離婚して子供の親権を旦那に取られたから息子が出来たようなものだったからね」

 サニーは缶コーヒーを飲みながら言う。

 離婚の理由は旦那の浮気。浮気グセが直らないしょうもない男で浮気相手のアパートに乗り込んだら浮気相手とベットインしていた。頭に来て浮気相手と殴る蹴るの修羅場になり離婚した。ロサンゼルスでシステムエンジニアとIT関連の仕事をしていたがそれを活かせる仕事を求めて転々としているうちにノースロップジャクソンフォードに行き着いた感じだ。

 「ベラナ。ここか」

 日本人男性とアメリカ人女性が近づく。

 「こんにちわ」

 サニーはあいさつした。

 「横田正二です」

 「グロリア・ビットです」

 日本人男性と女性は名乗った。

 「ダスティの一応の保護者です」

 サニーは苦笑いした。

 「ここへは何しに来たんですか?」

 ベラナが聞いた。

 「あの子、世界一周レースに出たいと言っていてそのジュニアの部のレース予選を見に来たんです」

 サニーは困った顔をする。

 「彼は農薬散布機だろう。それは無理だと思うよ。レースにはジェット機部門とレシプロ機部門がある。趣味でレースをやっている団体を紹介するけど」

 横田が口を開く。

 「それか同じレシプロ機に飛び方を教わるとかね」

 グロリアが提案する。

 「あの地区にはスパイクという邪神ハンターがいた」

 ベラナがふと思い出す。

 「知っています。F4Uコルセア戦闘機のミュータントで七十年前の太平洋戦争でガダルカナルやラバウルで零戦のミュータントと戦った。日本本土防衛の零戦や陸軍の戦闘機のミュータントと戦ったそうですね」

 サニーがおぼろけながら思い出す。

 「彼はハルゼー司令官やスプルーアンス司令官の部隊にいた。ブラックレンチ隊の隊長でその指令がないときはアコード部隊の指揮官をしていた」

 横田が説明する。

 「すごい人だったんですね」

 サニーがうなづく。

 スパイクが田舎町の郊外に住んでいて魔物ハンターとして地区パトロールをしている。

 「サニー」

 ダスティが駆け寄った。ベラナたちを見るなり知らん顔をする。

 ムッとするベラナたち。

 「ダスティ。飛び方を教わりたいならスパイクに言う事だ」

 ベラナが注意すると腕をつかんだ。

 キッとにらむダスティ。彼は蹴りを入れた。

 その蹴りを受け流すベラナ。

 ダスティのパンチ。

 ベラナはそれを受け止め、足払いで彼を転ばせ膝で体を押さえつけ胸に鉤爪を突きたてる。

 「ぐうう・・・」

 ダスティはその腕をつかんだ。背中から鎖を六対出した。

 ベラナも六対の鎖を出してその鎖を押さえつけた。

 にらみつけるダスティ。

 彼女の鉤爪が胸に食い込むのがわかる。でも傷すらつかずゴムのようにへこんでいる。

 ギシ・・ギシ・・ミシミシ・・

 体内から金属がきしみ、肉が割れるような耳障りな音が聞こえた。

 「ダスティ。聞くんだ。スパイクから飛び方を教わるんだ。それにアコード隊員になりたいなら私が教えてやるし、スパイクからでも教わることができる」

 声を低めるベラナ。

 「そうなの?」

 ダスティが聞いた。

 ベラナは彼を離して助け起こした。

 「でもスパイクは客嫌いだよ」

 ダスティが思い当たることを言う。

 彼はイベントには顔出さないし町の外れにある家で一人で暮らしている。以前はアコードの邪神ハンターをやっていたのも知っているし、七〇年間の太平洋戦争では零戦や一式戦闘機”隼”や一式陸攻のミュータントと激戦を繰り広げていたというのは聞いている。歴史の資料本で見たがニューギニア、ラバウルやガダルカナルの戦いは激戦につぐ激戦で損耗率は高い。ガダルカナルの戦いでは日本軍は補給を絶たれネズミ輸送にたよるしかなく文字通り”餓島”になった。第二次世界大戦には連合軍だけでなくアコードも参戦していた。理由は日独伊三国同盟で日本もイタリア、ドイツは時空ブリッジの向こうの世界から時空侵略者を呼ぼうとしていたし、ナチスドイツは本気で時空ブリッジの向こうの世界へ行こうとしていた。日本もイタリアもナチスの口車に乗った感じだ。

 一九三三年にドイツの政権を掌中に収めたヒトラーは一九三九年にポーランドに侵攻。それが引き金になり第二次世界大戦を起こした。ナチスドイツは電撃戦を展開してロシアやフランスやオランダといった欧州諸国を占領してイギリスと何度も戦った。イタリアはドイツと一緒に動く形で連合軍と戦い、日本はドイツの快進撃に惑わされて日中戦争に突入した。はじめのうちは日本もドイツ同様に強く快進撃を続けていた。真珠湾攻撃で山本五十六長官は航空機による攻撃をした。時代は戦艦の時代ではなく航空機の時代であると知らしめた瞬間だった。日本陸軍はシンガポールやフィリピンに進撃。フィリピンにたマッカーサー司令官は日本軍に包囲された中、脱出してオーストラリアから「アイシャルリターン」という名言を残した。実際に彼は二年後にフィリピンを奪回した。日本軍の進撃にかげりが見えてきたのはミッドウエー海戦で四空母撃沈からである。そこから日本の快進撃は止まり敗北の道をたどったが零戦や陸軍の戦闘機は強かった。当時は世界最強と言われた。連合軍も米軍も零戦と一対一の戦闘をしてはならないという結論を出すほど。サッチ・ウエーブという対零戦戦法が確立するほどだった。それは零戦や陸軍の戦闘機のミュータントにもその戦法を使った。スパイクはそんなミュータントたちと戦い、あの太平洋戦争の激戦を生き抜いたのだ。

 そんな歴戦の英雄に会えて教えてもらえるならすごいことだ。

 「彼はハワイのヒッカム基地やアーカム基地や本部の名誉の壁にも名前がある。戦後はクロウ・タイタスと一緒に活動もしていた。邪神ハンターとしても一流だったんだ」

 ベラナは口を開いた。

 「そうなんだ」

 目を輝かせるダスティ。

 クロウ・タイタスは優秀な邪神ハンターでインスマスや夜刀浦の邪神の眷属討伐や不気味な下僕の半漁人と戦い監視もしていた。監視チームを作ったのも彼である。彼は元はドイツ軍の将校で暗号解読とナチスドイツのオカルト部門で調査の任務についていた。ドイツの敗戦とともにアメリカに渡米して邪神ハンターになった。

 「クロウ・タイタスのチームにはスパイクとジェスロ、栗本明、ラズリー、チャールズという邪神ハンターがいてクロウ・タイタス意外はみな戦闘機のミュータントだ。ジェスロはP51D型ムスタング。栗本は零戦21型、ラズリーはホッカーハリケーン。チャールズはスーパーマリンスピットファイアと融合している。ジェスロ、栗本、ラズリー、チャールズは戦後に世界一周レースに出ているし、ジェスロは今もアマチュアの部で出ているんだ」

 ベラナは写真を出した。

 「会いたい。どこにいるの?」

 声を弾ませるダスティ。

 「ジェスロはサンフランシスコ地区にいるし、栗本は日本の関東地区大会の会長をしているしラズリーとチャールズはイギリスだ」

 「ジェスロさんに会いたい」

 ダスティは身を乗り出す。

 「じゃあ明日、ハワイに行ってみるか?アマチュア一般の部とジュニアの部のハワイ地区レースがある。そこにジェスロ、栗本が来ることになっている」

 ベラナ誘う。

 「はい行きます」

 ダスティは答えた。

 

