第5話 不良と地味子と低血圧子は城塞都市を再建する⑨

 それからしばらくは得点の動かない静かな展開が続いた。

 

 否――得点ボード上は静かだったが、城塞都市の内外では熾烈な陣取り争いが繰り広げられていた。


 篠原が三辺都市(三つの辺が都市と繋がるタイル)を中心に大きな都市を作り始めたのに対し、ウタゲは自分の道を延ばしつつ新たな草原エリアをも支配していく。オレもなかなか都市含みのタイルを引けなかったが、修道院タイルを立て続けに2枚引き、見込み点数的ではトップに躍り出た!


 これはいけるんじゃないか? 慢心の報いはすぐに訪れた。


 オレの修道院の片割れ――道が一本ついている――に、道つきのリップ編を繋げたのだ。完成しやすいリップ編に手下を置くことができるのは良いが、オレの修道院の完成が近づく上、修道院から延びた道が道つきのリップ編を経由してオレの道に繋がるので、計3点をオレに献上することになる。


「良いのか、ウタ――」


 言いかけてぐっと言葉につまった。これまで道で分断されていた草原二つの草原が、修道院をぐるりと回り込む形でくっついたことに気が付いたのだ。もちろん広大な草原の所有者は火場ウタゲだ。


 ――特に草原は思わぬところで二つのエリアが繋がって、勢力図が変わることがままあるから気を付けてね。


 くそう。まさにそういう状況じゃないぁ。


 シチュエーションじゃないか。こうなってくると、ウタゲが新たに二つ目の草原に手下を置いた意図も見えてくる。オレや篠原が草原への相乗りしようとしたときにすぐさま二つの草原をつないで独占状態を取り戻すための布石なのだ。もちろんオレと篠原が何もしなければ、引き続き草原の点数を伸ばしていくだけだ。どちらに転んでもウタゲとしては何も困らないわけだ。


「やるじゃねえかオイ」


「初見でそうコメントできる春川君の方こそ」


 オレとウタゲが言い合ってフッと乾いた笑みを漏らす。


浪漫ろうまんですねー。浪漫の風ですねー」


 はいそこ、うるさい。


 それからしばらくの間、オレたちは口を閉ざして手を動かすことに意識を集中させた。何しろ繋がりさえすればどの方向へもタイルを広げていけるのだ。さらに置いたタイルのどこに手下を置くかという判断も必要になる。選択肢は多く、自然と考える時間が増えてしまう。


 ――しかしまぁ、こうやって三人で遊んでいると静かな時間がちっとも苦にならないってのはありがたいな。


 ゲーム自体が面白からというのもあるが、やはりウタゲと篠原が他人の沈黙を尊重してくれる性格だからというのが大きいのだと思う。


「む」


 何巡か後、引いてきたタイルを表に返したオレは思わず声を上げた。


 三叉路付きのリップ辺――こいつを使えば完成する自分の都市があるので、タイルを置く場所は決まっていた。悩みどころは新たにどの地形に手下を置くか、だ。まだ手下の数に余裕はあるので置かない手はない。道か、草原か。どの道、どの草原に置くか。


「少し待ってくれ」


「はーい」「じっくり考えると良いよ」


 遊んでいるうちにわかってきたことがある。このゲーム、都市はコンパクトに造っていくのが常道セオリーだ。


 はじめは城塞都市の復興というテーマもあって、なるべく大きく育ててから完成させるゲームなのかと思っていた。しかし、都市の育成には完成が遠のくというデメリットがある。その間、派遣した手下は戻れないし、最後まで完成しなければもらえる点数が半減してしまう。さらに他のプレイヤーが相乗りや乗っ取りをしかけてくるリスクも考慮すれば、都市は早く小さく作るべきなのだ。

 

 しかし、そうした都市のセオリーに対してのカウンターとして機能しているのが草原のルールだ。最小の都市はその所有者に4点をもたらすが、隣接する草原の所有者にも3点をもたらす。セオリーに沿って小さな都市が乱立するなら、草原は大きな得点源たり得る。


 ウタゲはだから使える手下を減らすリスクを負ってでも早期に草原を得ようと考えたのだろう。


 今更ウタゲの大草原に絡んでいくことは難しい。ならば新たな草原を自らの手で広げていけば良い――オレはタイルを置くと、草原のひとつに自分の手下を置いた。先行投資の一打。これがオレの答えだ!


「ふむ」


 続いてウタゲが引いたのはL字の道タイルだった。ウタゲはノータイムでオレがたった今置いたタイルの三叉路に繋げ、道に手下を配置する。


「あれ」


 今度は篠原。またもL字の道タイルだ。こちらもほとんどノータイムでオレのタイルの別の辺に繋げて、道に手下を配置する。


 ん? 何か今背筋がゾクっとしたんだが。


「修道院か」


 これで3枚目か。とりあえずさっきの悪寒は気にしないことにして、こいつを置かなくては――。


「ご愁傷様」


 次にタイルを引いたウタゲはぼそりと言って、それを置いた。三叉路付きのリップ辺の斜め左。ウタゲの道と篠原の道がくっつくように。そしてまた、オレの草原をぐるりと道で取り囲むように。


「……なぁウタゲ、ルールの確認をしたいんだが」


「うん」


「自分が所有する草原は、ゲーム終了時、隣接する完成した都市1つにつき3点をもたらすんだよな」


「そうだね」


「そして草原に置いた手下はゲーム終了まで戻ってこない」


「合ってるよ」


「……つまりオレのこいつは?」


「うん。ただ寝そべっているだけだね」


「起きろおおおおお!」


 オレの絶叫が店内に響き渡った。

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