HYKEで遊ぶ

第3話 不良は五七五で悶々とする①

「マコトさん、今度の土曜日って、予定空いてる?」


 いつもの帰り道――いつもの交差点が見えてきたところで、篠原はそんな風に話を切り出した。


 『いつもの』とつい思ってしまったが、篠原と一緒に帰るようになったのは衣替えの前後くらいからだから、まだひと月も経っていない。はじめの頃はオレが篠原をカツアゲしてるだのオレが篠原を『暴動遊戯ゲーム』なる闇のギャンブルを強要しているだの悪質極まりないデマも流れた(ので発生源を軽くシメた)ものだが人の噂もなんとやら。今は自転車を降りて下校している篠原の隣をオレが歩いていても、顔見知りにぎょっとされることは(あまり)ない。


 教室ではおとなしくしている篠原だが、オレと一緒の時はまぁまぁよく喋る。オレがあまり話し慣れてなくて間が持たないタイプなのでこれは結構ありがたい。


 話題は大抵ボードゲームのことで、「欲しいゲームがたくさんあってどれを買おうか迷っている」とか、「ウタゲとドミニオン(というタイトルのゲームがあるのだそうだ)で遊んだ時に1点差で負けたのが悔しかった」とか、まあ、そんな具合。


 時々学校の話にもなるけれど、話してるうちに「あの問題は勝利点高そう」だとか「日付で生徒を指名するのはランダマイザ乱数発生機としてはイマイチ」などと言い始める辺り、ボードゲームから離れきれてないように思う。


 クラスメートのひとりとしてしか認識していなかった頃は、こんなにも表情豊かなヤツだとは思ってもいなかった。


 喜んだり、悔しがったり、得意になったり、しょんぼりしたり。多分クラスメートの大半は篠原のこんな表情を知らない。それがオレにはちょっとだけ誇らしかったりもする。


 で、その篠原が別れ際に休日の予定について聞いてきたのだ。


「もちろん暇だが、またメリーさんか?」


 超クールなゲームを譲ってくれたボードゲームカフェメリーズ・ラムのことを、この頃のオレは親しみを込めてそう呼んでいた。


「ううん。今度はね、市内で開催されてるオープン会に行ってみようと思って」


「オープン会? メリーさんで前にレディース&ジェントルメンを遊んだときのやつとは違うのか?」


「あれはお店のイベントとしてのオープン会だったけど、今度のはボードゲームファンの人が公民館の部屋を借りて開催するの」


 それから篠原は交差点の前で立ち止まって、スマートフォンを取り出した。


「静岡県中部ボードゲーム会『魔神さん』か。怪しい集まりじゃないだろうな?」


「それは大丈夫。ウタちゃんも常連だし。ただ、あたしはまだ行ったことないし……できれば初めてはマコトさんと一緒が良いなって」


 嬉しいことさらりと言いやがって。なら、オレだって答えは決まってる。


「良いぜ。付き合おう」


「やったね」


 篠原は小躍りしそうな勢いで喜ぶ。それが妙に気恥ずかしくて、オレはそっぽを向いた。


「……さっきの言い回し、クラスの男にみだりに使わないほうが良いぞ。誤解するやつがでる」


「さっきのって?」


「初めてはオレと一緒が良いってやつ」


「いやー、そんなこと言えるのマコトさんだけだって」


 そう言って、篠原は軽く肩をぶつけてくる。


 いくらかくすぐったくはあるが、不思議と暖かくもある。オレはだから、篠原と一緒に帰るのが嫌いではなかった。


 しかし――この時は思いもよらないことだったが、後から考えればいつもと同じにみえる下校風景こそが、あの恐ろしい惨劇の発端だったのである……。

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