 

  翌日。

ハワイのホノルル国際空港から出てくるサニー、ダスティの二人。

搭乗出口ゲートでベラナが待っていた。

駆け寄るダスティ。

黙ったままのサニー。

今回の旅費はベラナがポケットマネーで出してくれたから自分の財布は痛くない。でもどこの空港でもそうだが人間やミュータントよりもマシンミュータントのセキュリティチェックは厳しかった。マシンミュータントは子供でも何の乗り物に変身しているのかやどの乗り物と融合しているのかチェックを受けて変身できないようにする制御腕輪を装着しなければ旅客機に乗れないのだ。それに人間とミュータントのブースは一緒でもマシンミュータントのブースは別になっている。マシンミュータント協会に登録されているデータ情報を照合してから出てくる。人間やミュータントのようにすんなり乗れなかった。

空港のロータリーに軍用ジープが止まっている。

「すごいわね。車つきね」

すました顔のサニー。

ベラナは口笛を吹きながら運転する。

ジープはホノルル市内を抜けヒッカム基地に入る。アコードの基地と米軍基地が隣り合わせにある。ハワイは南国の楽園でもあるが軍事基地が多くそれに従事する軍人やアコードのハンターや国連軍兵士も住む専用の官舎が点在する。真珠湾には今でも米軍の太平洋艦隊司令部が置かれている。

見学者カードを首から下げてヒッカム米軍基地の官舎に入る二人。ガイドはベラナだ。

ここは日本軍による真珠湾攻撃で壊滅的な攻撃を受けた。一九四一年の一二月八日。ここから三五〇キロの海域から赤城などの六隻の空母から発艦した一八三機の航空機は第一次、第二次攻撃隊に別れて攻撃した。米軍も戦闘機を出したが零戦に全部撃墜された。この頃から零戦のミュータントがいて米軍にも戦闘機のミュータントがいたが零戦のミュータントに歯が立たずやられてしまった経緯があった。この攻撃でキンメル司令官は更迭され二ミッツ提督が着任した。二ミッツ提督は更迭されたキンメル司令官の幕僚たちを受け入れ、副官には日本軍の軍令部総長だったらどういう行動をするのかという課題を与えて考えさせてから日本軍がどういう行動を摂るのか予測させた。彼は日本軍になるべく負けないように小さな作戦から成功させドーリットル中佐による東京初空襲やミッドウェー海戦では日本軍の暗号は筒抜けで解読に成功していた。ここまで快進撃を続けていた日本軍にもほころびが見え、ミッドウェー作戦では四空母を失うというまさかの大敗北により日本軍も快進撃から負け戦に転じていく。そういった意味ではミッドウエー作戦は太平洋戦争に転換期になった戦いだった。

ヒッカム基地には見学者用の広場がありそこに名誉の壁と呼ばれるものがあった。これは真珠湾の戦艦アリゾナ博物館についで有名で太平洋戦争やヨーロッパ戦線で活躍したマシンミュータントや普通のミュータントたちの名前が戦歴ごとに載っていた。

第一次、第二次世界大戦はマシンミュータントたちがもっとも活躍した戦いの場といえる。マシンミュータントが戦いに有効であることを示したのは日露戦争を起こしたニコライ二世である。皇太子時代に日本に旅行に来て大津事件で日本人に斬りつけられてから日本嫌いになり専属占い師の助言でマシンミュータントを集めたが結局は日本に負けてしまい、ロシア帝国が滅ぶ遠因を作った。これによりマシンミュータントは戦争に有効ということを知らしめた功労者としてニコライ二世は有名になった。

身を乗り出し名誉の壁を見るダスティ。

数々の作戦名と歴代のマシンミュータントたちが載っている。

「本当だ。あった」

指をさすダスティ。

そこにはF4Uコルセア戦闘機に変身したスパイクと元のミュータントに戻った時の姿の写真があり、隣にジェスロの写真がある。二人は戦闘機と融合する前は邪神ハンターである。一九四二年のギルバート、マーシャル諸島の戦いでアコード部隊を率いて日本軍の邪神ハンターと戦い、ドーリットル東京初空襲に参加。二人はハンターであると同時に戦闘機パイロットでもあった。スパイクは一九四〇年に中国軍のフライングタイガース部隊に配属になり日本軍と戦い一九四三年にガダルカナル島ヘンダーソン基地に配属。F4Uコルセア部隊に配属。そこは日本軍のラバウル司令部からやってくる零戦部隊が頻繁にやってくる最前線である。戦っているうちに、スパイクはF4Uコルセアと融合。ガダルカナルやニューギニア戦線で陸軍の戦闘機と零戦のミュータントと戦うのである。その頃には零戦対策としてサッチウエーブ戦法が考案された。ジェスロもP51ムスタング部隊でP51戦闘機と融合。二人で組んで零戦のミュータントを五〇機撃墜した。傷だらけの苦い勝利である。人間も普通のミュータント部隊の損耗率も高くマシンミュータントも損耗率は高くコアをえぐられて死ぬミュータントも多い中、二人は戦い抜いた。一九四四年にドイツへアインシュタイン博士と琥珀作戦に参加。ラズリーとチャールズと合流。”琥珀の間”から帰還。終戦までB29爆撃機の護衛の任務につく。日本本土防衛の零戦のミュータントと戦った。終戦後はアコードの邪神ハンターとしてクロウ・タイタスと組む。

「すごいミュータントだったのね」

納得するサニーとダスティ。

写真には零戦のミュータントの栗本とラズリー、チャールズ、ジェスロ、スパイクと映っている。

でも一九六四年を機にその後の活動記録がぱったりやんでいた。

「一九六四年はクロウ・タイタスが行方不明になった日なんだ。彼は一人で太平洋に調査に行った。大嵐の中帰らぬ人になった。その後、チームは解散になった」

ベラナが説明する。

「なんで彼は行方不明なんですか?」

ダスティが聞いた。

「なんの調査かわからない。でも時空ブリッジの調査でオーロラが出ていたからそれの調査らしい。そして二度と帰らなかった。チームは解散してジェスロは実家の不動産屋を継いで、ラズリーとチャールズは貿易会社をやりながら探偵をしている。栗本は不動産の大家になった。スパイクは田舎町で魔物ハンターとしてひっそりと暮らしている。彼だけは若いミュータントとも交流しないし、マシンミュータントの戦友会にも来ない。孤立しているといえば孤立している」

ため息をつくベラナ。

「それってさびしくない?」

サニーが言う。

「私もそう思う。それに最近はそういう孤立しているマシンミュータントが犯罪に巻き込まれてしまう事件が多い。この間は日本の海上保安庁が摘発したのは客船や民間船のミュータントを運び屋にしてしまう事件や航空機のミュータントを違法な薬物を運ぶ運び屋にしてしまう事件が続発しているんだ。だから注意して回っている」

ベラナは重い口を開く。

「そうなんだ」

ダスティが納得する。

「チャドやマイルズに聞けばわかると思うけどエクスタシーハイドレートというものを知っているか?」

話題を変えるベラナ。

「修理工をやっているからわかるわ。別名マシンミュータントの脱法ハーブ。人間やミュータントの麻薬やマリファナと同じよ」

腕を組むサニー。

「それがネブラスカ州のリンカーンの世界一周レースの予選レースに出たミュータントから検出された。プロの世界で密かに出回っている。だから世界一周レースに出る事はおすすめできないんだ」

