第2話 不良はブシドーに目覚める③

 平日のまだ明るい時間ということもあり、メリーズ・ラムにはまだ一人しか客が入っていなかった。


「お、来たね」


 その客がこちらに向かって軽く手を上げた。篠原の友人のウタゲだ。オレの姿を認めても別段驚いた表情を見せないのは、あらかじめ篠原が連絡を入れておいたからだろう。


 むしろ驚いたのはオレの方だった。この前は休日だったから、量販店ユニクロのジーンズに着古したパーカーという姿だったが、今日のウタゲはなんと五十海いかるみ南女子高指定の真っ白なセーラー服を着ている。篠原との話しぶりから同い年だとは思っていたが、まさか地元でお嬢様学校として知られる南女なんじょの生徒だったとは。いやはや。


「そう言えばまだちゃんと名乗っていなかったな。わたしは火場ウタゲ。ユウちゃんとは中学時代からの付き合いでね。改めてよろしく頼むよ」


 篠原の友人はそう言って立ち上がると、スカートを持ち上げてお辞儀をした! カーテシーってやつか!! これがお嬢様学校式の挨拶なのか?!


春川はるかわマコトだ。こちらこそよろしく」


 火場ウタゲの意外な一面に瞠目しつつオレは右手を差し出した。カーテシーに対してそれはどうかとオレ自身思わないでもなかったが、ウタゲは気にせず裾から離した手で握り返してきた。


「うっふっふー。良いですね良いですね」


 と、オレたちのやりとりをすぐ近くでじっと見ていた篠原が、そんなことを言い出した。


「何が」「何で」


 ウタゲとオレが思わずそう言うと、篠原ははちきれんばかりの笑顔で両目をピアノ線にして「自分の友達と友達が仲良くなるのって嬉しくない?」と尋ねてくる。


「おまけにみんなでボードゲームができるなんて!」


「……篠原はああ言ってるが、本当に割り込んでしまって良かったのか? 火場さんよ」


「構わないさ。むしろ大歓迎だよ。二人よりも三人の方が遊ぶゲームの選択肢が増えるからね。ただ、その『火場さん』というのは勘弁願いたいな。わたしのことはウタゲと名前呼んで欲しい」


「オーケー。そういうことならオレのことも好きに呼んで構わないぜ、ウタゲ」


「ありがとう、


 てっきりマコトと呼び捨てされるのかと思っていたら、名字に君付けか。どうにも意表を突かれるな。篠原の友人だけのことはあるぜ。


「やー、良いですね尊いですね」


 こいつはしばらく放っておこう。


「さて、自己紹介も済んだことだし、そろそろゲームを始めようか」


「よっしゃ。今日はどんなゲームで遊ぶんだ?」


「特に決めてないが……」


 ウタゲはそう言ってちらりと篠原の方を見た。


「マコトさん、何か遊んでみたいものはある?」


 篠原はウタゲに向かって小さくうなずくと、オレにそう尋ねてきた。


「ない」


「しょんぼり」


「というか、どういうゲームがあるのか全然知らないんだよ。ボードゲームなんて、この間ここで遊んだのがはじめてだったし」


「そっか。じゃあ、先に貸し出し用ゲームの棚を見てみない?」


 篠原はそう言って、オレの肩越しに壁の方を見た。


 奥の壁一面を丸々使った作り付けの棚には、大小様々な箱が並んでいる。言うまでもなくボードゲームの箱だ。基本的に百科事典のように縦置きされているのだが、いくつかの箱はちょうどオレたちの目線の高さ辺りの棚板の上に、蓋の正面に描かれた絵が見えるように展示されている。


 美術館のイベント展示みたいで、何となく気分が高揚してくる。お、レディース&ジェントルメン見っけ。


「気になるゲームがあったら遠慮なく言ってね」


「そうだな。今日は春川君が選んだゲームで遊ぶ日にしよう」


「なにげに責任重大だな……」


「大丈夫だよ。その棚にあるゲームなら大体ルール説明ができるから」


 そういうことじゃなくってな。


「あっ。でもその前に……」


 篠原が思い出したように言って、カウンター席に視線を向けた。


「先に飲み物の注文をしなくっちゃ」


 振り返ると、店長さんがいつ声をかけようか迷っているようなやきもきした表情でじっとこちらを見つめていた……。

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