番外編 低血圧子は不良と対決する⑥

「見つけだしたというのは? 仲良くなったきっかけのことを言ってるのであれば、たまたま中学三年間ずっとクラスが一緒だったからってだけだけど」


「そうなのか」


 あまり納得のいっていない「そうなのか」だ。ダイスを置く動きもどこか緩慢である。


「何か気になることでも?」


「いやー、篠原はほら、友達が多いほうだけど、教室では控えめっつーか、おとなしいっつーか、あんまり自分を出さない方だろ?」


「否定はしない」


 わたしはそう応じながらダイスを振った。よし、これでロイヤルストレート完成だ。


「その篠原と、どうやってボードゲーム友達になったんだろう、ってな」


「そういうことか。うーん。きっかけは何だったかな。ああ、思い出した。中学一年生頃に、たまたま席が隣になったんだよ。ちょうど冬休みの前後だ。それで、年明けにお土産をもらったんだよ。綺麗なガラス細工の猫。それでお返しにカードゲームを贈ったんだよ」


 と、まぁ今となっては淡々と話せる事柄だけど、その当時はびっくりしたものだ。友達が多くて、よく笑って、自分とは全然違う世界の住人にしか見えなかったユウちゃんが「ウタちゃんに似合うと思って」と言いながら、小さなシャム猫の入ったケースを差し出してくるなんて、思ってもみないことだったから。


 家に帰ってからはお返しをどうしようということしか考えられなかった。考えて考えて考えたあげくに、当時気に入っていた不思議の国のアリスを題材にしたカードゲームを返礼品に選ぶあたりは異性に自分の好きな作家の本を贈る文系男子のようなメンタリティで思い出す度辛くなるのだが、結果的にはそれで正解だった。ユウちゃんはすぐにわたしと遊んでくれた。本当は大勢でやった方が面白いと思うんだけどね、と言い訳がましいことを呟くわたしに「ううん! 二人でもすっごく楽しいよ!」と言い返しながら、何時間もそのゲームで遊んでくれたのだ。


「……まぁでも正直あまりゲームとかやる感じには見えなかったし、付き合いでもらってくれたのかなとも思ったんだよ。最初は。でも、試しに『家に遊びに来る? 他にも持ってるゲームがあるし、ウザくても良いなら弟も入れて三人で遊べるよ』って言ってみたら。『行く!』って食い込み気味に即答してさ」


「目に浮かぶぜ。おっとすまん」


 手が止まっていたことに気づき、春川君がダイスを振る。そしてむっと顔をしかめる。序盤好調だっただけに、徐々に膠着し始めた戦局に苛立っているのだろう。


「これ、なかなか苦しいゲームだな」


 正解だ、春川君。


「ここを繋げてストレートを目指すとウタゲが4の目を出した瞬間に負けが確定するし……こっちで赤5に赤3繋げてロイヤルストレート目指しても、もう袋の中にほとんど赤いサイコロが残ってねーんだよな……ひょっとしてこれ、どこに置いてもウタゲが得するんじゃねーか?!」


「それ、サムライの時も同じようなことを言ってなかったっけ」


「グ、グムー」


「ふふ。すまない。説明しそびれていたんだけど、実はこのゲームもサムライと同じライナー・クニツィアの作品なんだよ」


「そうだったのか! おのれクニツィアさん! いや、面白いけど!」


 怒りながら笑う春川君が、わたしにはちょっと眩しく見えた。

 

 ゲームを楽しむことができる――それも一つの才能だとわたしは思っている。


 もちろんわたしだって好きだからこそ市内のボードゲームカフェやらボードゲームイベントに入り浸っているわけだけど、それでも春川君ほどにゲームを楽しめているかと聞かれれば、答えに窮してしまうかもしれない。


 こんなにも真剣に、楽しそうに、そして時々辛そうにボードゲームで遊ぶ人は、ユウちゃんくらいのものだと思う。


 ユウちゃんと同じくらい、真剣に、楽しそうに、そして時々辛そうにボードゲームと向き合ってくれるから、わたしは春川君に対して複雑な感情を抱いてしまうのだろう。


「やっぱ良いよな」


 互いにダイスを置き合い、何個かのチップを分け合った後で、そんな風に話を切り出したのは春川君だった。


「何が?」


「高校が別になってからも定期的に会える友達ってのは良いなって」


 わたしとユウちゃんのことか。


「ま、一緒にいる時間が減れば、疎遠になっていくのはしょうがないことだよ」


 それはわたしとユウちゃんだって、同じだと思う。今のところはちょくちょく会って遊ぶ関係を保っているけれど。


「ウタゲと篠原は大丈夫だろ。心の距離が違う。正直羨ましいぜ」


「そうかい?」


 意外だった。春川君からわたしたちがそう見えていたことも、春川君がわたしたちのことを羨ましいと思っていることも。


「そうさ」


 微笑んで、さらりと言う。それでわたしは、かなわないなと思ってしまった。同時に『ユウちゃんを取られてしまったみたいで寂しい』という思いで重くなっていた心が少しだけ軽くなったような気がした。


「君だって瀞畝さんとはそういう感じじゃないの?」


 優しくて誠実な春川君に、わたしはだからちょっとだけ意地悪をする。


「ばっ、一緒にするんじゃねーよ!!!」


 思ったよりも大きな声が返ってきた。マスターもびっくりしている。


「す……すまん。ちょっと興奮しすぎた」


「ふふ。動揺したね。なら、ここで勝負に出よう。そこの1のチップで敗北宣言するね。新たなチップは――ダイヤモンド!」


 ライナー・クニツィアはあちらを立てればこちらが立たず――プレイヤーに苦しい選択肢を突きつけてくるゲームを作るのが得意な作家だ。ロスバンディットもそういうタイプのゲームだが、苦しい選択肢を突きつけてくるのゲームではない。


 その考える理由のひとつが、敗北宣言のルールだ。


 勝ちを諦めるわけじゃない――むしろ次に勝つために。


 自分にとって必要なダイスが出る確率を上げるため。あるいは相手にとって必要なダイスが出る確率を下げるため。あるいは相手の選択肢を狭めるため――。


 相手の強みを認めて、引き下がるべきときは引き下がる。


「出目は――緑の4、5。よし。ここは当然、今引いたダイヤのチップに置くよ」


 自分の強みを認めて、勝つべき場所で勝つ。


 それがロスバンディットというゲームの最大の魅力なのだと、わたしは改めて思った。

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