困った顔をするベラナ。

「そんな・・・」

絶句するダスティ。

「我々も見ているだけではなくてFBIと協力して潜入捜査をしている。マシンミュータントの合法ドラックと呼ばれているのはニトロハンマー。覚せい剤と同じだ。それがアマチュアレースでも密かに出回っている。この勢いだとジュニアの部に出回るのも時間の問題だろう」

ベラナはため息をついた。

「じゃあ僕を囮にして」

ダスティが詰め寄る。

「ダメだ。連中はマフィアとつながっているしカルト教団も使う。捜査官が何人も死んでいるから危険なんだ」

「やだ。僕は出る」

「アマチュア一般ジュニアの部。ハワイ予選レースには出ることはできる。このレースの責任者はジェスロと栗本だから安全は保証されている」

ベラナがさとすように言う。

「わかった」

ダスティはうなづいた。

 -一時間後ー

 ハワイワイキキビーチ。通年常夏のハワイでは海水浴客がいるがビーチの一部を借りて予選レースを開催していた。

 観客はビーチにいる観光客が多かった。マシンミュータントより人間の方が多い。砂浜やそれに通じる道路に屋台が並ぶ。

 海上に巨大コーンが立っているのが見えた。道路工事のコーンよりも何倍も大きい。そこをコースによっては通りぬけたりスラロームしたりしてタイムを競う。アマチュア一般の部はバラエティに富んだ様々な機種の小型機が飛び回っている。全部ミュータントで中には大戦機も参加している。

 会場の駐車場に停車するジープ。ジープから降りる三人。

 「やあダスティ。あの時のチビが大きくなったんだ」

 近づいてくる警備員。

 「おまえベラナと一緒に僕を押さえつけて縛って警察とか学校につきだした戦闘機」

 ダスティは身構えた。

 ため息をつくサニーとベラナ。

 「やめろチャック」

 注意するベラナ。

 チャックはいきなりダスティの腕をつかみ足払いして転ばせ押さえつけた。六対の鎖で彼を押さえつけ両方のわき腹に鉤爪をつきたてつかみ力を入れた。

 「三年前はどうしようないガキだった」

 ダスティはキッとにらみ威嚇音を出した。

 怒りをぶつけるようにもがくダスティ。

 電子脳のどこかでこの状況と三年前の押さえつけられている嫌な思い出がつながる。そして体内で金属がきしみ、何かが体内ではいまわり盛り上る。でもチャックの鉤爪がどんどん食い込む。鋭い痛みにくぐくもった声を上げる。

 ギシギシ・・・メキメキ・・

 体内から耳障りなきしみ音が聞こえる。

 「ちくしょう」

 ダスティの両目が紫色に輝いた。緑色の蛍光に包まれ姿が崩れ農薬散布機に変身した。彼は六対の鎖を機体から出してチャックをつかみ振り回して地面に何度もたたきつけそこにあったジープで押し潰した。

 ダスティは獣のような吼え声を上げる。

 絶句するサニー。

 身構えるベラナ。

 唐突にスタートピストルの音がしてスタートラインに立った選手たちが飛び立つ音が聞こえた。

 「あっ!出発した」

 正気に戻るダスティ。

 「え?」

 「順番遅れちゃう」

 ダスティは農薬散布機のまま会場へ行ってしまう。

 ジープの下から這い出してくるチャック。

 「自業自得だな。それとジープの弁償をしてもらう」

 ベラナはチャックの胸ぐらをつかむ。

 「わ・・わかったからやめろ」

 チャックはうなづいた。

 運営本部テントに日本人とアメリカ人の中年男性がいるのが見えた。運営委員にも普通のミュータントや人間もいて忙しく行き交っている。

 駆けつけてくるベラナとサニー。

 「七番はサンダーストーム選手です」

 運営委員が呼んだ。

 「そこの農薬散布機。入ってきちゃダメ」

 二人目の運営委員が注意する。

 「僕がサンダーストームです」

 名乗りを上げるダスティ。

 「誰が考えたんだ?」

 ささやくベラナ。

 「チャドとマイルズ」

 サニーが答えた。

 「農薬散布飛行機は引っ込め」

 「うちへ帰って農薬散布してろ」

 観光客や観客から野次が飛ぶ。

 野次を無視してスタートラインに立つダスティ。二つの光が吊り上る。

 この日のためにチャドとマイルズと一緒に飛ぶ練習をしてきた。

 スタートピストルが鳴った。

 ダスティは舞い上がると最初のコーンに向かって飛んだ。

 次のコーンは機体を横に傾けてターン。

 「すばらしい切れ味鋭いターンですね」

 実況中継の委員が指摘する。

 「農場で鍛えたんでしょうね」

 海風を切りながら連続スラローム。

 「この勢いですと四位のフェネル選手を追いつきそうです」

 運営委員が驚きの声を上げる。

 ベラナとサニーも身を乗り出す。

 最後は宙返りでゴールである。

 精神集中してゴールだけを見て宙返りして勢い良く滑り込んだ。

 思わず立ち上がるジェスロと栗本。

 「ただいまの記録一分十八秒二十六です。これは二位の選手にせまる勢いです。その差〇・一秒差です。三位入賞です」

 タイムを計っていた運営委員が驚きの声を上げる。

 観光客や観客たちも驚きの声を上げる。

 「さてアマチュア一般のジュニアの部はこれにて終了になります。三位までの入賞した選手にはアマチュア一般の部ハワイレースに出場が認められます」

 「でも驚きです。いきなり新星がでました」

 「まことに見ごたえのあるレースでした」

 駆け寄ってくるベラナとサニー。

 元のミュータントに戻るダスティ。彼はサニーに抱きついた。

 「おまえすごいじゃないか」

 ベラナはダスティを抱き寄せた。

 思わず抱きつくダスティ。

 ドキッとするベラナ。

 ジェスロと栗本が近づいた。

 「ベラナ。スパイクの昔のことを聞きたいという子供はこの子か?」

 ジェスロが口を開いた。

 振り向くベラナとダスティ。

 「こんにちはサニーです。保護者です」

 サニーはジェスロと栗本と握手をする。

 「スパイクの同僚だったんですね。ヒッカム基地の名誉の壁を見ました」

 ダスティは無邪気な顔で言う。

 「ヒッカム基地へ帰ろうか」

 ジェスロは笑みを浮かべた。


 アコードヒッカム基地。

 米軍のヒッカム基地とアコード基地は隣り合わせにある。昔も現在も中継基地として機能している。

 「・・・そうなのか。君は世界一周レースに出たいのとアコードの隊員になりたいのか」

 これまでの事情を話すベラナとサニー。

 官舎を出るジェスロと栗本。

 ついてくるダスティとサニー、ベラナ。

 「世界一周レースはそれこそエアレースやこれまでの地区大会と全米大会を勝ち抜いたトップレベルの選手が集まる。中には二代続けて出ている選手もいる。そんな選手でもゴールできないということはあるんだ」

 ジェスロは口を開く。

 「それにアコード隊員になるには三歳頃から魔術師協会へ行って訓練を受けなければいけない。君はそれを受けていない。邪神ハンターも三歳から訓練が始まる。魔物ハンター協会なら初心者でも受けられて予備ハンターとして登録できる」

 栗本は難しい顔をする。

 「それに時空ブリッジは伝説だけどそれが原因で戦争が起きている。だから戦後は国連が管理するようになった。時々、黄金色オーロラと向こうの世界の風景がしんきろうのように出ても無視するように通達している。今までに時空ブリッジの向こうへ行って帰って来た者はいない。あのクロウ・タイタスでさえ調査に行って行方不明になった」

