太陽(改稿版)
教会の鐘が鳴ったら飛び降りようと決めてから、一時間ほど経った。
今日はいつにも増して寒く、マンションの屋上ということもあって風も強い。だからどうしたと頭の中では何度も言っているのに、心はどうしても行こうとしない。最後まで私の情けなさは変わらないようだ。
転落防止用の柵は私の胸くらいの高さしかないので、乗り越えるのは容易だろう。 でも、ここまで来たのに関わらず、昔観たホラー映画とかサスペンス映画のビルや崖から落ちるシーンを思い出してしまい、柵を越えることを躊躇してしまっている。下のコンクリートを見れば余計だ。
こんなに怖気づくくらいなら、意気込んで遺書なんて書くんじゃなかった。
顔を横に振って、そんな邪念を払う。そして、風が揺らすスカートを握りしめると、今まで嫌だったことを思い出した。クラスのみんなから容姿で笑われたこと、父から受けた性的な暴力、やってもいないデマの拡散。イジメ相談のフリーダイヤルに電話をかけたこともあったけど、生きていればいいこともあるの一点張りだった。生きていればいいこともあるという言葉の裏を返せば、これから先の人生もこの苦しみは続くと言っているのと変わらない。つまり、現状の何の解決にもなっていないのだ。誰も私を理解してくれることはない。そう悟るしかなかった。
だから、今日は私らしい格好で、私らしい惨めで不要な人間らしい最後を飾ろうと決めたのだ。誰にも悪いと思うことはない。隠れることももうない。本音を包み隠さず言えば、もう少しだけ生きていたかったけれど、どうでもいい。
急に空が明るくなった。
雪が降ってきているのに暖かな日が雲の隙間から差してくる。私の迎えだ。
強く握りしめていたスカートをもう一度風に靡かせると、いつの間にか私は柵を乗り越えていた。そして、手が届くはずもない光に触れたとき、まだ聞こえてくるはずのない教会の鐘の音が聞こえてきた。
そのまま私は、重力を感じることなく、浮遊していた。
「さて、続いてのニュースです。昨日夕方頃、市内のマンション屋上から、飛び降り自殺がありました。亡くなったのは、N高校に通う男子生徒で、警察は生徒の周辺などを調べる方針です。以上が今日のニュースです。さあ、続いてのコーナーは、冬の忘年会シーズンに持ってこいの人気店の紹介です! 見てくださいこの大きな蟹を……」
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