第3話 不良は五七五で悶々とする④

 オープン会のボードゲーム置き場は雑然としていた。ブックスタンドを使って縦置きにした箱、コンテナに入ったままの箱、縦に積まれた箱……おそらくはゲームを持ち込んだ参加者たちが思い思いのやり方で並べているのだろう。メリーズ・ラムの整った陳列棚とは比べるべくもない光景だった。


 しかし、その混沌とした光景にオレはメリーズ・ラムとはまた別の魅力を感じていた。


「あ、スピリット・アイランドだ! 実物はじめて見た!」


「サムライカードゲーム! そういうのもあるのか!」


「わー、カルカソンヌ、ほとんど揃ってるよ! すごい!」


「カルカソンヌ、カルカソンヌ、これもカルカソンヌ……みんな同じやつなのか?」


「ううん、基本のゲームにルールを足して遊ぶ拡張とか、単独でも遊べるシリーズ別作品とか、色々。いいゲームだよ。全部混ぜて遊ぶと半日かかるけど」


「会が終わっちまうじゃねーか」


 苦笑いを浮かべつつ、改めてゲーム置き場全体を見渡す。まだボードゲームを始めて日が浅いオレだがここにあるゲームに込められた持ち主たちの思いだけは感じ取ることができた。


 ――自分のゲームでもっと遊びたい。自分のゲームをもっと遊んでもらいたい。


 持ち主たちの心の叫びそのまま形にしたような、そんな光景だとオレは思った。


「あれ? そこにいるのって、ひょっとして春川?」


 と、背後でどこか聞き覚えのある――できれば忘れたままにしておきたかった声がした。


「あー、やっぱり!」


 振り返ると、予想していた通り背の高いポニーテールの少女が立っていた。


「……瀞畝とろせ


 切れ長の瞳に日本人離れした高い鼻。並びの良い真っ白な歯と健康的に日焼けした肌のコントラストは鮮やかで、ミニスカートから伸びた脚もすらりとしている。


 黙っていれば十人が十人スポーティな美人という印象抱くであろう彼女の名は瀞畝マイ。遺憾ながらオレの知り合いである。


「うっふふふ。まさかこんなところでボクの宿敵ともと再会するとは――あ待って行かないで寂しくて死ぬ!」


 黙っていることができないので十人が十人残念な美人という印象を抱くであろう瀞畝は、遺憾ながら中学時代に通っていた空手道場の稽古仲間だった。


 同時期に入門したこともあってか、瀞畝はオレのことをやたらライバル視していた。道場の中でだけでなく、登校中の通学路や放課後の教室で組み手の相手をするよう求められたこともあった(当然無視した)。その頃から面倒くさいことを言い出しては孤独死するヤツだったが、高校に進学してからも悪癖は改まっていないようだ。


「マコトさんの――」


 篠原がボードゲーム置き場の前を離れようとしたオレの腕を掴んでそう言ったのと、


「マイちゃんの――」


 瀞畝の後ろに隠れるようにして立っていた少女がそのおかっぱ頭だけをひょっこり出してそう言ったのは、ほとんど同時だった。


「「お友達?」」


「中学時代の知人だよ。親しいわけでは断じてない」


「前に話した空手道場の仲間だよ。うふふ、確かにボクらの間には馴れ合いみたいな親しさはなかったね。戦いを通じて切磋琢磨し合う、そんな二人だった」


「過去を自分の良いように解釈するな!」


 教室で『前田光世方式!』と叫びながら突如飛び蹴りをあびせかけてくるのをハイキックで迎え討つのを切磋琢磨とは言わない。


「バカはほっといて行こうぜ篠――」


 がしっ。


 腕にすごい圧を感じて振り返ると、篠原が掴んだままのオレの右腕を強く握りしめていた。


「マコトさん、空手やってたんだ?」


 うわー、すっごく目をキラキラさせてやがる。ってか握力強っ!


「中学時代に少し、な」


「同年代の稽古仲間がいて?」


「たまたまだ」


「互いに技を磨き合っていた!」


 近所の山で熊が目撃されたと聞いて倒しに行こうとする瀞畝バカを羽交い締めにして食い止めるのを技を磨き合うとは言わない!


「すごい! なんかかっこいい! ねぇねぇ、お友達を紹介してよっ」


 オレの心の叫びをよそに、篠原は弾んだ声でそんなことを言い出す。


「中学時代のマイちゃんにもちゃんと友達、いたんだねぇ。紹介してしてー」


 瀞畝の連れの女子も、篠原と同じようにオレのことを紹介するようねだっている。うーむ、この流れには逆らえないか……。


「瀞畝」


「押忍」


「ここじゃ邪魔になるから向こうで話すか」


「押忍ッ」


 武道界隈で使われる挨拶語を便利に使うなっての。まあ、篠原もおかっぱ頭の女子も笑ってるから良いけどよ。

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