第2話 不良はブシドーに目覚める③
平日のまだ明るい時間ということもあり、メリーズ・ラムにはまだ一人しか客が入っていなかった。
「お、来たね」
その客がこちらに向かって軽く手を上げた。篠原の友人のウタゲだ。オレの姿を認めても別段驚いた表情を見せないのは、あらかじめ篠原が連絡を入れておいたからだろう。
むしろ驚いたのはオレの方だった。この前は休日だったから、
「そう言えばまだちゃんと名乗っていなかったな。わたしは火場ウタゲ。ユウちゃんとは中学時代からの付き合いでね。改めてよろしく頼むよ」
篠原の友人はそう言って立ち上がると、スカートを持ち上げてお辞儀をした! カーテシーってやつか!! これがお嬢様学校式の挨拶なのか?!
「
火場ウタゲの意外な一面に瞠目しつつオレは右手を差し出した。カーテシーに対してそれはどうかとオレ自身思わないでもなかったが、ウタゲは気にせず裾から離した手で握り返してきた。
「うっふっふー。良いですね良いですね」
と、オレたちのやりとりをすぐ近くでじっと見ていた篠原が、そんなことを言い出した。
「何が」「何で」
ウタゲとオレが思わずそう言うと、篠原ははちきれんばかりの笑顔で両目をピアノ線にして「自分の友達と友達が仲良くなるのって嬉しくない?」と尋ねてくる。
「おまけにみんなでボードゲームができるなんて!」
「……篠原はああ言ってるが、本当に割り込んでしまって良かったのか? 火場さんよ」
「構わないさ。むしろ大歓迎だよ。二人よりも三人の方が遊ぶゲームの選択肢が増えるからね。ただ、その『火場さん』というのは勘弁願いたいな。わたしのことはウタゲと名前呼んで欲しい」
「オーケー。そういうことならオレのことも好きに呼んで構わないぜ、ウタゲ」
「ありがとう、春川君」
てっきりマコトと呼び捨てされるのかと思っていたら、名字に君付けか。どうにも意表を突かれるな。篠原の友人だけのことはあるぜ。
「やー、良いですね尊いですね」
こいつはしばらく放っておこう。
「さて、自己紹介も済んだことだし、そろそろゲームを始めようか」
「よっしゃ。今日はどんなゲームで遊ぶんだ?」
「特に決めてないが……」
ウタゲはそう言ってちらりと篠原の方を見た。
「マコトさん、何か遊んでみたいものはある?」
篠原はウタゲに向かって小さくうなずくと、オレにそう尋ねてきた。
「ない」
「しょんぼり」
「というか、どういうゲームがあるのか全然知らないんだよ。ボードゲームなんて、この間ここで遊んだのがはじめてだったし」
「そっか。じゃあ、先に貸し出し用ゲームの棚を見てみない?」
篠原はそう言って、オレの肩越しに壁の方を見た。
奥の壁一面を丸々使った作り付けの棚には、大小様々な箱が並んでいる。言うまでもなくボードゲームの箱だ。基本的に百科事典のように縦置きされているのだが、いくつかの箱はちょうどオレたちの目線の高さ辺りの棚板の上に、蓋の正面に描かれた絵が見えるように展示されている。
美術館のイベント展示みたいで、何となく気分が高揚してくる。お、レディース&ジェントルメン見っけ。
「気になるゲームがあったら遠慮なく言ってね」
「そうだな。今日は春川君が選んだゲームで遊ぶ日にしよう」
「なにげに責任重大だな……」
「大丈夫だよ。その棚にあるゲームなら大体ルール説明ができるから」
そういうことじゃなくってな。
「あっ。でもその前に……」
篠原が思い出したように言って、カウンター席に視線を向けた。
「先に飲み物の注文をしなくっちゃ」
振り返ると、店長さんがいつ声をかけようか迷っているようなやきもきした表情でじっとこちらを見つめていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます