第2話 不良はブシドーに目覚める⑤

 オレがいそいそと箱を開けて最初に視界に飛び込んで来たのは障子を模した横に長い厚紙だった。数えてみると四枚入っている。中央に扇の図案とともに『侍』とかかれていて、ところどころに折り目が付いているのだが……。


「これ、ひょっとして」


 オレは厚紙の一つを手に取って、テーブルの上に立たせてみる。折り目があるおかげで案外しっかり置くことができる。


「ああ。手持ちのタイルやコマを隠すための衝立ついたてだよ。しかし……そいつの話は後回しにしてとりあえずボードを組み立てよう」


「おう、こいつだな!」


 オレそう言ってこれまた四枚のボードを箱から取り出した。それぞれが本州、四国、九州、北海道を模したものになっていて、つなぎ合わせることで日本列島になる作りのようだ。


「戦国時代なのに北海道全域も舞台になっているんだね……」


 篠原がぽつりと言った。確かに蠣崎かきざき家が札幌や稚内まで進出していたという話は聞いたことがない。


「時代設定は室町時代らしい」


「なおのこと北海道……」


「ま、今日は三人で遊ぶから使うのは本州四国九州だけだから問題ないよ。春川君、その一枚を箱に戻して」


「おう、わかった」


 オレが言うとおりにすると、ウタゲは六角形のタイル(紙製)がみっしり入った袋を机の上に並べた。


「二人とも好きな色を選んでくれ。中身はどれも一緒だよ」


「じゃあ赤をもらっても良いか?」


 すぐに篠原とウタゲが首を縦に振る。


「あたしは青をもらうね」「なら、わたしは黄色を」


「衝立も同じ色のやつを選べば良いんだな」


 オレはウタゲの答えを待たずに赤色の扇が描かれた衝立を探し始めた。


「わかってるじゃないか」


「マコトさん、よっぽどその衝立が気に入ったみたいだね」


「わかるか?」


「バレバレです♪」


 そう言って、くすりと笑う篠原に、オレは青の扇が描かれた衝立を手渡してやった。いやホントかっこいいな!


「それじゃあそろそろ始めようか」


 オレが差し出した黄色の衝立を受け取ると、ウタゲはそう言ってルール説明を始めた。


「我々はこれから、大名となって日本全土に影響力を強めていく。もっとも優れたサムライとして認められたものがこの国の支配者となるわけだが――」


 じゃらりと音を立てて、チャック袋から黒塗りのコマを何個か取り出す。


「具体的にはこれ、このコマをなるべく多く集めていくというのがになるかな」


 とりあえずの、という言い方が少々引っかかったが、ウタゲのことだ。おそらく何か狙いがあってそういう言い方をしたのだろう。さしあたっては突っ込まないでおくことにしよう。


「形が色々あるな」


「三種類ある。これが仏像。宗教のシンボルだ」


 ウタゲは仏像と言うよりもむしろお地蔵さんのような見た目のずんぐりむっくりしたコマを手に取ってそう言った。


「こっちの兜は武力のシンボル」


 こちらは確かにそう見える。加藤清正がかぶるみたいな縦に長い兜だ。


「それからこれが田んぼ。農業のシンボルだ」


 ……キューブチョコレートにしか見えないが、まぁそういうことにしておこう。


「これらの黒いコマは、ゲーム開始前にボード上の城に置かれる。我々プレイヤーは城の周りにさっき配ったタイルを配置していき、黒いコマの獲得を目指すんだ。どういうことかと言うと……」


 説明しながら仏像コマをボードに置く。現在の秋田県――出羽国の辺りに描かれた城の上だ。さらに青森県――津軽国の城にも。


 それからウタゲは出羽の城の周囲に六角形タイルを置き始めた。オレのタイルが2枚。篠原が1枚。黄色ウタゲのタイルが1枚。ただし、オレと篠原のタイルには仏像コマの絵が描かれているが、ウタゲのタイルに描いてあるのは兜コマの絵だ。


「こんな風に、隣接する陸上のマス全てにタイルが置かれると、即座にコマが誰の手に渡るかの判定が行われる。この場合、赤のプレイヤーは仏像に対する影響力が3たす2で5。青のプレイヤーは4。黄色のプレイヤーが置いているのは兜のタイルだから影響力ゼロ。一番影響力が大きい赤のプレイヤーが仏像を獲得することになる」


「そっか。コマに対応しているタイルを置かないと意味がないんだね」


「ああ。ただし甲冑武者の絵が描いてあるタイルはジョーカーで、どのコマに対しても書いてある数字分の影響力を持つ。後で説明する船と騎馬武者のタイルも同じだね。だからここの春川君のタイルを甲冑武者の3に置き換えると……」


