第6話 不良と地味子と空手と歴女は熱き海の秘宝を求む③

 ウタゲは会場入り口のテーブルの側にいた。


 参加者の受付は一段落したようで、名簿をクリアファイルにしまい込んで、弟のリョウタロウと何やら話をし込んでいる。


「ふうん、リョウタロウも農業を知る歳か。メンツは揃ってる?」


 弟と話しているときのウタゲは、オレたちと話しているときよりも少しだけ偉そうだ。多分家でもこんな感じなんだろうなと思うとちょっと微笑ましい。


「姉貴が入って四人だ……ああ、どうも。篠原さんと」


 姉と違い結構タッパのあるリョウタロウが、オレたちの姿に気づいて自分から頭を下げた。でも目元と輪郭は本当にウタゲそっくりなんだよな。


「春川だ。改めてよろしくな」


 そう言えばこの間はほとんど会話をしなかったな。


「どうも……」


 リョウタロウは目を逸らして言った。愛想がないと言うより、姉以外の異性と話すことにあまり慣れていなさそうな態度だった。


「連れがいるなら無理にとは言わないが」


「うーん、どうしたものかな」


 リョウタロウの提案にウタゲが腕を組んで悩んでいると、篠原が「ウタちゃん」と言って話に入ってきた。


「あたしもマコトさんも今日はできるだけ長くいるつもりだから、良かったら先にリョウタロウ君と遊んできなよ」


「そうだな。その代わり後で絶対合流しようぜ!」


「二人ともありがとう。そう言ってくれるなら、今回は可愛い弟の頼みを聞くことにしよう」


「……良いのか?」


 姉にそう尋ねた後で、リョウタロウは申し訳なさそうにこちらを見た。


「はじめの農業は、三人より四人の方が良い。まぁこれでお前の勝ちの目はまったくなくなったわけだがな」


 弟のために憎まれ口を叩くウタゲに手を振って、オレと篠原はその場を後にした。


「農業って言ってたけど、本当にそんなタイトルのゲームがあるのか?」


「それはちょっとわからないけど、ウタちゃんが農業って言ったら、多分アグリコラのことだと思う。ちょっと難しいけど、ウタちゃんが大好きなゲーム」


「なるほどな」


 それで篠原から先に弟と遊んでくるよう持ちかけたのか。ことボードゲームに関して心を許した相手には結構押しの強いクラスメートはしかし、他人の行動に余計な影響を与えるような発言を好まないところがある。それでもあえてああ言ったのは、ウタゲの心が半ば以上アグリコラとやらに傾きかけているのを察したからだろう。


「んじゃまあ、あいつらの所に行くか」


「うんっ」


 瀞畝と梶井さんはボードゲーム置き場からちょっと離れた位置にいた。


「ウタゲはとりあえず弟たちと一緒に遊ぶってよ。そっちの首尾はどうだ?」


 尋ねてから気がついた。二人ともボードゲームカードゲームの類いを一切持っていないのだ。


「うーん、色々見てたんですけど」


「正直何が良いのか全然わからなくて。それでセナちゃんと話していたんだ!」


「話していたって、何をだよ」


「できれば篠ちゃんが好きなゲームで遊んでみたいなって」


「え、あたし?」


「うん! この前は火場っちセレクトだったから今度は篠ちゃんで!」


「うーん……好きなゲームかぁ。あたしはコミュニケーションゲームとか協力ゲームが好きなんだけど……何か良いのあるかなあ」


「……コミュニケーションゲームというと、この間の俳句を作るゲームみたいなやつですか?」


「俳句を作るゲーム……うっ! 頭がっ!」


 オレは激しい頭痛を感じてこめかみを押さえた。


「例えばああいうのなんだけど、今回はやめておこうか。マコトさんが心底辛そうなので」


「となると、協力ゲームですね」


 協力ゲームか。レディース&ジェントルメンみたいにペア戦でもやるのだろうか。


「そうだ! これなんかどうかな!」


 と、篠原がボードゲーム置き場から箱の一つを取って来て、言った。


 箱の大きさはカルカソンヌと同じくらい。未明の空を背景にして描かれた灯台(?)のイラストはどこか不穏な印象を受ける。その不穏さをさらに強調しているのが日本語で大きく書かれた『禁断の島』というタイトルだろう。


「こいつは禁断な感じがするね!」


「まんまじゃねーか。だが、確かにそそられるタイトルだな!」


 瀞畝とオレが早速盛り上がっていると、梶井さんが「面白そうですけど、結構難しかったりします?」と言う。確かにウタゲがいないこの状況であまり難しいゲームをやるのは危険かも知れないが――。


「大丈夫だよ」


 横からそう言ってくれたのは、ボードゲームを持って卓に移動している途中のウタゲだった。


「それほどおもゲーってわけでもないしね。君たちならきっとできるさ」


 こいつがそう言ってくれるなら、間違いない。オレは気持ちが高揚するのを自覚しながら、ウタゲに小さくうなずいて見せた。


「え? ホモゲー?!」


 と、梶井さんがオレの気持ちに冷や水をぶっかけるようなことを口走った。 


「……梶井さん?」


 ウタゲもさすがに驚いたらしく、彼女の顔をまじまじと見つめて言った。


「あ、ええと、今のは違いまして。その、別に普段からBL系をやりこんでいるからつい反応したとかそういことでは全然なくてですね。あ、いや、確かに時々はやりますよ? やりますけどでも鬼畜眼鏡とかハード系はちょっとさわるくらいで基本は学園ラブコメ的なノリが主戦場と言いますか――」


 梶井さんはほとんど息継ぎなしにそう言ってから、自分が様々なことを自白していることに気がついて沈黙した。ついでに、たまたま通りがかった仁志木さんもその場にうずくまって沈黙した。瀞畝も黙りこくったままだけど、多分こいつは何もわかってない。


「そうかー、梶井さんはそっち系かー」


 しばらくして、篠原があっけらかんとした口調で言った。


「ひぎい! そっち系って言わないで!」


 思わず絶叫する梶井さんに、しかし篠原はぐっと親指を突き立てた。

 

「ありです」


「「ありなの?!」」


 オレだけでなく、そそくさとその場を離れようとしていたウタゲまで、そう突っ込んだ。

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