あるいは世界にひとつだけのパッチワークキルトの話②

『できたよ』


 ウタゲからそんなメッセージが飛んできたのは、テスト期間中のことだった。


『何がだよ』


『前に言っていた、自作のゲーム。まだあの件についてはユウちゃんと何にも話していないよね?』


 あの件というのはもちろん、篠原の思い出のゲームにまつわる謎のことだ。


『話すときはお前も一緒だって言っただろ。それよりゲームができたってのは本当か?』


『本当だよ。あんまり自信はないけど、ゲームにはなっていると思う』


『すげえな。よし、テスト期間が終わったら早速篠原も呼んで遊んでみようぜ』


『と言うか、ウタゲの学校も期間中なんだよな。そっちは大丈夫なのか?』


『春川君……差し迫ってやることがあるときほど創作活動がはかどるのは何でなんだろうな』


 すごくダメそうな気がしたが、オレはあえてそのことには触れず、互いの予定を確認することにしたのだった。


 ――その一週間後の今、オレと篠原はウタゲと梶井さんほか一名の到着を待ちながら、二人用のゲームの準備を始めていた。


「かわいらしい感じのゲームだな」


 接ぎ合わせた布をあしらったボードをテーブルに置きながら、オレは言う。『パッチワーク』というのがゲームのタイトルらしい。確か前に『ロス・バンディット』で遊んだときに貸し出し中だったやつだ。


「内容は結構シビアだけどね。でも、面白いよ」


 篠原はそれからこほんと可愛らしい咳払いをして、ゲームのインストをはじめた。


 曰く、『パッチワーク』はその名の通り布きれを模したタイルを組み合わせて、立派なパッチワークキルトをつくるゲームなのだという。


「はじめにこうやってタイルをサークル上にぐるりと並べてですね――」「こっちのボードは個人ボード。ここに布地タイルを置いていって、キルトを作るの」「でもってこっちが時間トラック。それぞれの時間の進み具合を示すボードで、はじめ外側に置いたコマが真ん中まで来たらゲーム終了になるの」「自分の番にやれることは二つあって――」


 篠原のルール説明は、ウタゲに比べるとたどたどしいところもあるが、丁寧だし何より一生懸命さが伝わってくるから、オレは好きだった。


「あたしからは以上だけど、何か気になることはある?」


 『禁断の島』のことを反省したのか、しっかりとした質問タイムも取ってくれる。オレはだから、ゲームの終了時のコマの動きなどを確認してから「良いぜ、始めよう」と言ったのだった。


 まずオレが、スタートタイルの隣に置かれたポーンを動かし、コの字型のタイルを取ることにする。続いて篠原が選んだのは、大きなH型のタイル。


「ボタンのやりくりが厳しいな、これは」


「でしょー」


 でもって時間の管理も苦しいものがある。このゲーム、時間トラック上で後ろにいるプレイヤーが次の手番プレイヤーになる。あまり欲張って時間トラックを前に進めすぎると、欲しいタイルが取れるときに自分の手番が回ってこない、なんてことにもなりそうなのだ。


「くっそー。ここはパスだ。かわいらしい感じの見た目して、なかなかしんどいっゲームだな!」


「うふー。そこが良いんじゃないですかー」


 そしてオレたちは再びパッチワークキルト作りに没頭していく。お金代わりのボタンはすぐ足りなくなるし、時間トラックは容赦なく進んでいく。手に入る布地タイルはといえばどれもこれもいびつで、なかなかうまくはまってくれない。それでも、手元のボードは少しずつ多彩な色を帯びていく。さながら本物のパッチワークキルトのようになっていく――。


 この世のどこかに自分と結ばれる運命の相手がいて、その相手とは見えない赤い糸で結ばれている──なんてのは、今どき小学生の女子でも信じていないようなバカバカしいおとぎ話だ。


 見えない赤い糸というのがそも矛盾しているし、ささいな行き違いで付き合っただの別れただのやってる連中と、七十を過ぎてなお手を繋いで公園デートする老夫婦が同列に運命として扱われるのもどうかと思う。


 それにだ。世の中にはそういうものを欲しがらない人間だっている。たとえば色恋沙汰よりも自分の趣味に没頭したいヤツ。たとえば色恋沙汰よりも友達と一緒の時間を大事にしたいヤツ。たとえば色恋沙汰よりも一人でいる方が良いってそう思うことにしてるヤツ──。


 そういう連中の願いやら思いやら居直りやらを一から十まで無視して世の男女を運命とやらで縛り付ける糸なんてろくなもんじゃない。たとえそれが優しくて、とても甘いものだったとしても、最後にはちゃんと手に入れるべきたった一人がそれを見つけられるようにできているのだとしても、そいつを少しも欲しいとは思わない――オレはずっとそう思ってきた。一生涯その思いは変わることがないだろう。


 だけどオレはある時期からこんなことを考えるようになった。


 その糸がよくある赤いやつじゃなければどうなのか。


 その糸が確かに自分たちの手で紡いだものならばどうなのか。


 その糸が何本もあって縦にも横にも複雑に絡まりあったならばどうなのか。


 そうやってできた布きれを接いでいったなら、どんなものができあがるのか。


 答えはまだ出ていない。出ていないからこそ、今は楽しもうと思う。


 篠原と向かい合って遊ぶ、この時間を。

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