第2話 不良はブシドーに目覚める④
オレがキャラメルマキアート、篠原がミルクティー、ウタゲが砂糖なしのコーヒーを頼み、店長さんが支度をする間に貸し出し用の棚を見て回ることになった。
「しっかしほんとにたくさんあるんだなあ……」
長細い箱。正方形の箱。棚に収まりきらないほど大きな箱。かわいらしい手のひらサイズの化粧箱。キャンディーでも入ってそうな金属の箱。日本語タイトルが書かれた箱。アルファベット――ウムラウト記号があるやつはドイツ語だろうか?――しか書かれていない箱。青い箱、赤い箱、
「店長渾身のラインナップだからな。どれも面白いぞ」
手に取ってみれば、どれ一つとっても同じものはない、色とりどりの箱、箱、箱。まるで縁日の夜を切り取ったかのような空間。今までボードゲームなど触ったこともなかったオレでも思わず気分が高揚してしまうような不思議な魅力が確かにそこにあった。
「そこのテラフォーミングマーズってやつは、この間のゲーム会でも見かけたな」
確かレディース&ジェントルメンの後で、火場姉弟が遊んでいたゲームだ。
「マコトさん、火星の開発に興味あるの?」
「うーん、なくはないがオレにはちょっと難しそうだな」
「そっかー」
篠原が軽い調子で応じる。遊べなくて残念だと思っているようには見えない。かと言って苦手なゲームを避けられてほっとしているというわけでもなさそうだ。あるいはオレの判断にバイアスをかけたくなくて、あえて口数を減らしているのかも知れない。
「うーむ……しかし、こうやって一個一個じっくりチェックしていると、いつまで経っても決まらなそうだな……」
「マコトさんが真剣に選んでくれてるならそれでも良いよ?」
「いや、こういうときはフィーリングを信じよう。絵を見てピンと来たヤツを選ぶことにするぜ!」
オレはそう言って片っ端から(ただし一つ一つ丁寧に)ボードゲームの箱絵をチェックしにかかる。そして――。
「うっ、うおっ! なんだこりゃあ!!」
一番上の棚に置いてあった箱の一つを手に取ったオレは、思わず叫び声を上げてしまった。
「マ、マコトさん?」
「どうしたんだい?」
驚く二人をよそに、オレは自分の心の中に火が入ったのを自覚した。今のオレにドンピシャリくるゲームは、間違いなくこいつだ。
黒を基調とした縦に長い箱だった。蓋には太陽に仏像、富士山、それに甲冑を着込んだ武者と日本風の城塞などが描いてある。浮世絵風……とでも言えば良いのだろうか。なんとも味わいのある絵だ。
だが、オレの心をもっとも惹きつけたのは絵ではなかった。燦然と輝く日輪の下、箱の中央に書かれた漢字――『侍』。
そう。これこそがこのゲームのタイトルに違いない!
「どんなゲームかはわからないが、こいつはとんでもなくクールなゲームの予感がするぜ!」
「マコトさん、そういうのが好きなんだね……」
「……
盛り上がっているオレとは対照的に、二人の反応は芳しくない。というかウタゲにはとても失礼なことを言われた気がする。
「いやだって箱にも書いてあるじゃねえか! 『このゲームは最高!』って」
「純粋かよ」
「このハンスってやつもこのゲームで遊んで楽しかったってことなんだろ!」
オレは箱の隅に『幸せのハンス』と書いてあるのを見つけて言った。
「面倒かよ! メーカーの名前だし元ネタはグリム童話だよ!」
ウタゲが言い返した直後に、篠原がぷっと可愛らしく吹き出した。
「ごめんねマコトさん。あたしもウタちゃんも、まさかそのゲームを選ぶとは思ってなかったから、ついつい変な反応をしちゃったの」
「変なのはわたしたちじゃなくて春川君のセン……うぐおっ」
ウタゲは呻き声をあげてテーブル上に突っ伏した。オレは呻き声を上げる直前にテーブル下でごすんと鈍い音がしたのを聞こえなかったことにした。
「うーん、そんなにイマイチなのか? 面白そうなのになあ」
オレがしょんぼりした声で呟くと、足の甲を蹴られた痛みから立ち直ったウタゲが「いや、見た目はともかく内容そのものは間違いなく面白いぞ」と断言した。
「春川君がサムライを遊んでみたいというなら、わたしも是非ご一緒したい。ユウちゃんもそれで良いかな?」
「もちろんだよ! あたしもいつかやってみたいなーって思ってたし」
「本当か? やったぜ!」
かくしてオレたちは『サムライ』という名前の最高にクールなボードゲームで遊ぶことになったのだった。
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