 ジェスロは遠い目をする。

 黙ったままのダスティ。

 「本当なら私達もスパイクに復帰してもらって若いミュータントの育成を手伝ってほしいんだ」

 本音を言う栗本。

 「クロウ・タイタスがいなくなって目標がなくなったのかな。俗に言う燃え尽き症候群みたいな感じになって辞めたんだ」

 ジェスロはうつむいた。

 「彼はマシンミュータントのクロウ・タイタスと呼ばれるほどの凄腕の邪神ハンターで戦闘機としても戦時中は零戦や陸軍の戦闘機を一〇〇機以上撃墜するほどの優秀なミュータントだった。あの坂井三郎とも戦ったことがあるんだ」

 栗本は重い口を開く。

 「すごいあの大空のサムライと戦ったんだ」

 目を輝かせるダスティ。

 もちろん坂井三郎が誰か知っている。彼は人間でありながら邪神ハンターで凄腕の零戦パイロットだった。戦後に「大空のサムライ」という本を出して有名になった。彼はマシンミュータントの戦闘機とも戦ったし激戦のガダルカナル島での戦いで重傷を負いながらもラバウルまで一〇〇〇キロの飛び帰還した。

 「ノースロップジャクソンフォードに遊びに来てもいいかね?」

 ジェスロが話を切り出す。

 「来てくれるんだ」

 破顔するダスティ。

 「アコードの仕事の関係でアーカムとロスサンチェスに用事があるからね。ラズリーとチャールズも連れてくるよ」

 栗本は笑みを浮かべた。

 

 アマチュア一般ジュニアの部のハワイ予選レースに入賞したダスティはいつもの学校と農薬をまく仕事に戻っていた。ハワイでのレースまではまだ期間がある。同じミュータントの子供とも競争をやっているしチャドやマイルズとの練習もしていた。

 町はずれの家の窓からのぞく無精ヒゲを生やした中年男性。

 「ふん。ガキが」

 男性は言い捨てカーテンを閉めた。


 その頃、ボストンにあるアコード支部に一人の男性が入ってきた。

 「ガーランドさんはいますか?」

 受付にいる魔術師にたずねた。

 「いらっしゃいますが身分証はありますか」

 受付嬢は聞いた。

 「私はFBI捜査官で魔物ハンターのヒラー・スティーブンソンだ」

 男性は身分証を見せた。

 「そこの突き当たりの部屋です」

 受付嬢が部屋を指さす。

 「ありがとう」

 ヒラー捜査官は会釈すると長い廊下を抜けて部屋に入った。部屋には電話帳のように分厚い本が本棚に並び書類を書いている白髪の老人がいた。

 「失礼します」

 ヒラー捜査官は室内に入った。 

 「こんな年寄りに何の用かね」

 白いヒゲをなでるガーランド。

 「あなたはこの新聞記事を知っていますか」

 ヒラー捜査官はロイター通信やボストン紙やニューヨークタイムズといった有名新聞から地元の新聞まで混ざっている。そのいずれも扱う記事は小さい。

 ”半漁人目撃される”

 ”インスマスの魚人か?ビルのアンテナにつかまりながら吼える”

 「読んでいる。ネットでも検索されているがワシはインターネットは弱くてな」

 ガーランドは長い白いヒゲをなでる。

 「あなたはアーカム本部の司令官や理事をされました。そしてミニスカトニック大学大図書館とリヴァーバンクス大図書館の館長をされたことがあります。魔術師協会の理事もされました。このインスマスの半漁人は退治した方がいいと思いますか?」

 核心にせまるヒラー。

 「ワシはただ二百年以上生きる船のミュータントだ。今では何歳になったと思う?二五七歳だよ。イギリス王室や政府からお祝いの品をもらったよ」

 ガーランドは杖をつかむと立ち上がった。

 「はあ・・・」

 「そのインスマスの半漁人は様子を見た方がいいだろうね。最近は結界が破壊される事件が相次いで起こっている。普通あんな魔石を破壊できる爆弾はそこらへんにあるわけではない。軍事用の爆弾が使われている。そしてマシンミュータントの間でエクスタシーハイドレートやニトロハンターという薬物が出回っている。何者かが計画を遂行するために騒ぎや事件を起こしていると思うね」

 「あなたもそう思われるのですか?カルト教団のダゴン教団ですか?」

 「そう急ぎなさるな。そうだのう。ワシの知り合いでそういう事件を扱っている邪神ハンターを知っているんだ。最近は殺人事件も多いだろ。殺害されているのはほとんど考古学者や古代遺跡発掘に関わった関係者やミュータントなんだ」

 ガーランドはいくつかの新聞の切り抜きを見せた。

 のぞきこむヒラー。

 それは紙面は小さいが古代遺跡の調査をする考古学者の殺人事件を知らせるものだった。

 「いずれも時空ブリッジに関係する古代遺物や古代遺跡だ。インスマスの半漁人が吼える事件も薬物も爆弾テロも全部関係していると思うよ」

 ガーランドは全米の地図を出すと殺人事件の場所を赤い線で結んだ。すると逆ペンタグラムが浮き上がる。

 あっと声を上げるヒラー。

 「ワシの知り合いを明日呼ぶよ」

 ガーランドはヒラーの肩をたたいた。

 

 

  翌日。

 ノースロップジャクソンフォードの外れの食堂の駐車場に舞い降りてくるダスティと二機の小型機。コクピットは暗く二つの光が輝く。機体から六対の鎖を出した。

 「デビット、クリス。僕、アマチュア一般ジュニアの部ハワイレースに出場できるんだ」

 ダスティが声を弾ませる。

 「すげえじゃん」

 デビット、クリスと呼ばれたミュータントの子供が身を乗り出す。

 「ダスティ。ここは駐機場じゃないぞ」

 食堂から出てくる初老の男性。

 「すいません。ワトーさん」

 ダスティはあわてて元のミュータントに戻って頭を下げた。

 デビットもクリスも元のミュータントに戻った。

 「おまえさん。ハワイレースに出るのか。やるじゃないか。トーストでも食べるか?」

 「はいいただきます」

 目を輝かせる三人。

 食堂に入るダスティたち。

 ここはワトーさんが経営する食堂である。彼は牧場やとうもろこし農場の他にマンションやアパートもニューヨークやアトランタやロサンゼルスにいくつか持っているという大家だった。彼の息子や娘もそういう資格を持っていてレストランをいくつか経営しているという実業家一家でありレクターやダスティの雇い主でもあった。

 「いきなりアマチュア一般のジュニアの部ハワイ大会に出れるのはすごいな」

 ワトーは笑みを浮かべトーストを出した。

 「ロスサンチェスのジュニアの部レースを見に行ったらベラナがいて彼女がジェスロや栗本さんを紹介してくれてそこの予選レースに出させてくれたんだ」

 目を輝かせるダスティ。

 「ベラナって君ををいつもアコード支部や学校に突き出していた?」

 クリスが聞いた。

 うなづくダスティ。

 「邪神ハンターや魔物ハンターと一緒に警備していた」

 ダスティはパンにバターをつけた。

 「ロスサンチェスはアーカムとも近いからな」

 ワトーはヒゲをなでた。

 「彼女が自腹でハワイまでの旅費を出してくれてワイキキビーチでやっていたから飛び入りで参加して三位入賞した」

 紅茶を飲みながら言うダスティ。

 「それってすごいじゃん」

 クリスとデビットが声をそろえる。

 「やめておけ。趣味で留めておいた方がいいと思うが」

 テーブル席でコーヒーを飲んでいた中年の男性が顔を上げた。

 「スパイクだ」

 ダスティ、デビット、クリスが声をそろえた。

 スパイクが山そばの家で暮らしている元邪神ハンターなのは知っている。それは小さな町の住民たちも知っているし彼がF4Uコルセア戦闘機のミュータントであるのも知っているが町のイベントや集会にも出ないのもわかっている。

