カルカソンヌで遊ぶ
第5話 不良と地味子と低血圧子は城塞都市を再建する①
午前中はまだおとなしいが、昼休みをまたぐともうダメだ。腕時計を見る。壁時計を見る。自分のお腹を撫でる(腹時計か?)。でもって意味ありげにちらちらとオレの方を見てくる。
(なんだよ)
チラ見の回数が十回を超えたところで、オレは口パクでそう尋ねた。
(メリーズ・ラム)
(わかってるよ)
(絶対だよ)
篠原の台詞についてはオレの想像だが、多分大きくは外してないだろう。
やきもきする終礼と、答え合わせの放課後を経て、オレたちは昇降口に急ぐ。
「今日はどうする?」
「ウタちゃんもすぐには出られないって言ってるし、この間みたいに一緒に行かない?」
「良いぜ」
この間というのはサムライで遊んだときのことを言っているのだろう。歩いて学校に通っているオレが一旦家に帰って自転車を取ってきて、二人であのボードゲームカフェに向かうのだ。
自転車だから並走するわけにもいかないし、道中ほとんど話はできないわけだが、それでも一人でペダルを漕いでるよりはずっと気持ちが華やぐものだ。一緒にいるのが篠原なら尚更だろう。
「今日も
「おう。頼む」
そんなわけで、とりあえずのところオレたちは同じ方向へと歩き出す。
「マコトさんはさ」
「うん?」
「どこか行ってみたい場所って、ない?」
道すがら篠原が切り出したのは珍しくボードゲームとは関係なさそうな話題だった。
「旅行するならどこが良いかって話か?」
「そうそう。国内でも海外でも宇宙でもどこでも」
宇宙は無理だろと心の中で突っ込みを入れつつ、オレはしばし考え込む。
「そうだなぁ。いつか原付の免許でも取れたら、どこか遠いところまで行ってみるのも面白いかも知れないな」
実際に免許を取って原付を買うとなると、色々と面倒なこともありそうだが、ま、想像するだけならタダだ。
「どこか遠いところって?」
「うーん。例えば
「県内じゃない」
う。もう少しスケールの大きい夢を語った方が良かったか。オレは急に気恥ずかしさを覚えて、頭の後ろをぽりぽりと掻いた。
「そういう篠原はどこか行ってみたいところはあるのか?」
「よくぞ聞いてくれました。あたしはですね、ドイツのエッセンに行ってみたいのです!」
「エッセン? ええと、ルール工業地帯の都市だったよな。なんでそんなところに?」
「うふふふふ。重工業で栄えた都市というのは世を欺く仮の姿。毎年世界最大規模のボードゲームイベント・エッセンシュピールが開催されるボードゲーム文化のメッカ! それがエッセンの真の姿なのです!」
「別に世を欺く仮の姿じゃねーだろ」
「うぐ」
確かエッセン郊外の炭鉱が世界遺産に登録されているはずだ。しかし、教科書にも載るような歴史的な工業都市が、ボードゲーム文化の中心地のひとつになっているというのは興味深い。
「と、ともかく、あたしとしては、いずれはエッセンシュピールの開催に合わせてドイツに行こうと考えているわけです!」
篠原はえへんと胸を張って言う。その姿がちょっと眩しすぎて、旅行と聞いてせいぜい県内の動物園くらいしかイメージできなかったオレは、つい目を背けてしまう。
篠原はどうやってドイツに渡航するつもりなのだろうか? 親に無心するのか、校則違反のアルバイトをするのか、あるいはもっと遠い未来、経済的に独立してからのことなのか――何にしても彼女は『いずれはドイツに行こうと考えている』と言った。
その意思の確かさ故に、眩しいのだろう。オレはそう結論づけると、篠原に向き直って「早く行けると良いな」と言った。
「うん!」
折良く、書店の看板が見えてきた。オレは篠原に中で待ってるよう言い置くと、交差点へと向かった。あそこを渡れば、自宅アパートはそう遠くない。ちゃっちゃと行って自転車を取って来よう。
今のところはオレも篠原も平凡な高校生に過ぎない。今のところはまだ自転車で駅前のボードゲームカフェに行くくらいがせいぜいなのだ。だからこそ、今はこのささやかな遠出を楽しめば良い――。
タイミング良く信号が切り替わる。オレは軽快なステップで横断歩道を駆け抜けて行った。
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