第2話 不良はブシドーに目覚める⑧

 オレが自宅アパートに着いたのは七時少し前のことだった。


 放課後になると真っ直ぐ帰るのが習慣化しているため、この時間まで外に出ていることはほとんどない。それだけに部屋の鍵を開ける時は少々緊張した。別に門限みたいなものはないし、遅くなることもあらかじめ連絡してあったが、それでも拭いきれない後ろめたさがあった。


「お帰りー。早かったわねー」


 勝手場で大根と手羽元の煮物を作っていた姉のミコトが、顔だけをひょいとこちらに向けて言った。拍子抜けするほど気安そうな声だった。


「早くはないだろ」


 玄関先で靴を揃えながらそう応じると、オレはリビングキッチンへと向かった。七時には帰ると伝えてあったから、おおよそ時間通りの帰宅だ。


「そうだけど、友達と遊ぶことになったって送ってきたし、もっと遅くなるんだろうなってお姉ちゃん勝手に思ってました。ごはん炊けるの七時半だけど待てる?」


「待てる待てる。ってか、疲れてるのに悪いな」


 今日の食事当番はオレではないが、姉は務め人だ。たっぷり遊んで来た身としてはどうしても申し訳ないと思ってしまう。そんな風に思うことを姉が望んではいないとしても。


「よっっっっぽど楽しかったんだねー」


「え? わかるのか?」


「そりゃーもう。マコって心から楽しんできたときは、なんかすごーくすまなそーな顔で帰って来るんだもの。中学校の修学旅行の時もそうだったよねー」


 やっぱり見透かされていたらしい。それも、かなり前から。


「マコ」


 それからミコ姉はオレの頬を両手でぎゅっと抑えて言った。


「そういう妙な気のまわし方をしなくて良いって、いつも言ってるでしょー」


「……ごめん」


「わかればよろしい。で、今日は誰と何してきたの? 彼氏? セックス? レスリング?」


「ミコ姉」


 頬に当てられた手の甲を思いっきりつねってやる。高校生の妹になんてこと言い出すんだ!


「痛い痛い痛い痛い」


「……ゲームで遊んでいたんだよ。同級生とその友達の三人で。二人とも女だぞ」


「ゲームセンター? マコが珍しいね」


「じゃなくって、ボードゲームつってさ。紙製の盤とタイルを使って遊ぶんだ。駅前にそのためのカフェがあって、そこでやった」


「へー、そうなんだ。五十海いかるみみたいな田舎にもそんなお店があるんだねぇ」


「あー、それで実はさ」


「三人で遊んだゲームがあんまり面白かったから、マスターに頼んで譲ってもらったんだ……」


 オレとミコ姉が暮らしている部屋は世話になっている身で言うのもなんだがそれほど広いわけじゃない。勉強道具以外の物を置くのはやっぱり気が引けてしまうのだ。


「そうなの? 見せて見せて」


 なのにミコ姉は困った素振りなど少しも見せずに、オレがどんなものを持ち帰ったのかに興味を示してくれる。


 ――本当にオレなんかにはもったいないくらいの良い姉だ。


 ミコ姉には聞こえないよう心の中でだけそう呟くと、オレは「待ってろ。今出す」と声に出して言った。


「ふむふむ……」


 サムライの箱を手に取ったミコト姉は、色々な角度からしげしげと眺めた後でにっこり笑って言った。


「どんなゲームかはよくわからないけど、マコがこういうの好きだってのはわかるよー」


「わかるか?」


 このゲームのビジュアルの魅力にこうも早く気づくとは、さすがはわが姉だ。篠原やウタゲではこうはいかない。


「もちろんだよ。修学旅行のときも自分へのお土産に木刀買ってきて、大はしゃぎしてたじゃない」


「えっ」


 ミコ姉が思ってもみなかったことを言い出したので、オレは思わず声を上げてしまった。


「……そこ、同じ方向性なのか?」


 オレは自分の首筋から頰にかけてに火が入ったのを自覚した。しかしミコ姉はそんなオレをよそにさらなる無慈悲な過去回想に突入した。


「なんか思い出すなあ。小学校のときはワンピースのキャラクターに憧れて三刀流の練習とかやってたし、マコって昔っからお侍さんが大好きだったよね〜」


「くっ、殺せっ!」

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