 「ハワイレースは初心者向け。他のレースは中級者向きだ」

 スパイクは厳しい目でにらむとコーヒーを飲み干ししてカウンターに近づく。

 「それってアドバイスしてくれているんですか?」

 身を乗り出すダスティ。

 コーヒー代を支払うスパイク。

 「あきらめて子供は勉強しろと言っている。それにアコード隊員は邪神の眷属とも戦わなければならないし戦争になれば参加することもある。子供は学校へ行け」

 スパイクはそう言うと食堂を出てていく。

 「待って」

 店から飛び出すダスティ。

 スパイクの姿が緑色の蛍光に包まれF4Uコルセアに変身した。折りたたんであった翼を広げた。

 ダスティは主翼に飛びついた。

 スパイクは六対の鎖を出してダスティを払いのけた。地面に転がるがすぐ跳ね起き農薬散布機に変身した。

 「君はジェスロや栗本さんと知り合いだったしクロウ・タイタスと一緒にチームを組んでいた。僕は邪神ハンターになりたい」

 ダスティは思いをぶつけた。

 「クロウ・タイタスは四八年前に死んだ。おまえは邪神ハンターの訓練も魔物ハンターの訓練も受けていない」

 反論するスパイク。

 「君はラバウルやガダルカナルの戦いで零戦のミュータントを一〇〇機以上撃墜した。あなたは戦闘機としても優秀だ」

 食い下がるダスティ。

 「おまえは戦争を知らない」

 スパイクは農薬散布機のプロペラをいきなりつかんだ。

 「僕は戦争なんか知らない」

 「あの戦いで俺は戦闘機と融合した。最初から農薬散布機のおまえとはちがう」

 「ちがわないし同じミュータントだ」

 「俺はおまえとはちがう。時々戦闘本能が抑えられない苦しみや融合の痛み、それに自分が戦闘機なのかミュータントなのかわからない苦しみはわからない」

 二つの光を吊り上げるスパイク。

 「同じミュータント同士じゃあ仲良くしようよ」

 食い下がるダスティ。

 「俺はおまえみたいなミュータントじゃない。あっちへ行け」

 スパイクはプロペラを離した。

 ダスティは思わずスパイクが変身する戦闘機のプロペラをつかんだ。

 威嚇音を出すスパイク。

 「僕に飛び方を教えてください」

 ダスティが言う。

 「教えるのは何もない」

 スパイクはダスティが巻き付けた鎖を義手でつかみ力を入れて外した。

 「君は僕達と同じだ」

 ダスティは食い下がる。

 「どけと・・言っている!!」

 スパイクは声を荒げ機体から放電した。

 くぐくもった声を上げてのけぞるダスティ。

 「おまえたちと一緒にするな」

 鋭い視線を向けるスパイク。

 ダスティがにじり寄る。

 スパイクも遠巻きににじり寄り同時に動いた。ワトーにも二人の子供にもその動きは見えなかった。

 稲妻の塊とダスティが何度もぶつかり部品が路上にいくつも落ちた。地面に落ちてくるダスティ。彼のそばに着地するスパイク。

 ダスティの機体は深くえぐれた傷やひっかき傷がいくつもり稲妻が命中した所は黒く焦げていた。そしてプロペラはねじまがり片方の水平尾翼がなくなっていた。

 「ぬああああ!!」

 ダスティは飛びかかった。

 スパイクの機体全体が青いオーラで覆われ稲妻をともない動いた。

青い稲妻の塊とダスティが交差して着地。

スパイクは機体の向きを変えた。

「ぐふっ!!」

ダスティは機体を六対の鎖で支えた。機体はボロボロでエンジンルームからエンジンオイルがしたたり落ち、深くえぐられた傷口から潤滑油と部品が落ちた。

スパイクの機体はどこにも傷はない。

「あきらめろ」

スパイクは静かに言うと飛び去る。

「待って・・・うっ・・」

ダスティは機体を引きづり鎖を伸ばしたが心臓を万力で締め付けるような激痛が襲い、電子脳に火花が散りあとは何もわからなくなった。


誰かが自分の名前を呼んでいる。誰なんだろう?

暗闇の中で誰かが呼んでいる。サニーの声にも似ているし園長の声に似ている。でも傷口がズキズキして痛い。自分には最初から生身の部分も体温もない。でも循環機器や消化機器の各部装置に損傷を受ければ人間のように痛みや苦しみを感じる。電子脳に損傷やダメージは痛みとして変換される。最初からマシンミュータントとして生まれてきた自分には普通の事だ。

誰かが機体の傷口に器具を挿入してプラグを接続している。でも心臓を万力で締め付けられるような痛みにダスティは思わずそのプラグをつかみ目を開けた。

その腕をつかむサニー。

ベットのそばにワトー、チャド、マイルズ、レクター、ベラナ、ジェスロ、栗本、クリス、デビットがいた。

「ここは?」

ダスティは見回した。

「ここはロスサンチェスのマシンミュータント用の治療施設だ。俗に言う病院だよ」

飛び起きるダスティ。

「・・・痛い・・」

ズキズキする痛みに身をよじるダスティ。よく見ると自分の体には防弾チョッキ型の補助生命維持装置が装着されている。体内の循環装置に合わせて人間が呼吸するように胸が上下する。補助装置は背中から肩、腕にかけて装着されていた。

「よかった」

サニーは思わず抱きついた。

「ごめん。サニー」

あやまるダスティ。

サニーの体温や心音を感じた。

「レクターがこの施設まで運んでくれたんだ。コアは大丈夫だったけど生命維持装置はひどく損傷していたからどうなるかと思った」

チャドがホッとした顔をする。

「五日くらいは変身はダメだね」

マイルズは言う。

「傷が治ったらまたリハビリからしないとダメね」

サニーがフッと笑う。

うなづくダスティ。

「ダスティ。おまえさんは運がよかったらしい。必殺技を何回も食らったのに生きてる」

ワトーがダスティの肩をたたく。

「ワシももっと若かったらあのハンターと戦えると思うが今じゃ無理だ」

ため息をつくレクター。

「君は無謀だ。幸運にも彼は手加減して急所は外した。彼が本気でやっていたら君は確実に死んでいた」

はっきり言うジェスロ。

「俺はかつて日本軍のラバウル飛行隊に所属していてスパイクが率いるブラックレンチ隊と戦った。俺は致命傷は追わなかったが他の零戦のミュータントはコアをえぐられて死んだ。彼はそこで一〇〇機以上のミュータントを倒している。俺からすれば君は運がいい」

腕を組む栗本。

「そんなにすごい技を持っているのか?」

ベラナが口を開いた。

「ニューギニアの戦い、ラバウル、ガダルカナルの戦いは激戦だったしマリアナ諸島の戦いも激戦だった。彼は雷を操る能力をもともと持っているミュータントだった。それが戦闘機と融合して強力になり、彼は自分専用の武器まで開発している。今で言うプラズマガンといったものだ。アレンジすれば君のような若いミュータントを電磁波衝撃で倒せるだろうね」

