第5話 不良と地味子と低血圧子は城塞都市を再建する④

「はるか昔、オード川のほど近くのとある丘に、古代ローマ人が要塞を築きました。ガリア南部の都市ナルボンヌとトロサの中間に位置し、ピレネー山脈とモンターニュ・ノワールに挟まれたこの要塞は、軍事拠点として、また、地中海世界と大西洋を繋ぐ交通の要衝として、発展していきました」


 やがて、我らが語り部は感情の起伏が少ない――けれどとても聞き心地の良い声で、異郷の歴史を物語り始めた。


「ウタちゃん、いつもより気合い入ってるかも!」


浪漫ろうまんだ……浪漫の風が吹いている……」


「しかし栄華を極めたローマ帝国もやがては衰退し、ヨーロッパ全土に戦乱の嵐が吹き荒れ始めます。古の要塞から発展したその街も幾度となく攻撃にさらされることになります。ために人々は古い城壁を修復し、あるいは新たな城壁を築きました」


「……己と己が愛する人々を守るため、か」


「ある時、街をカール大帝の軍勢が包囲しました。包囲は長期間続き、人々は傷つき、また、飢餓に苦しみました。最早降伏を待つばかりと思われた時、王妃カルカスは亡夫に代わって立ち上がりました。街に残ったわずかな麦を豚に食べさせ、城壁の外に投げ捨てたのです!」


「待てよ。カルカスさんは何だってそんなことを?」


 昔見た世界遺産の番組なら絶対拾ってそうなエピソードだが、残念ながら記憶に残ってない。くそ、続きが気になるぜ。


「ちょっと豚さんがかわいそうだよね……」


 確かにそうだけどそこは置こう、篠原。


「城の外に投げ出された豚の腹から大量の麦が出てきたのを見て、賢明なカール大帝はこう判断しました。あと少しで攻略できると思っていたが、この街には豚に餌をやるほど食料が残っているのか。ならば、これ以上の戦いは無益である、と」


「おお、そういうことか!」


「カール大帝は速やかに包囲を解きました。大帝の軍が引き上げていくのを確かめたカルカスは、和平を呼びかけるためのラッパを吹き鳴らすよう家来に指示しました……以上『カルカスの伝説』が実際にあったことなのかどうかは定かではありません。しかし、人々は知っています。その街が伝説にちなんで『カルカスが吹き鳴らすソンヌ』――城塞都市カルカソンヌと呼ばれていることを」


「オレは信じるぜ。古の城塞都市にも依田信蕃よだのぶしげのような名将がいたってことをよぅ!」


「依田、えっと誰?」


 オレの言葉で素に戻ったウタゲが困惑した表情で篠原に助けを求める。ってか、郷土の英雄なんだけど本当に知らないのか?


「あたしもよく知らないけどマコトさんが尊敬してる人らしいよ」


 くっ。篠原まで。だが今はカルカソンヌのことをもっと知りたい。オレは「話の腰を折ってすまん」と頭を下げて、ウタゲに話の続きを促した。


「……カルカスの伝説から数百年の後、城塞都市カルカソンヌはすっかり荒れ果てていました。家々はまばらで城壁も古い時代のものがわずかに遺るのみ。そこでは近隣の有力者として、城塞都市の復興と地域の発展を目指します。具体的には――」


 おお、ここでオレたちの話になるのか。


「色はこの間と同じでいいかな」


「ん?」


「あたしは大丈夫」


 ウタゲは大の字型の小さな木のコマが入った袋を篠原とオレに差し出した。篠原のが青で、オレのが赤だ。そしてウタゲ自身は黄色。そうか、サムライの時と同じ配色ってことか。


「オレも問題ないぜ!」


「ありがとう。わたしたちは、タイルを繋げて都市や道、草原を広げていくとともに、自分の手下――今くばった木のコマだね――を配置し、ポイントを獲得していきます。すべてのタイルを繋ぎ終えた後、もっとも多くポイントを集めたプレイヤーが、カルカソンヌを復興に貢献した名士として歴史に名を残すのです――」


「歴史に」


「名を残す!」


「ふふ、なかなかノリの良い聞き手でこちらも助かったよ。ユウちゃんも何度も聞いてるのにありがとう」


「どういたしましてだけどウタちゃんがこんなに話を盛ってきたのは初めてな気がする」


「!」


 指摘されたウタゲはぴくっと目をつり上げた後で、オレたちから視線を外した。丁度異郷の歴史を語り始める前とまったく同じ方を向いているのが可愛らしい。


「じゃあ、そろそろルールの説明に入るよ」


 そんなに恥ずかしがらなくても良いのによ。と言ってしまえばますますこのコロポックル少女は照れてしまうだろうから、オレは口を噤んで何も語らない。篠原も、目がだいぶ糸になっているあたり、きっと同じことを考えているのだろう。

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