私の星

 いつか私には、行ってみたい星があるのです。それは、どんなに沢山の星の中でも一際輝いている星なのに、宇宙飛行士でも、昨今、話題になっている宇宙探査機でも行くことが難しい星です。

 そうは言いましたが正直な話、その星に近づくことは簡単にできます。実際に私だって何度も近づきましたから。でも、近づくだけのことしかできません。近づいて、この手で触れないと、行ったことにはならないのです。ただ、その星に触れることができる人間は、一人だけと決まっています。だから、本当に難しい話なのです。


 それは、あなたという星。


 あなたの周りには沢山の石ころが転がっています。どれにも一応は名前が付いていますが、私にとっても、あなたにとってもどうでもいい符合にしかすぎません。私にはあなただけに名前があれば良くて、あなたからすればただの石ころにだけ見えていれば良いのです。例外なく、私だって。


 つまり、名前なんて後からで構わないということです。あなたに名前を刻めるのは、どうせ一人しかいないのですから、後からでも何ら問題はありません。しかし、絶対に私だけが、周りにある無数の石ころなんかよりも早く、あなたにこの名前を刻みたいのです。もしも、誰かに先に名前を刻まれてしまえば、どんな千辛万苦をなめるよりも酷い苦しみを味わうに違いありません。そんな焦燥感が身体の奥を意地悪に突いてきます。


 毎日、私はあなたに近づきます。ですが、一日の始まりである朝の挨拶ですら、人気者のあなたにだけは、暗黙の順番があるのです。私たちはみな、ぶつかり合って角張っていき、妬み合っているのです。もちろん、あなたに悟られるわけにはいきません。醜い私たちが争っている場面をあなたに見られるということは、一生拭いきれない恥をかいたことと、同然なのです。そんな仕様もないことだけで結束しているのを見て、石ころにもならない存在たちは、滑稽だと笑います。ですが、崇高なあなたにだけ嘲笑わなければ、それでいいのです。私たちにある誇りなど、その程度のモノなのです。


 私があなたを好きな理由は単純明快であるのに関わらず同時に、複雑怪奇なことです。ただ好きという理由と、名状し難い魅力に惹かれたから、とでも説明しておきましょう。恐らく、あなたの周りにある石ころに同じことを聞けば、どれも似たり寄ったりの解答になるはずです。だから、どれだけ凝ったり、奇を衒った解答を陳列したところで、芸がないのです。


 嫉妬、恋慕、恐怖、焦燥、渦を巻く気持ちはまるで銀河のようで、その中心にあるものはいくら考えても、あなた以外の何でもない気がするのです。こんなことは言うまでもなく、あなたには無関係です。石ころの中に銀河があるなんて、あなたは考えもしないでしょう。でも、知らないだけで私のような石ころの中にも銀河はたしかに存在しているのです。知ってもらいたいのです。


 だから、たとえ大事な授業中であっても、あなたのことを考えてしまいます。傍から見れば、私は阿保らしい人間にしか見えないのでしょうが、きっとみんなだって同じです。歴史を彩った偉大なる人々のことなんて、これっぽっちも興味がありません。授業にだってお金を払っているのに関わらず、魅力も感じない人々のことを習うよりも、あなたのことをもっと知りたいです。寧ろ、そんな簡単な手段であなたを知れるのであれば、いくらでもお金は積みます。なんなら、今すぐにでもお金を工面して、並べることだってします。


 もちろん、現実はそんなに甘いわけもなく、気持ちだけに留まってしまうのです。意気込みだけでは何も解決しないのが、遣る瀬無いです。そして、どうすればいいのかも悩ましくてなりません。あなたは星でありながら、同時に未知なる存在なのです。まるで難解なパズルを目の前にしているようで、ずっと考えていれば、頭が痛くなってしまいます。

 でも、解けなくても解こうとして、自然に熟考してしまうのです。普段はどんな些細なことでも努力することを嫌っているのに、あなたのことだけは努力したくてたまりません。あなたのその輝きに、何か妖しいものでも紛れているのでしょうか。

 やはり、考えても袋小路に入るだけです。いっそのこと、あなたの犬にでもなれればどれほど嬉しいし、楽でしょうか。どうすればなれるのでしょうか。あなたが成すこと全てに対して私だけが最上級の喜色を見せれば、なれるのでしょうか。それとも、これほどあなたのことで悩んでいるのは私だけということを表明できれば、あなたの犬になれるのでしょうか。


 いいえ、どれにしてもきっとなれないでしょう。


 自問自答の結果はこれしかありません。私は私自身で淡い願望すら打ち砕いてしまうのです。そんな風にさせてしまうのが、あなたの持っている超自然的な力なのです。あなたの放つ光のおかげで、自信がなくなってしまいます。はっきり言えば、あなたに触れることなど夢のまた夢であるということなど、重々承知の上なのです。


 それでもあなたへ行きたいという悲願は止みません。もしもあなたの奥にある、煮えたぎる中心核へ辿り着いたら、広がるあなた色の液体に身体を投げ入れて、髪も、歯も、肌も、爪も、吐息も、染め上げてしまい、あなたの一部になりたい。そして、あなたという星の中に私という一部ができることで、私はあなたに行ったことになるのです。

 近くにいるのに、石ころにすぎない私にとっては途方もない冒険になることでしょう。ですが、待ち受ける危険に怯えていてはいけません。周りにある、無数の私と似たり寄ったりの形をした石ころたちが行く手を阻んだとしても、蹴飛ばし、突っ切っていくしかないのです。


 ああ、早く愛しているという言葉を、あなたの中で囁きたいです。愛しているなんて言葉を、今は恐れ多くて口にすることができないのです。だから早く、あなたのモノになって囁くだけでいいのです。幼少期にサンタクロースへお願い事をする時でさえ、こんなに渇望した覚えはありません。

 こんな具合で、空に散らばる無数の星に願っても願いきれないくらいに、あなたへの願いはうんとあるのです。

 いっそのこと、あなたにこれを願えば、全て叶えてくれるかもしれないのではないかと、時折おもいます。けれども、そこまで私も厚顔無恥ではありませんし、そもそも意気地なしの私には、あなたにもっと近づいてからでないと、無謀なことはできないです。


 そんな風にあなたを想いながら、私は今日を生きています。誰のものでもない石ころとして、あなたの周りを回っていくのです。

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