推測するジェスロ。

「そんなすごいミュータントだったんだ」

ベラナはつぶやいた。

「・・・僕、スパイクの心が見えたんだ。彼はすごく苦しんでいる」

ダスティは口を開いた。

「え?」

「彼は元のミュータントに戻りたいみたい」

ダスティが思った事を言う。

「君は心が読めるのか?」

驚きの声を上げるジェスロ、栗本、ベラナ。

「目の奥を見つめるとイメージが見えるんだ。それは抽象画みたいに見えるの」

ダスティはつぶやくように言う。

「心が読めるマシンミュータントは聞いたことがない」

ジェスロが首を振る。

「でも君が見たイメージが本当だとしても融合してしまったら切り離す事は不可能だ。二十四時間以内に融合の苦痛が襲う。自分もそうだったし他の奴らもそうだった」

遠い目をする栗本。

「融合するとすぐに組織が変わってしまう。機械に変わってしまうんだ」

レクターが視線をそらす。

「私も切り離したいとは思ったけど融合したら受け入れるしかない」

ベラナは窓の外に視線をそらす。

「彼の心はすごい寂しそうだった。このままほっとけないよ」

ダスティが訴えるように言う。

「それは我々がなんとかする。君は治療に専念するんだ」

ジェスロは言い聞かせる。

「わかった・・・」

ダスティはうなづいた。

 病室から出るサニー、ベラナ、レクター、ジェスロ、チャド、マイルズ。

 「ダスティを運んでくれて礼を言う」

 ベラナがレクターと握手をする。

 「サニー、チャド、マイルズ。君たちは優秀な整備士だ」

 ジェスロが感心する。

 「当然のことをやったまでよ。あの子の母親みたいなものだからどこか不具合あるかくらいわかるわ」

 サニーは腰に手を当てる。

 チャドとマイルズもうなづく。

 「あなた方はこの記事を読んだことがありますか?」

 ベラナが新聞を見せた。

 赤丸で印がついた記事を読む四人。

 ”インスマスの魚人。吼える”

 ”半漁人の目撃相次ぐ”

 「知っているわ。YAHOOでもグーグルでもヒットするしアコード事務所からも注意喚起が来ている」

 サニーがうなづく。

 「スパイクがいるから大丈夫だと思うよ」

 チャドは後ろ頭をかいた。

 「いくら優秀でも一人では限界がある。レクター、チャド、マイルズ。魔物が現れたら逃げるしかない。ボストンマラソンや東京マラソンといったイベントやコンサート会場を襲ってきた魔物は強力で魔物ハンターには無理だろう」

 ジェスロが声を低める。

 「東京やパリで芸能人のコンサートやコミックマーケットに現れた魔物は召喚士が呼んだ異次元の魔物だったという記事を読んだぞ」

 レクターがふと思い出す。

 「それに結界石を破壊できる爆弾は軍事用のものでしか破壊できない。個人であんな破壊力の高い爆弾は入手はできない」

 チャドは声を低めた。

 「闇ルートでマシンミュータントをおかしくしてしまう薬物や破壊力の高い爆弾が取引されていると聞くぞ」

 マイルズが真剣な顔になる。

 「その情報は流れていないのになぜ知っている?」

 ベラナから笑顔が消えた。

 「作業機械のミュータントの間では有名な話だよ。あるサイトに行くと買えるそうだ。でも僕は試したことはない。ハッカーじゃないと裏サイトに行けない」

 マイルズが当然のように言う。

 「ハッキングはしたことがあるのか?」

 栗本がわりこむ。

 「昔、セキュリティ会社に勤めていた時にハッキングをやった。政府のコンピュータに侵入もやったことがある」

 チャドがうなづく。

 「マイルズ、チャド。アコードに協力してくれるか?」

 ベラナが話を切り出す。

 「いいよ」

 うなづくチャドとマイルズ。

 「レクターも予備ハンターに復帰してみないか?」

 栗本が思いつく。

 「いいよ。ただワシのパワーがなまっていなければいいがな」

 レクターはうなづく。

 「サニー。ダスティから目を放すな」

 ベラナが注意する。

 サニーは深くうなづいた。


 数日後。

 ダスティは松葉杖をつきながら病院内を歩いていた。松葉杖もチタン合金の丈夫な物で造られている。彼の上半身にはまだ防弾チョッキ型の維持装置が装着されている。

 サニーはMRI画像写真の金属骨格や循環装置、コアを包む金属殻の状態が映し出されている。重要な機器の位置といい骨格は人間や普通のミュータントと同じだ。

 病室に戻ってくるダスティ。

 看護師が入ってくる。ダスティが装着している腕の部分の補助装置を外した。

 「まだ飛んじゃダメですか?」

 ダスティが聞いた。

 「まだ傷は深くて損傷は治っていません」

 看護師がMRI画像を見せて指摘する。

 「飛びたいのはわかるの。特に生命維持装置に重度の損傷と火傷。循環装置も重度の損傷。駆動装置もまだあと数日ね」

 サニーがミュータントに戻っている時と飛行機に戻っている時の画像を比較してわかりやすく指さしながら指摘する。

 「外へ出るのは車椅子に乗って付き添いの方と一緒なら許可できます」

 看護師は背骨型の接続装置を新しいものと交換した。

 神経チューブに接続される度にくぐくもった声を出すダスティ。

 「ダスティ。近くの公園へ散歩に行こうか」

 サニーは誘った。

 ダスティは無邪気な笑顔でうなづいた。

 病院から車椅子で出るダスティ。付き添いにはサニーがいる。

 車椅子は電動式でレバー一つで行きたい所に行く事ができる。目的の公園までは五〇〇メートルの所にあった。

 ロスサンチェスは人間とマシンミュータントが半数づつ住んでいる。病院もアコードのマシンミュータント用施設が普通にある。地方都市はそうなっていてサンフランシスコやロサンゼルスといった大都市ほど人間や普通のミュータントだけの病院となる。日本の東京もそうだし他の国の都市もそうなっている。

 公園の砂場に人間の親子が何人かいるのが見えるいつもの日常風景。

 「農場の方は大丈夫なの?」

 心配するダスティ。

 「心配しなくていいわ」

 サニーが言う。

 ダスティは人間でいう動悸のような不快感に胸を押さえた。

 「ダスティ。コアが痛いの?」

 サニーが聞いた。

 「ちがう。魔物が侵入した。わからないけど感じたんだ」

 不安な顔で周囲を見回すダスティ。

 なんで自分の生命維持装置が痛みを感じるのか魔物が侵入してくるのがわかったのか理解できない。

 「え?」

 サニーが周囲を見回した。

 丁度真上をドラゴンが飛び去り、どこからともなく象よりも大きい魔物が飛ぶ。そして悲鳴が上がった。

 「魔物が襲撃したぁ!!」

 公園から逃げる親子連れと通行人。

 「大変!!」

 サニーはダスティが乗る車椅子を押した。

 とたんに鳴り出す魔物襲撃を知らせるサイレン。魔物の咆哮。

 飛び回る魔物。

 「キメラだ」

 ダスティがつぶやく。

 キメラはゲームにも登場する魔物で頭が三つもありライオンの体にコウモリのような翼を持っている。

 「アマゾンポィズンドラゴンとレッドテいルドラゴンだ」

 ダスティは周囲を見回す。

 どちらのドラゴンもアマゾンが生息地で前者は緑色の体色に毒のブレスを吐く。後者が体色は赤色で炎のブレスを吐く。昔からドラゴンは鑑札札がつけられアコードや魔術師協会が管理している。それを誰が出したのだろうか。

