第1話 不良と地味子は仮初めの夫婦になる④

 そして、紳士と淑女のゲームは開幕した!


 最初の株券購入――オレは一番人気になりそうな銘柄をあえて避けて、二番人気、三番人気の銘柄を取る作戦に出る。反射神経には自信あるが、他の連中はゲーム慣れしているようだし、ここは確実に収入を確保して、ユウキに好きなものを買わせてやる!


 狙い通り結構な高値で売り抜けて、夜のフェーズ。


「あの……これを買ってほしいんだけど……」


 篠原が持ってきたのは1300ポンドのドレス。おう、高いけどこれだけならまだ何とか――。


「あと、これとこれも……」


 さらにバッグとネックレス………うん。全然足りねーじゃねーか!


「お、おう。好きなものを買って良いぞ」


「ほんとう?!」


「ど、どれでも、ひとつだけ」


 篠原の表情が曇った。


 周りはどうだろう。


「何よ、値段ばっかり気にして……私がこんなに欲しがってるのに買ってくれないの?」


「仕方ないだろ……こっちにだって出せるお金には限りってモノがあんだからよ!」


「お金お金って、わたしとお金とどっちが大事なの!」


 この恐ろしいやり取りは丹沢夫妻のもの。ええと、本当にゲームの中だけの話なんだよな?


「よーし、んじゃあこっちのバーゲン品も買って良いか?」


「もちろんだぜ! なかなか買い物上手だな!」


「いえーい」


 これは男同士ペアのやり取り。意外にもなんだかめっちゃ平和だ……。


「ん」


「りょ」


「ん」


「だめ」


 これは姉弟ペア。気心知れた仲同士のやり取りと見るべきか、ゲーマー会話が極まってると見るべきか。まぁあまりギスギスしてる風ではないが。


 うーむ、しかしこのゲームさっぱりお金が足りないな。男同士のペアみたいにバーゲン品狙いに切り替えた方が良いかも、と思いかけたところでユウキがオレの考えを読み取ったように「大丈夫。私たちはこのままで行こう」と言った。


 朝のフェーズで、妻はお気に入りの店にカードをセットする。昼のフェーズで買い物をするときに、その店で買う者が(自分を含めて)いない場合、表になっている売り物を半額で買えるのだが、どうもバーゲン品を狙わずに、自分が欲しい商品をお気に入りの店で確実に買っていくというのがユウキの作戦のようだ。確かに彼女らしい堅実な作戦だが――。


「今度はこれとこれを……」


「スマン……今夜は無理……」


「なんか……お金厳しいんですね……」


「この業界では結構稼いでいる方なんだけどなぁ……」


 とてもつらい。


 しかし、夫が投資に失敗して貧しいときも妻が衣装合わせに病めるときも妻として夫として愛し、敬い幾つしむのが真の夫婦道ってやつなんだろう?!


「マコトさん、この帽子はどうかな?」


「なかなか良いじゃねえか! それにこの金額なら最終日にもう少しぶっこめるぞ!」


 そんなこんなで中盤以降は堅実作戦がうまく機能するようになり、終わってみれば篠原がもっともエレガントな淑女ということになった! オレたちペアはやり遂げたのだ!


「やっぱ全裸コートはまずいよなぁ……」


「ああ……舞踏会だもんなあ……」


 ま、終始良い雰囲気で遊んでいた男同士ペアがうっかりコートとドレスを見間違えていたため、折角の高得点にも関わらずコートの下に何も着てないという変態と言う名の淑女になって失格となってしまったというのも大きいのだが。


「いやー、散々だったけど面白かったねー。ダーリン」


「ダーリンはやめなさいって。面白かったのは事実だけど」


「ねー。ダーリン、私が欲しいものは基本何でも買ってくれるからちょーっと新鮮だったよ☆」


「君が欲しいものって大体百円ショップにあるからねぇ……」


 おお、ゲーム中は終始ギスギスモードだった丹沢夫妻ペア(繰り上げ三位)がめっちゃ甘々な空気を醸し始めたぞ。なるほど、普段はこうなのか。


「稼ぎが足りなかったと思うんだ」


「いや、店選びの問題だな」


「姉に意見するのか。テラフォでわからせてやるから覚悟しておけ」


「ジャギに負ける弟はいねえよ」


 繰り上げ二位に納得していないのはもちろんゲーマー姉弟だ。こっちはこっちで普段からこういう感じなんだろうな……。


 夕方――ボードゲームカフェを出たオレと篠原は、茜色に染まる街路をゆっくりと歩き出した。


「楽しかったね」


 篠原が微笑んで言う。その横顔をちらちらと見ながら、地味だし普段はおとなしいやつだけど、自分の感情に対してはものすごく素直なやつなんだな、などと思ったりもする。


「否定はしない」


 少なくともこんな言い方しかできないオレよりはずっと。


「……やっぱり淑女の方が良かった?」


「ばっ、オレはそういう柄じゃねーし」


「そうかな。私は似合ってると思うよ。マコトさん、本当はすっごくかわいいし」


 ユウキはそう言って、ぎゅっとオレの手を掴む。いや、待て。女子同士でなんでそんなことになっているんだ。いや、最近は女子同士でそういうのも普通なのかも知れないが、っていや、そうじゃなくってだな……。


 やっぱり篠原ユウキはふつうではないと思う。

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