 そのマスは出羽の城にも隣接しているが、津軽の城にも隣接している。つまり――。


「なるほど、津軽の水田にも3の影響力を持つことができるわけか!」


「そういうこと。ちなみに江戸や京都など一部の城には複数のコマが置かれるんだが、その場合はそれぞれのコマについて判定を行う。例えばこんな場合は……」


 ウタゲの説明は相変わらずわかりやすかった。声そのものは平坦なのだが、例示のタイミングが一々的確で聞いてて少しも飽きがこないのだ。


 さほど人付き合いが得意そうには見えないのに不思議なものだ。とついついゲームと関係ないことを考えてしまう。


「ここでゲームの進行について触れておこう。サムライは双六なんかと同じように、プレイヤーが順番に手番を行っていタイプのゲームだ。各プレイヤーははじめに裏返しにした20枚のタイルから5枚を取って、衝立の後ろで表にする。自分の番が来たら衝立の後ろのタイルをさっきの要領でボードの上に置く。最後にまだ裏返しのタイルが残っているなら、衝立の後ろに5枚ぴったりになるように補充して手番終了。時計回りに次のプレイヤーの手番に移る」


 要は順番にタイルを置く→補充するってのを繰り返していくわけだな。


「手番におけるタイルは基本的に1枚だけだが、『侍』と書いてあるタイルについては好きなだけ置くことができる。具体的には騎馬武者のタイル、舟のタイル、コマ交換のタイルの三種が該当する。それぞれの特徴は――」


 ウタゲは実際にタイルをボードに置きながら丁寧に説明を続ける。どうやら『侍』と描かれたタイルはいずれも切り札となりうるものらしい。


「騎馬武者さん、見た目は強そうだけど影響力は1しかないんだね」


 篠原がそう言うと、ウタゲは騎馬武者のタイルの隣に別のタイルを並べてみせた。


「やってみればわかるが、陸地のマスを一度に2つ埋めることができるというのはかなり強力な手なんだ。騎馬武者は使いどころをよく考えた方が良いぞ」


 それからウタゲは「ついでだからあと一つ、タイル交換のタイルについても離しておこう」と前置きして、大きく『0』と書かれたタイルについて説明した。


「……ゲームの流れとタイルの置き方についてはひととおり話したが、まだあと二つ重要なことを説明しなければならない。ひとつは勝利条件だ」


「ん? コマを多く集めたやつの勝ちじゃないのか?」


「そうであるとも言えるがそうでないとも言える。最も優れた大名になるためには、予選と本選の両方を勝ち抜く必要があるんだ」


「ほう」


 さっき『コマをなるべく多く集めていくというのがとりあえずの目的』と言ったのはどうやらこのためらしい。


「まず予選。大名たちは衝立の後ろに隠しておいたコマを種類別にわけてすべて公開する。仏像、兜、水田のうちどれかひとつで単独最多を確保していること――それが予選突破の条件だ」


「なるほど。長宗我部ちょうそかべ元親もとちかも『一芸に熟達せよ。多芸を欲ばる者は巧みならず』と言っているし、どれか一種類でも抜きん出ていなければ戦乱の世を生き抜くことはできないってことだな! わかるぜ!」


「わかるんだ……」


「続いて本選では、予選突破に使ったコマをすべて取り除き、


「一芸に秀でるだけではダメってことか。義と勇気と仁の結びつきの重要性を説いた新渡戸にとべ稲造いなぞうの『武士道』に通じるものがあるな!」


「そこ両立しちゃうんだ……!」


「ククク、気づいたようだな。どれか一種類のコマを集中して集めなければ予選突破は難しいが、それだけでは真の大名にはなりえない。それがこのサムライというゲームの恐ろしさなのさ!」


「ウタちゃんも何か妙なテンションになっちゃうんだ……!!」


 篠原の三度目の突っ込みに対して、ウタゲは何故かふいに頬を赤らめてコーヒーに口をつけた。


「あ、いや、今のなし」


 なしってなんだよ。


「……ゲームの終了条件は二つ。仏像、兜、水田のうちどれか一種類のコマが盤面からすべてなくなったとき。あるいは影響力の判定で累計4回目の引き分けが発生したとき。こうした場合は、そのプレイヤーの手番を最後までやった後で、さっき説明した勝敗の判定に移る。ルール説明は以上だけど、よくわからないところはあるかな」


「大丈夫そうだよ」


「オレもだ」


「じゃあ、早速始めよう」


「「「よろしくお願いしまーす」」」


 かくして戦乱の火蓋は切って落とされた!

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