 避難場所は公共施設やデパート、モールや企業ビルと行った施設である。そこは結界が自動で働き魔物の侵入を防ぐ。

 真上を飛び去るキメラ。

 走り去る六本足の魔物。象より二回り大きくて毛むくじゃら、マンモス並の牙がある。

 「ガルラだ」

 つぶやくダスティ。

 象よりも性格は凶暴で動く者をすべて襲って食べてしまう。

 いずれも地球には存在しない。別の次元から召喚士が呼ばなければやってこない。どこかにそれを召喚した召喚士がいる。

 舞い降りてくるキメラ三匹。

 サニーとダスティはあたりを見回した。

 「サニー。逃げて僕が囮になる」

 ダスティは車椅子から立ち上がり身構える

 「何を言っているの。置いていけるわけないでしょ」

 サニーは声を荒げた。

 飛びかかるキメラ。とたんにミサイルが三匹のキメラに命中した。

 舞い降りてくるF-18E戦闘機。誰だかわかる。ベラナだ。

 「アコード事務所へ走れ。公共施設は結界が作動していて入れない」

 ベラナが指示を出す。

 サニーとダスティは駆け出した。

 アコード事務所はここから六〇〇メートルの所にある。乗り捨てられた車や物陰に隠れながら走る。

 丁度を真上を飛ぶ旧式複葉機。

 「レクターだ」

 声をそろえる二人。

 レクターは二人に気づいて舞い降りた。翼から降りてくるチャドとマイルズが降りてくる。手には護身用武器が握られている。

 走り回る狼を撃つチャドとマイルズ。

 狼は普通の狼ではなく目が赤い。中には頭が二つある狼もいる。

 「ここから逃げるぞ」

 レクターは機体から六対の鎖を出した。

 

 

  十匹の狼の魔物がレクターの機体や主翼に噛みついた。放電するレクター。

 狼は驚き逃げ出した。

 息を切らすレクター。

 「大丈夫ですか?」

 心配するサニー。

 「年には勝てないな」

 くやしがるレクター。

 舞い降りてくるポィズンドラゴンとキメラ五匹。

 ドラゴンの咆哮。

 にじり寄る魔物たち。

 身構えるサニーたち。

 「伏せろ」

 どこからか鋭い声が聞こえた。

 とっさに伏せるサニーたち。

 レクターは頭をかばうしぐさをした。

 閃光とともに稲妻の塊が魔物の群れに命中。続いて雷が降り注ぎ焼かれた。

 目を開けるダスティたち。

 「スパイク!!」

 舞い降りてくるF4Uコルセア戦闘機。

 「魔物は全部退治した」

 スパイクは冷静に言う。

 「待ちなさいよ」

 サニーは思わずプロペラをつかんだ。

 コクピットの二つの光が吊り上るスパイク。

 「魔物は全部退治したんだ。俺には用はないね」

 スパイクは鎖を出すとサニーを押しやった。

 「魔物を入れたのは召喚士でしょ・・・」

 ダスティは最後まで言えなかった。ビルからビルの壁に黒い影がたくさん動き始めたからである。

 「ベビーモスだ」

 レクターが叫んだ。

 影が実体化して群青色の四足歩行の魔物が飛び出す。

 スパイクは機体下に吊り下げていた魚雷を外して中からミサイルランチャーのようなものを取り出し自分の機体に固定すると機体全体が青いオーラに包まれた。

 ベビーモスはコウモリのような翼で飛び回り、ビルからビルへ走り回る。

 スパイクは二つの光を半眼にしてスイッチを押した。青い太い光線が飛びかかってきたベビーモスを撃墜。撃たれた魔物は体に穴が開いて燃え出し塵のように消えた。

 スパイクは舞い上がると正確にプラズマガンでベビーモスやキメラを撃墜。

 ダスティは周囲を見回した。するとレコード店の看板の前に陽炎がゆらめいているのが見えた。

 「スパイク。あの看板を撃って!!」

 出し抜けに叫ぶダスティ。

 スパイクはプラズマガンでレコード店の看板を撃った。

 陽炎が現われ、看板の前に魔術師が実体化した。驚いている魔術師。

 いきなり火がついて勢いよく燃え上がる魔術師。彼は屋上から落ちて行った。

 急旋回する飴色の零戦とP51ムスタング戦闘機。

 スパイクは道路に舞い降りて魚雷にプラズマガンを格納する。

 舞い降りてくる飴色零戦とP51D型ムスタング。零戦が栗本でP51がジェスロだ。

 二機は元のミュータントに戻った。

 「魔術で隠れている召喚士を見破ったのは誰だ?」

 栗本が聞いた。

 「この子だよ」

 レクターが鎖で指さした。

 「ダスティ?」

 声をそろえる栗本、ジェスロ。

 黙ったままプラズマガンを格納した魚雷を機体下に吊り下げるスパイク。

 「スパイク」

 ダスティはF4Uコルセアに近づいた。

 「コアをえぐられたくないなら帰れ」

 スパイクは声を低めた。

 「僕も手伝いたいです」

 「やめておけ。子供には無理だ」

 「でも何かが起ころうとしている」

 食い下がるダスティ。

 腕をつかむジェスロ。

 振り向くダスティ。

 「君にはアコード事務所での事情聴取があるんだ。とりあえず病院に戻ろう」

 「・・・」

 ダスティはうなづいた。


 一時間後。

 病院から出てくるダスティとサニー。

 街にはアコード隊員たちが魔物の残骸を片づけていた。国連軍兵士や米軍の州兵も片付けに出ている中で見覚えのある老魔術師を見つけて駆け寄るダスティ。

 「ダスティ。あの人たちは仕事なんだから邪魔しない」

 あわてて追いかけるサニーとれクター。

 「ガーランドだ」

 声を弾ませるダスティ。

 老魔術師と隣にいたFBI捜査官、イギリス人二人、栗本、ジェスロ、ベラナが振り向いた。

 「おお、ひさしぶりだのうダスティ」

 笑みを浮かべるガーランド。彫りの深い顔にさらに深いシワが刻まれる。

 「ひさしぶりですガーランドさん」

 駆けつけてくるチャドとマイルズ。近くで二人も片付けを手伝っていた。

 「左右ちがう瞳の色は変わらないのう」

 「よくそう言われます」

 答えるダスティ。

 出会った人によくそう言われる。生まれたときからそうなっていたから慣れている。

 「あの子が隠れていた召喚士を見つけたのか?」

 イギリス人がささやく。

 「ラズリー、チャールズ。あの子が隠れているのを見つけた」

 ジェスロが小声で言う。

 「彼は他人の目を見るだけで心が見えるのか?」

 ラズリーが聞いた。

 「マシンミュータントでそれは珍しい能力だよ。初耳だ」

 チャールズがわりこむ。

 「ガーランドさん。今日はよく見えますね」

 ダスティは空の彼方を指さした。

 ガーランドやチャドたちもその方向を見た。

 空の彼方に蜃気楼のように向こうの世界の摩天楼が見えた。近代的なビルが立ち並ぶ。発展具合は自分たちの世界と同じだ。蜃気楼のように映っている風景はアフリカのサバンナや住宅街だったりいろいろだ。

