番外編 低血圧子は不良と対決する⑤

 最初に袋からダイスを取り出したのはわたし。先攻のハンデとして、最初手だけは(ふたつではなく)ひとつのダイスをピックするルールになっている。


「えいっ」


 わたしは勢いよく黒いダイスを振る。出目は2。うーん、ぱっとしないな。仕方なしに2点の金貨袋の上に置いて、顔を上げると春川君がちょっとだけ口元を綻ばせていることに気がついた。


「どうしたんだい?」


「いや、ウタゲっていつも落ち着き払っているようにみえるからさ。サイコロを振るときにかけ声を出したりもするんだなって思ったんだよ」


 そう言われると急に気恥ずかしい気分になってくる。わたしは照れ隠しにコーヒーをごくごくと飲んでから「サイコロキネシス7出るな教の信奉者なのでね」と言った。


「なんだいそりゃ」


「いずれ島を開拓するゲームをやるときにでも教えることにするよ。さ、春川君の番だ」


「ラジャー!」


 春川君は元気よく袋を受け取って、しなやかな手先をその中に突っ込んだ。


「お、ふたつとも緑だ」


 さらにダイスを振った結果はどちらも6!


「よっしゃ。こいつは幸先良いぜ」


 当然春川君は3点のダイヤモンドのところに、二つのダイスを並べ置く。完全に押せ押せムードだ。

 

 とは言え、このゲーム、スリーフラッシュはそうそう出せるものではない。


 例えばあと一つ赤の3が出ればスリーフラッシュが完成するケースについて考えてみよう。仮に袋の中には各色のダイスが4個ずつ入っているとする。袋からダイスをふたつ引いて、少なくともひとつ赤色のダイスが出る確率は45%だが、その目が3になる確率となると10%を下回ってしまう。ワンゲームにそうそう何回も作れる役ではないのだ。


 だから春川君がスリーフラッシュの完成に時間をかけているうちに、他のところで自分に有利な状況を作っていくというのが、わたしが取るべき作戦ということになる。


「振るよ」


 緑の1と黒の3。相変わらず出目は低調だが、黒の3を引き当てたのは良かった。袋の中の緑ダイスをひとつ減らせたのも素晴らしい。わたしは前の手番で春川君がダイスを置いたダイヤの前に緑の1を置き、さらに一手目で黒の2を置いた金貨袋の前に黒の3を置いた。これでロイヤルストレートまであと一歩だ。


 スリーフラッシュよりワンランク弱いロイヤルストレートだが、スリーフラッシュよりはずっと作りやすい。さっきの計算と同じ条件――袋の中には各色のダイスが4個ずつ入っている――で黒の1か3を出せばストレートフラッシュが成立するとして、その確率は15%を上回る。高確率とまでは言えないが、それでもスリーフラッシュよりはずっと現実的な数字だ。


 3点のダイヤをあえて捨て石にして、他のチップを狙っていく。春川君、君にそう易々と勝ちを譲るつもりはないよ。


「よっしゃ! 緑の6来た!」


 ……え、来るの? しかももう一個は赤の5だ。

 

「6のスリーフラッシュ完成。これでこのチップについてはオレの勝ち確定だな」


「……認めるよ」


 10点先取のゲームで3点を取られるのはかなりきつい。今回のようにほとんど手番を稼げない場合は尚更だ。


 しかし、それでも負けたわけではない。幸い新たにめくられたチップは2点の金貨袋だ。他に2点が1枚、1点が2枚。それほど盤面の点数が高くない今のうちに、体勢を立て直す!


「2個目のダイスを新しいチップのところに置くのもありなのか?」


「もちろんだよ」


「じゃあそうしよう。で、手番交代」


「わたしの番だ。黒ダイス、来いっ」


 しかし引いたのは青と赤で、出目は1と4だった。


 ――さて、どうするべきか。


 ここは青の1を今しがためくられたチップのところにあえて置いていこう。1の目は数字としての弱さもさることながらストレート系の役を狙う際にも足かせとなる。最悪、捨てダイス置き場として使うことにして、狙えたらスリーフラッシュ、スリーオブアカインド系を狙う。そういう作戦でいこう。


「よし手番終了で」


「オーケー、引くぜ」


 春川君が引いたのは、緑と青のダイス。出目は――どちらも3。


「はは。ま、毎回欲しいサイコロばっか引けるわきゃないよな」


「そりゃあね」


 春川君は悩んだ末にまだ全くダイスが置かれていない札束のチップのところに二つのダイスを並べた。


「……そういやさ、ウタゲと篠原は中学時代からの友達なんだよな」


「そうだけど?」


 わたしは相づちを打ちながらピックしたダイスを振った。赤の4と緑の2か。赤の4は既に置いてあるものに重ねるとして、緑の2は……よし。春川君の赤5にぶつけよう……。


「ウタゲはどうやって篠原のことを見つけだしたんだ?」


 と、わたしがダイスを置くのを待って、春川君が妙なことを聞いてきた。

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