第2話 不良はブシドーに目覚める⑦
「あっ」
衝立を外して、コマを種類別に並べ直していると、篠原が小さく声を上げた。
どうしたんだろうと顔を上げて、オレも口の形を等しくした。オレと篠原が持っている仏像の数がまったくの同数であることに気がついたのだ。すなわち――。
オレ――仏像4、水田3、兜2。
篠原――仏像4、水田3、兜3。
ウタゲ――仏像2、水田3、兜4。
仏像はオレと篠原が引き分けで単独トップなし。水田に至っては全員同数。兜のみウタゲが単独トップとなった。
確認するまでもない。予選を突破できたのはひとりだけなのだ。ゲームの勝者はそのひとり――火場ウタゲと決まった!
「くっそー、やられたな!」
「最後、マコトさんに仏像を渡したのは早く終わらせるためだけじゃなかったんだ」
あれで篠原が仏像獲得数単独トップを潰し、自分の勝利を確実なものにする――それがウタゲの狙いだったようだ。
「まぁね。久々に遊んだけど、なかなか上手いことやれたようだ」
「オレも途中からはまあまあやれてると思ってたんだが……ウタゲの方が何枚も上手だったな!」
「ありがと。でも、春川君も初めてであれだけやれれば大したものだよ」
「勝者の余裕を見せつけやがって」
「悪い悪い」
ウタゲはちょっと気恥ずかしそうに、それでいて誇らしげに笑った。篠原はそんなウタゲのことを目を細めて嬉しそうに眺めている。それでオレは思いついたことを口にすることにした。
「なぁ、二人さえよければ、もう一度こいつで遊んでみないか?」
「賛成、賛成!」
「グッド。どうせなら席順を変えてやってみよう」
それからオレたちは一度どころか三度もサムライで遊ぶことになった。
相変わらずウタゲの手筋は巧みで、ついにオレは一勝もあげることができなかったが、それでつまらなくなってしまうということは全くなかった。むしろ再戦する度にもっと遊んでみたいという思いが強くなっていった。
「篠原」
日が暮れて、そろそろ帰り支度を始めなければいけなくなった頃に、オレはそう切り出した。
「ん?」
「ボードゲームってその辺のホビーショップとかで買えるものなんか?」
「うーん、最近はおもちゃ屋さんとかデパートでも取り扱う店舗が増えてきたけど、専門店の方が品数は多いんじゃないかな。
「どうしたんだ?」
オレが尋ねると、篠原がウタゲをちらりと見た。ウタゲは小さくうなずいて「多分このゲームは置いてないと思う」と、篠原の言葉を引きついた。
「そこそこ古いゲームだからね。海外で別の会社から再販されてるけど、国内流通はほとんどなかったと思う」
「そうなのか……残念だな」
「もし良かったらお譲りしましょうか? 無料で、というわけにはいきませんが」
と、横合いからそう声を掛けてきたのは、メリーズ・ラムの店長氏だった。
「え、でも店長、この版は入手難だしそこそこプレミアついてたと思うんだけど」
ウタゲが珍しく慌てた調子で言ったのは、どちらかと言うとオレの懐事情を心配してのことだろう。
「この店で大勢の方に遊んでもらえたおかげで、タイルなんかはまぁまぁ傷んでますし、そうですね……これくらいならどうですかねぇ」
店長がメモ用紙にさらさらと走り書きして、まずはウタゲに見せた。
「え、ウソ。わたしが買いたいくらいなんだけど」
「この流れでそれはちょっと」
「わかってるって」
ウタゲはぶすっとした声でそう言うと、オレにメモ用紙を手渡した。プレミア価格どころか定価よりもずっと安いのだそうだ。
「この額ならオレの小遣いでも買えるし、めちゃくちゃ欲しいのは間違いないんですけど……でも、本当に良いんですか?」
オレが買取りに抵抗を抱く要素があるとしたらそれは額面ではなく、今後メリーズ・ラムに遊びに来た客がこのゲームで遊べなくなってしまうことだった。
「それこそ古くなってきましたし、遊んでくれる人に引き取ってもらえるならこちらとしてはありがたいですよ。それに……」
店長はそう言ってさっと奥の方に引っ込んだ。と思ったら、白を基調とするボードゲームの箱を持って、何故か満面の笑みで戻って来た。
「これで個人輸入した新版を店頭に出せますからね!」
新旧両方を持っていたのかよ! 箱の見た目は違うが、表面の『SAMURAI』という文字と裏面の写真を見るに、まったく同じゲームのようだ。
何にしてもここまでお膳立てされたのでは、答えは一つしかない。高校生の小遣いで少なくない出費だが、買わなければきっと後悔する。
かくしてオレは、はじめて自分で選んで遊んでみようと思ったゲーム――サムライを購入することにしたのだった。
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