 「今日はよく見えるのう」

 ガーランドはつぶやいた。

 「僕はあの時空ブリッジの向こうの世界へ行きたい。だからアコードの隊員になりたい。それに向こう世界に世界一周レースがあったら参加したいんだ」

 ダスティは思っていることを言う。

 「時空ブリッジの向こうに行くのは誰もやったことがないし危険だよ」

 ガーランドは言い聞かせると懐から羅針盤を出した。彼は針のさす方向を見る。

 「それはなんですか?」

 身を乗り出すダスティ。

 「触ってみるかね?時空コンパスというんだ」

 ガーランドは渡した。

 時空コンパスを受け取るダスティ。

 黙ったまま見ているヒラー捜査官とサニー、ベラナたち。

 ダスティが時空コンパスを持ったとたんに針がクルクル回りはじめた。

 「もしかして針がさす方向に魔物を呼んだ人がいる?地図かなんかありますか?」

 ひらめくダスティ。

 「やってみようか。地図はないかね」

 うなづくガーランド。

 「持っています」

 ヒラー捜査官がポケットに入れていた地図を出した。

 ダスティは地図に時空コンパスを近づける。

 最初クルクル回っていた針はインスマスの方向でピッタリと止まった。

 「インスマスやダニッチは危険な場所で何人もの捜査官が死んでいる」

 のぞくヒラー。

 「ダスティ。まだ子供には知らなくてもいい事はたくさんある。ここからはアコードとFBIの仕事だ」

 ガーランドは諭すように言う。

 「わかりました」

 ダスティは深くうなづく。

 「ガーランドさん。でも心配そうですね。目を見ればわかります」

 ダスティは話を切り替えた。

 「ほう。そうかね。目の奥のイメージが見えるのかね?」

 「物心ついた頃から目の奥のイメージが浮かび上がって来るんです」

 「それはね。ドロップインという能力だ。人間や普通のミュータントなら聞く話だがマシンミュータントではすごく珍しい」

 感心するガーランド。

 黙ったままのヒラー捜査官。

 「そうなんだ」

 ダスティは時空コンパスを眺めながら言う。

 「それを扱えるのは時空魔術師か時間操作能力のある者でしか扱えない。君には時間操作能力や時空操作能力がある。マシンミュータントにしては極めて稀なのだよ」

 ガーランドははっきり指摘する。

 「そうなの」

 目を輝かせるダスティ。

 「珍しいどころか初耳だ」

 ベラナやチャド、マイルズが声をそろえる。

 「君はたぶん攻撃魔術は使えないだろうね。君は農薬散布機だ。戦闘機ではない。従って君はプラズマガンは扱えないがレールガンなら護身用で持つ事ができる」

 「なんで僕は使えないの?」

 「昔からなんだが時間操作能力者は他の攻撃魔術が使えない。魔力と時間操作はちがう能力だからだと思うね。ワシも攻撃魔術は使えなかった。だから補助魔術専門でやっているし旅に出るときは攻撃魔術ができるハンターや魔術師と同行していたんだ」

 すまなそうに言うガーランド。

 「そうなんだ」

 ダスティは納得すると時空コンパスをガーランドに返した。

 「だが君には他のミュータントや人間、マシンミュータントにはない特質で珍しい能力なんだ。誇っていいんだ。だが時空コンパスに反応して時間操作、時空操作能力がありドロップインが使えることは感覚同調という能力があるということだ。君はいつか自分の運命を知り立ち向かうだろうね」

 「そうなんですか?」

 「マシンミュータントの少年よ。大志を抱け。今はわからなくてもいずれわかるときが来る。ワシの助手にならないかね?」

 「はい。喜んで!!」

 破顔するダスティ。

 サニーやレクターたちは深いため息をついた。


 それから数日後。

 農場に入ってくる白いバン。

 車から出てくるダスティとサニー。

 下宿先のアパートの前に同級生のデビットとクリスがいてレクター、チャド、マイルズや数人の近所のおじさんやおばさんがいる。

 「ダスティ。退院できておめでとう」

 ワトーが声をかけた。

 ワトーの家族も総出で出迎えている。

 「ありがとうございます」

 ダスティは破顔した。

 「今日はいい日だ。みんなでバーべキューだ」

 ワトーは破顔してみんなを庭に案内する。

 振り向くダスティ。

 快晴の空がそこにある。物心ついた時から快晴の空だと変身して飛び回っていた。園長の話では赤ん坊の頃から快晴の空だと変身して飛びまわっていて捕まえるのが大変だったという思い出話を聞いた。

 ダスティは農薬散布機に変身した。

 「まだ不具合が残っているけど」

 サニーはプロペラをつかんだ。

 「ゆっくり飛ぶだけだよ」

 ダスティは機体から六対の鎖を出した。

 「損傷は治っただけ。エンジンも本調子じゃないのよ」

 注意するサニー。

 「僕は飛びたいだけ。一緒に飛ぼう」

 ダスティはサニーに鎖を巻きつけ引き寄せ自分のコクピットに入れると舞い上がった。

 とうもろこし農場の周囲を飛び回る農薬散布機。

 「もう飛んでいるのか。元気がいい」

 レクターは笑みを浮かべた。


 同時刻。ロスサンチェス事務所。

 会議室にヒラー捜査官、ガーランド、ジェスロ、栗本、ラズリー、チャールズ、ベラナの七人が顔をそろえていた。

 「死んだ召喚士はジル・スマル。カナダに住んでいた。これまでの犯罪歴はなく逮捕歴もない」

 ヒラーはダスティに居場所を見破られて栗本が操る炎に焼かれて死んだ召喚士の写真を出した。

 「最近は逮捕歴や犯罪歴のない者が犯罪に巻き込まれる話をよく聞くんだ」

 チャールズがふと思い出す。

 「探偵をやっていて思うけどそういう事件化していない事件が多いね。背後に組織がいる可能性がある」

 ラズリーが声を低める。

 「それも孤立しているミュータントが多い。スマル召喚士は組織との接点はない。彼は禁止されている”従わせる魔術”かけられて操り人形にされていた可能性が高い。その証拠に腕にはその魔術をかけられた時に現われるタトゥがありました」

 ヒラーは復元したイレズミを見せた。それは釘十字にヘビがからみついた模様がある。

 「ナチスドイツの親衛隊には専属魔術師がいてその部隊のマークに似ている。誰かが復活させようとしている」

 ラズリーがのぞきこむ。

 「その部隊の親玉はベルリン陥落とともに死んで部隊も戦後解散になった。メンバーも親玉も人間や普通のミュータントで占められていたから寿命で死んだし、部隊が持っていた資料は連合軍が没収したから残ってない」

 チャールズが資料を出した。

 「ネオナチではないのか?」

 ベラナが聞いた。

 「ネオナチにそこまでの知識を持っている者はいない。”従わせる魔術”はそうとうな上級魔術師でなければ使えないしかも古代魔術を研究している者だ。つまり七〇年前ナチスドイツのヒトラーの側近でなればわからない情報だ」

 ジェスロが説明する。

 「戦前、ヒトラーは時空ブリッジの向こうの世界と通信をしたこともあるし興味を持ち古代遺跡を調査していた。古代遺跡は時空ブリッジに関係のある遺跡であまり知られていない」

 重い口を開くガーランド。

 「ナチスドイツが時空ブリッジや時間操作、時空操作能力をまじめに探していたのは有名な話です。それにアウシュビッツ収容所でそういう能力者を造り出そうと人体実験を繰り返していた」

 ヒラーは資料を見ながら言う。

 「私とチャールズはそういった実験の末に生まれた成れの果てを何体も見ているし戦って倒している。この魔物襲撃をやった奴と召喚士を操り人形にした奴は同一犯だ」

 ラズリーは紅茶を飲んだ。

 「ではなんでダスティは時間操作能力とドロップイン、感覚同調能力が使えて時空コンパスが使えるのですか。それも事前に魔物がやってくることを感知した」

 ベラナは思い切って言う。

 「時間操作能力と時空操作能力は似たようなものだ。類は友を呼ぶということわざがあるだろう。犯人は古くから研究していて古代魔術を使えるか研究している。そのうちに同じような能力者を呼び寄せた」

 ひげをなぜながらガーランドは推測する。

 「しかし人間や普通のミュータントにそういう能力がある者はアコードでも魔術師協会でもいないと聞きます。マシンミュータントでは初めてだし初耳だ」

 栗本が言う。

 「ワシも初めてだ。だからワシは弟子にしてもいいし見習いにしてもいいと思っている」

 ガーランドは笑みを浮かべる。

 「それはあなたの自由だ。でもあの子にそういう能力があると気づいた敵が目をつけるでしょうね」

 ベラナが指摘する。

 「それが問題。あの地区にはスパイクがいる。そうだのう。考えなければならないのう」

 少し考えてからガーランドは言った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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