第6話 不良と地味子と空手と歴女は熱き海の秘宝を求む⑪

「ひょっとしてお前、ものだと思っていないか?」


「え? そうじゃないの?」


 きょとんとした顔で聞き返してくる瀞畝――やっぱりそうだったのか。


 自分のコマがいる場所が水没した時、瀞畝は『それなら次がボクの番だし、脱落しなくて済みそうだね』と言った。それをオレは(おそらく篠原も)『ゲームが終わらなくて済む』という趣旨だと理解していたいが、瀞畝自身は言葉通り『自分が脱落しなくて済む』と考えていたのだ。


「……違うんだよ。誰かが水没したタイルから復帰できなかった場合、そいつだけが脱落するんじゃなくて、になるんだ」


「あ!」


 と、瀞畝が何か言うよりも先に、篠原が口元に手を当てて声を出した。


「ひょっとして、あのとき――」


 篠原の言葉に、オレは「そうだ」と言ってうなずいて見せる。


「ゲームが始まる前に、瀞畝が床に落ちたコマを拾って小学生の男の子に渡してやっただろ? あれでお前は『いずれかのプレイヤーが水没したタイルから逃れられなくなった時』という敗北条件を聞き落としたんだろう」


「あぁ……そっかぁ。ごめんね篠ちゃん。ボクがちゃんと話を聞いてなかったばっかりに」


「ううん。瀞ちゃんがコマを拾ってあげてるのは見てたのに、ちゃんと最初から説明し直さなかったあたしの落ち度だよ。こちらこそごめんね」


「待てよ。オレがわざわざ瀞畝の勘違いを指摘したのはお前らに謝り合ってもらうためなんかじゃないぞ?」


「マコトさん……」


「ルールの理解に齟齬があったとしても、ゲームの途中でわかったんだから良いじゃねえか。オレたちは四人でひとつのチームだ。今、本当の意味で四人で一つのチームになった。だから、謝るのは後にして、最後まで頑張ろうぜ」


「……我が宿敵!」


「あーもう半泣きになるなって」


「でもさぁ……」


「大丈夫だよ、瀞ちゃん。今の手番だって、動きとしては決して悪くないんだから」


「……本当?」


「本当だよ。危険はあるけど、決して分の悪い賭けじゃない。次に繋がる動きだってあたしが保証するよ」


「保証された!」


 うーん、良くも悪くもこの立ち直りの早さは、瀞畝の強みだよな。


「でも、これから先は自分が犠牲になれば良いとかそういう考えはナシだぞ」


「しゅーん」


「しゅーんじゃない、押忍だ」


「押忍!」


 瀞畝が完全に立ち直ったところで、オレは梶井さんを見やる。


「待たせたな。ここいらでゲーム再開といこうぜ」


「ええ。四人全員で生還するために頑張りましょう!」


 梶井さんの言葉にぱちぱちぱちと拍手で応じる篠原。続いてオレと瀞畝も。


「と、い、う、わ、け、で……私もマイちゃんのところに向かいます!」


「えっ、セナちゃんも?」


 動揺する瀞畝を余所に、梶井さんはダイバーの特性を活かして一気に島の東側に渡ると、瀞畝がいるタイルの補強を試みる。


「頑張ってね、セイナさん。あたしも『大海の杯』を引いたらすぐに瀞ちゃんに渡すから」


「お願いします、ユウキさん!」


 さりげなくファーストネームで呼び合う仲になっている……。そのことに何か感じるものがあったのか、瀞畝は「わかったよ」と言って梶井さんの目を見つめた。


「『大海の杯』のカードが来るまで、何としても『満ち潮の宮殿』を守ろう。ボクたち二人でね!」


「はい!」


「……『愚者の発着場』のことはオレに任せておけ。籠城した依田信蕃の如くに『愚者の発着場』を守り切ってみせるぜ!」


「だからそれ誰!」


「篠ちゃんすまんな……我が宿敵は昔から時々変なことを口走るところがあって」


「お前にだけは絶対に言われたくねえよ!」


 そして、オレたちは沈み掛けた島で、ギリギリの戦いを始めた。


 行動としてはシンプルだ。篠原が『大海の杯』を瀞畝に渡し、オレが『愚者の発着場』周辺の安全を確保する。瀞畝は『大海の杯』が集まるの待ちながら『満ち潮の宮殿』を補強。梶井さんはそれをバックアップしつつ、『大海の杯』を手に入れたら瀞畝に渡す構えだ。


 減っていくタイル。水位上昇によりついにさらに早まる浸水ペース。やっとのことで揃った『大海の杯』。そして再び底をつく財宝カードの山……。


「財宝カードが二回シャッフルされたました。このあと3回水位上昇したらゲームーバー。あたしたちの負けになります」


「だがオレも炎の水晶を集めきることができた。今回だけは補強なしで行くぞ」


 既に瀞畝と梶井さんはヘリコプターのカードを使って『愚者の発着場』に戻ってきている。だからオレは『残り火の洞窟』へと移動し、集めた財宝カードで『炎の水晶』を入手すると、その足で『愚者の発着場』へと向かった!


「後は――」


「うん。ヘリコプターカードを引いてくるまで耐えるだけだね」


 オレの財宝カード補充。うわ、水位上昇かよ! これで一手番に引かなければならない浸水カードは5枚。慌てて篠原に土嚢カードを使ってもらって『愚者の発着場』を修復してもらう。


   □

 □ ■ 

■ □  □

全■□  □




【■:通常のタイル □:浸水タイル 全:四人@愚者の発着場】


「もうほとんどタイルが残ってないじゃんかー」


「瀞畝の手番でさらに減るしなあ」


「うう。今はやれることをやろう」


 一歩移動、とりあえず浸水箇所を補強、でもってまた『発着場』に戻る。その後、祈るように財宝カードを補充する瀞畝だが、空振り。ヘリコプターカードは引けず!


「うー、ごめんセナちゃんー、みんなー」


 続く浸水の進行でさらに小さくなった島を見て、しおしおと小さくなる瀞畝。


 しかし、梶井さんは不敵に笑って隣接するタイルを補強した後、こう言った。


「依田信蕃――蘆田信蕃とも。天文十七年生誕。武田氏に仕え、高天神城の戦いでは半年以上にわたって城を守り抜いた末、主命により退去した。武田氏滅亡後は徳川家康に仕え、あの真田昌幸を調略するなど大きな功績を挙げる。家康にも高く評価されていたが岩尾城攻めで敵の逆襲を受けて戦死。家康はその早すぎる死を惜しんで、信蕃の息子たちに松平姓を与えたと言われている」


「セナちゃん?!」「梶井さん?!」


 瀞畝と篠原が目を剥くのも構わず、梶井さんは続ける。


「依田信蕃が高天神城を去る際、城内をくまなく清掃し、整然と引き上げたという逸話が残っています。ええ。私たちならきっと、籠城した依田信蕃の如くに綺麗に引き上げることができますよ」


 これまでにない自信に満ちた態度でそう締めると、歴史の海にもダイブするオレたちの仲間は、財宝カードの山へと手を伸ばす――。


 果たしてそこに、ヘリコプターカードがあった。



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