第5話 不良と地味子と低血圧子は城塞都市を再建する③
「とりあえず中を見てみよう」
そう宣言して、自ら箱を開けたウタゲは、要領よく中身をテーブル上に並べていく。日本語の説明書、小さな長方形のボード、木製のコマ、それに……大量のタイル!
「へー、なんか良い感じだな」
オレがタイルのうちの一枚を手に取って呟いた。真四角のタイルの対角線に沿って、薄茶色の城壁が伸びている。城壁の片側には草原が広がり、反対側には赤い屋根の建物が所狭しと立ち並んでいる。綺麗だが、それ以上に温かみを感じさせる絵柄だ。
「マコトさんもそう思う?」
そう言いながら篠原がタイルの一枚を、オレがたった今テーブルに戻したタイルの横にくっつけた。
「ユウちゃん、カルカソンヌ好きだもんね」
今度はウタゲ。これで三枚のタイルがくっついた。
それでようやく気がついた。Lの形に連なる三枚のタイル上で、城壁が綺麗に閉じていることに。そしてまた、その城壁で囲われた町並みが幼い頃にテレビで見た光景とよく似ていることに――。
「ひょっとして、いやひょっとしなくても、このゲーム、世界遺産に登録されているカルカソンヌが舞台なのか?」
「……相変わらず、見た目の割に妙に博識なところがあるよね春川君は」
「しっ、ウタちゃんしいっ」
聞こえてるしむしろ篠原が間接的にウタゲの発言を肯定したことの方が傷つくんだがそれはまぁ脇に置こう。
「で、実際のところどうなんだ?」
「君の言うとおりだよ。このゲームの舞台は1997年にユネスコ世界遺産に登録された歴史的城塞都市『カルカソンヌ』だ」
「マジか! くー、良いよな。城塞都市! こう、これぞ
オレはマスターが持ってきてくれたジンジャーエールをぐいっと飲んで魂に火をつける。
「燃えてきたぜ。よしウタゲ、いつものようにゲームの説明をしてくれよ!」
と、視界の片隅で篠原が意味ありげにウタゲに向かって首をかしげた。「どうするの?」と問いかけるような目。はて。
「あ、いや。盛り上がってるところ悪いんだが、実のところこのゲーム、カルカソンヌを舞台にしてることは間違いないんだけど、舞台設定についてはルールブックに簡単な記載しかなくてね。サムライのときみたいにはいかないんだ」
「そうなのか……」
ちょっとしょんぼり。いや、ゲームのバックストーリーってのが実際にゲームで遊ぶときにはさほど重要でない要素ってことはわかっているんだが。
「ウタちゃん」
と、口を挟んできたのは篠原。心なしか、普段より口調のきつい『ウタちゃん』な気がする。
「マコトさんなら別に照れなくても良いと思うよ?」
篠原はそう言って、ウタゲをじっと見つめる。ウタゲも見つめ返す。が、十秒と待たず、ウタゲは篠原から目を逸らした。
「……わかった。わかりました。ユウちゃんがそこまで言うならいつものやり方でやることにするよ」
「いつものやり方?」
「さっきも言ったように、このゲームの舞台設定はとてもシンプルだ。そして日本人の誰もが春川君のように歴史的城塞都市『カルカソンヌ』を知ってるわけじゃない。だからわたしがルール説明をするときは少々盛ったバックストーリーを話すことにしているんだ。ま、白状すると、この間のロスバンディットの説明のときもそうだったんだけどね」
ウタゲはオレと篠原から微妙に視線を外して、砂糖もミルクも入ってないアイスコーヒーをズビズビと飲む。多分これはウタゲ流の照れ隠しだ。
「人によっては余計なことだと思うだろうし、勝手に設定を盛るなんてゲームデザイナーに失礼だと言われれば反論の言葉もないよ。でも、そういう遊びがあっても良いんじゃないかなって、ちょっと身勝手なことを思ってもいる」
であればオレが言うべきことは決まっていた。
「良いじゃねえか」
「え?」
「オレは好きだぜ。ウタゲのルール説明。いや、ルールだけじゃない。前口上も含めて全部、気に入ってる。だから、今回もいつものやり方とやらで頼むぜ!」
「春川君……」
ウタゲはオレを見つめて呟くように言ってから、急にもじもじし始めた。
「ちょっと長くなるけど良いの?」
「むしろ望むところだ!」
「退屈するかもしれないよ?」
「ウタゲといて退屈したことはないぜ!」
「……」
ウタゲはアイスコーヒーの蓋を開けると、直接ぐびっと飲んでから、あさっての方を向いて言った。
「ま、まあ、春川君がそこまで言うなら? やらないでもないというか? やるけど? あ、あと背景を含めてゲームの説明をすることをインストラクション――インストって言うから君もそろそろ覚えたって良いんじゃないかな?」
「ウタちゃんそのリアクションはちょっとかなりチョロいよ……」
ともあれウタゲはいつものやり方でインストとやらを始めてくれるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます