第1話 不良と地味子は仮初めの夫婦になる③
ふとっちょの淑女二人が高級ブティックに展示されたアクセサリーを熱心にみている……その後ろでは黒服を着た紳士たちが立ち話をしているけれどなんだか淑女のことが気になるようで……。
リョウタロウが持ってきてくれた紙箱には『レディース&ジェントルメン』の題字とともに、ヨーロッパの社交界を想起させる絵本風のイラストが印刷されていた。綺麗だがちょっと不穏な感じもするのはどうしてだろう。
「女性には多くの欠点がある。浪費、気分屋、軽薄。しかし、他の何よりも悪い点は女性が美しいということだ――と、まあどこの失礼な紳士が言ったのかは知らないが、これからわたしたちが遊ぶのは女性役の美を競うゲームだ」
そう前置きしてゲームの説明を始めたのはウタゲだった。相変わらず抑揚の少ない話しぶりだが不思議と耳に馴染む。
曰く、レディース&ジェントルメンはペアを組んだ二人のうち一方が紳士役として先物取引でお金を稼ぎ、もう一方が淑女役として紳士が稼いだお金を使って衣装を買い揃えていくゲームなのだという。紳士の資金稼ぎと淑女の散財は(ゲーム内時間で)六日間に渡って行われ、運命の七日目――舞踏会の日にもっともエレガントに着飾った淑女とそのペアが勝者となる、らしい。
「それじゃあ詳しい説明に入る前にペア同士で役割を決めてくれ。もちろん男女入れ替わっても何ら問題はありません」
「まあでも折角だしぼくが紳士をやるよ」
「エスコートよろしくね☆」
すぐに役割分担が決まったのは夫婦――丹沢夫妻ペア。ウタゲとリョウタロウの姉弟ペアも入れ替えなし。紛糾するかに見えた男子同士ペアもじゃんけんですんなり決まった。
あとはオレたちだけだ。オレたちだけなのだが……。
「本当にオレが紳士役で良いのか?」
「もちろん」
にっこり笑顔の篠原である。
「でも、マコトさんが淑女役希望なら変わっても良いよ! このゲーム、淑女の方が楽しいって意見もあるみたいだし!」
「やらねーよ! それに今回はオレがお前に礼をするって話なんだから、そういうことならなおさらお前が淑女だろう」
「淑女っていうか、妻な。君らはゲーム上では夫婦ってことになっている」
ウタゲがぼそっと口を挟む。
「マコトさんと夫婦かー。やー、照れるー」
照れるなよ。
「お互いの役割が決まったかな。じゃあ、もう少し踏み込んだ話をしていこう」
ウタゲがルール説明を再開する。その内容を足りない頭なりにまとめるとこんな具合だ。
まず、ゲーム内の一日は朝、昼、夜のフェーズに分かれている。
朝、淑女はお気に入りの店に衣装を注文する(衣装カードをセットする)。紳士は商品を仕入れる(商品チップを早い者勝ちで取る)。
昼、淑女は衣装カードを予約する。紳士は商品チップを売却する。
夜、淑女は衣装の請求書を夫に渡す(衣装カードを見せる)。紳士はカードに記載された額面を見て買うか買わないかを選択する。
これを六日間繰り返すと、舞踏会が始まる。淑女はこれまでに買った衣装カードから舞踏会で身につけるものを選び、全員にお披露目をする。
衣装には星のマークが描いてあり、基本的にはこのマークの多寡で勝敗が決まるのだが、ブランドによる縛りや衣装の種類による縛り(同じ種類の衣装は一つまでしか身に着けられない)があるため単に星が多いカードをかき集めれば良いというわけではないようだ。
さらに特定の条件を満たすことで追加の点数が入るメイドなんてのもいるとのことで、淑女のショッピングには計画性が求められるのだそうだ。
さてそういうわけでゲームの勝敗に直接関与するのは基本淑女だけなのだが、衣装カードを買うためには元手が必要だ。その元手を稼ぐのは紳士の務めということになる。もちろんお金はあればあるほど良い。しかし、商品の仕入れはチップの早取りなので、毎回安定してお金が稼げるわけではない。時には後の展開を見越してあえて株を換金しないということもありそうだし、高額商品ばかりを追いかけて早取りの部分を怠ってしまうと、パートナーが買い物をする番が遅くなるというデメリットもあるようだ。
くわえて夫は自分がいまどれくらいお金を持っているのかを妻に伝えられないというルール上の縛りがあるのだ。「ちょっと厳しい」とか「今は好きなものを買えるよ」くらいの発言はオーケーらしいが、こういうところでうまく意思疎通ができないと、折角予約した商品が買えない悲劇が起きてしまうらしい。
……ひょっとしてこれはとてもつらいゲームなのでは?
そこはかとない不安を感じ始めたところで、篠原がオレのシャツの裾をきゅっと掴んできた。
「楽しくやろうね、マコトさん」
またも笑顔。ちゃんと開いていれば黒目がちな瞳が糸みたいに細くなっている。前が見えているのだろうかなどとくだらないことを考えてるうちに、気分が少し軽くなった。
「おう、任せとけ!」
「よーし、質問がなければそろそろ始めようか」
ウタゲの言葉にオレたちは「「よろしくお願いしまーす」」と応じた。
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