第7話 不良と低血圧子はささやかな謎を解き明かす⑨

 ゲームの片付けを終えたところで、オレは「そろそろ帰るぜ」と言って立ち上がった。ウタゲもすぐに腰を上げて「通りまで送るよ」と返してきた。


 火場家に長居したこともあって、外はすっかり暗くなっていた。


「暑いな」


「だね。明日からはもっと気温が上がるらしい」


 今は六月の終わり。梅雨も終わり、本格的な夏はもうすぐそこに来ている。


 ――今年の夏はどんな風にして過ごすんだろうな。


 何となくだが休みに入っても、こいつや篠原とはちょくちょく会いそうな予感があった。ひょっとしたら瀞畝や梶井さんとも。数ヶ月前の自分であればそんなこと考えもしなかったんだろうなと思うと、ちょっと愉快な気持ちになってくる。


「……春川君は隣のおねえちゃんについて、どう思った?」


 星空の下を歩きながら、ふとウタゲがそんなことを尋ねてきた。


「正直モヤモヤするものはあるさ。どんな事情があるにせよ、篠原に連絡先も伝えずに引っ越してしまうなんてな」


 これは半分韜晦のつもりで言ったのだが、さすがにウタゲはごまかされてくれなかった。

 

「ユウちゃんが『火薙中央の制服を着てたのを見たことある』と言っていたことについては?」


「……気づいていたのか」


「そういう春川君こそ」


 ウタゲが咎めるようにオレの横顔を睨んだ。それでオレは、ウタゲとはちゃんと腹を割って話す必要があるのだと考えを改めた。


「……おそらくお前の推測通りなんだと思うぜ。篠原は隣のおねえちゃんの制服姿を


「でも――」


「わかってる。そもそもの発端は、家に帰ってからも遅くまで一人でいることが多く、寂しがっていた篠原に、隣のおねえちゃんが声を掛けたことなんだ。二人は平日も遊ぶ間柄だったはずだ。それなのに篠原がおねえちゃんの制服姿をたまにしか見なかったというのは妙だと、そう言いたいんだろう?」


 ウタゲはオレの問いに小さくうなずくと、こう続けた。


「お隣のおねえちゃんはほとんど学校に通っていなかったのかも知れない」


 そこまで思い至れば、当然こう考えてしまうことだろう。隣のおねえちゃんが不登校だったことと、篠原にさえ行き先を告げずに引っ越していったこととが無関係であるはずがない、と。


 全ては憶測に過ぎない。しかし、オレもウタゲも、そうした卑しさと全く無縁でいられるほどにはできた人間ではなかった。


 ――オレはだから、ウタゲと腹を割って話す必要があると思った。


「やめておこうぜ」


 ただし、話すべきは隣のおねえちゃんのことではなかった。


「そういうのはオレたちの仕事じゃないと思う」


「……仕事?」


「最初の疑問に立ち返ってみようぜ。篠原はどうしてはじめから答えのわかっている問題をオレたちに出したんだ?」


「その答えに納得できなかったからだし、事実その答えはユウちゃんにとっては正解ではなかったからでしょ?」


「……ウタゲは頭良いのに時々バカだな」


「バッ! バカって言った!」


 そして時々子どもっぽくもある。


「篠原がわかっていた答えに納得できなかったというのはその通りだよ。でもそれは、オレたちに相談した理由の半分でしかない。もう半分は、


「あ……はい」


 隣でめっちゃ赤くなっている。段々わかってきたんだが、こいつはこいつで篠原とは別種の面倒くささ可愛げがある。


「話は変わるが、ウタゲは自分でゲームを作ったりはしないのか?」


「本当に急に変わったね……」


「良いから答えろよ」


「……わたしくらいの知識を持ってる人なんて世の中にはたくさんいるよ。それに、遊ぶのと作るのは全然別のことだから。わたしは遊ぶ方で手一杯かな」


「ふーん」


「何なのその微妙に腹立つリアクションは」


「いや、なんとなく一度くらいは自分でゲームを作ってみたことがありそうなリアクションだなー、と」


「――ない」


「オレの目利き違いか」


「わけじゃないわけじゃないわけじゃない」


「あるんじゃねーか!」


 ああもう恥ずかしがり屋め!


「いやだって実際に作ってみたら地味で無個性で全く面白くないものが出来上がったんだもん。弟のリョウタロウにすら『まぁ気を落とすな』と言われたんだよ? とても人に言えるようなことじゃない」


「それでも作るだけのモチベーションはあったし、作ったことは事実なんだろう? なぁウタゲ、これは思いつきなんだが、お前が『ドラゴンクエストダンジョン』を使った協力ゲームのルールを作ってみるというのはどうだ?」


 オレの言葉に、ウタゲははっと息をのんでその場に立ち尽くした。


「……無理だよ。やったこともないゲームを再現することなんてできるはずがない」


「隣のおねえさんが考えたのと同じゲームを作れとは言ってねーよ。今のお前が面白いと思う――これなら篠原を楽しませることができると信じられるようなゲームを作ってみろって言っているんだ。大丈夫。お前ならできるさ」


「それはそれでハードル高いよ」


「なら、言い方を変えてやる。篠原は思い出補正のせいで『ドラゴンクエストダンジョン』を楽しめなくなってしまっている。だからオレはウタゲの作る微妙な協力ゲームによって思い出補正を打ち消した上で、もう一度『ドラゴンクエストダンジョン』で遊んでもらいたいとも思っているんだよ。つまりお前は前座だ」


「……そんな誘い方ってある?」


「うるせえ。四の五の言わずに作れ」


「わかったよ、わかりました。その代わり、どれだけつまらないものが出来上がっても文句は言わないように」


「おう」


 程なく通りに出たオレたちは、そこでさよならをした。


 梅雨明けの夜空には雲の影一つなく、遠くの星々が煌めいている。


 上を向いたままでは躓いてしまうから、ずっとは見ていられないけれど――オレは確かな光が降り注ぐのを感じながら、足取り軽く、自宅アパートへと向かって歩き始めた。

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