レディース&ジェントルメンで遊ぶ

第1話 不良と地味子は仮初めの夫婦になる①

 篠原ユウキはふつうの女子高生ではない。


 という話をクラスメートに振ると、大体は「え? なんで?」という反応が返ってくる。中には「お前が言うな」などと失礼極まりないことを言い出す輩もいる(のでその場合は殴る)。


 確かに見た目は普通だ。性格も温和。自分から積極的に話をしにいくタイプではないが、とにかく人当たりが良いので人から敵意を持たれない。そんな、どのクラスにも一人はいそうな善性の地味子というのが教室内での大方の評価だろう。オレもゴールデンウイーク前までははそう思っていた。


 そう。オレが篠原の本性を知ったのはゴールデンウイーク中の出来事がきっかけだった。連休前半を何をするでもなくだらだらと過ごしたオレは、その日、妙な焦燥感に駆られながら駅のすぐ目の前にあるショッピングモールへと出かけたのだ。


 もっとも何か目的があって出かけたわけではない。一人で喫茶店に入るのもどうかと思うし図書館(モールの三階がまるまる市営の図書館になっているのだ)で読書するというのも柄じゃない。さりとて大混雑のシネコンでファミリー向けの映画を観る気にもなれず、結局オレはショッピングモールにありがちな寂れたゲームコーナーで時間を潰すことにしたのだった。


 篠原ユウキはゲームコーナーの隅――プリクラ筐体の近くにいた。他校の男子たちと一緒なのか、意外と交友関係広いんだなと思ったのは一瞬のことで、すぐに篠原が困惑顔でいることに気づく。


「じゃあじゃあ友達来るまででいいからお茶しない?」「俺らパフェ美味しい店知ってるよ」「何ならその友達も合流しちゃっていいからさー」


 クソみたいに軽薄な声。目の前で何が起きてるのかは明々白々だった。


「おい!」


 考えるよりも先に声が出た。さらにオレは「嫌がってるじゃねーか!」と怒鳴りつけてついでに有無を言わさず一番近くにいたチャラ男を殴りつけて、他の二人も怯んだところで篠原の手を取って逃げ出した。


 うまいこと大勢の客でごった返すシネコンまで来たところで、手を放す。さして長い距離を走ったわけではないが、篠原は肩で息をしていた。まぁそうだよな。


「……ありがとうございます。あの、あたし同じクラスの」


「知ってる。篠原だろ? なんか大変だったな」


「すいません……中学以来の友達と待ち合わせをしてたんですけど、何だか声を掛けられてしまって……断るのがうまくできなくって……」


「苦手そうだよな。そういうの。ま、次からはもう少し人が多いところで待ち合わせをすると良い」


「はい。その、本当にありがとうございました」


「良いって」


 その後オレは、篠原の中学時代の友達とやらが来るのを一応見届けてから、ショッピングモールを後にした。そのときはそれで終いだと思っていた。


 そうはならなかったのは、オレとチャラ男連中のやり取りをみていた誰かが「おたくの生徒がゲームセンターで暴れていた」などと学校に連絡を入れたからで、生徒指導の松木まつきはすぐにその生徒がオレだと当たりをつけて職員室に呼び出し、開口一番「五十海いかるみ東高の面汚しめ!!」と怒鳴りつけたのだ。他にも色々ひどいことを言われもしたが、まぁ、仕方がない。クラスメートを助けるためとはいえ暴力を振るったのは事実だしな。


 そんなわけでオレは松木を無駄に挑発するようなことはせず、沈黙&反省のポーズでお説教を聞き流していた。


 ところがそこに篠原が三つ編みを振り乱して飛び込んできたのだ。職員室のドアを勢いよく開けるが早いか、オレと松木の間に割って入り「マコトさんは悪くありません」と言い放ったのだ。


 さらに篠原は事の顛末――特にオレがどうやって自分のことを助けてくれたのかについて(かなり美化して)滔々と語り始めたのだ。


 松木も普段はおとなしい女生徒の豹変に驚いたことだろう。「まあ、わかった。こいつにも理由があったってことはわかった」と言い出したが、篠原は収まらない。「マコトさんに謝ってもらえませんかねえ」とまで言い出したのを、むしろオレが抑えるような事態にまでなったのだ。


「何で止めたんですか」


 篠原は職員室を出てもまだ怒っていた。


「別に……殴ったのは事実だし、ああいう連中に何言ったって無駄だからな」


「でも」


「ああ、そうだな。でも、ありがとう。オレのために怒ってくれて」


「は、はい……」


 急に赤面して下を向く篠原。生活指導の教師に毅然と立ち向かった彼女と同じ人物には見えない。


「おい」


 気づくとオレは声に出していた。


「あっ、はい」


「どこか行ってみたいサテンはないか? さっきの礼がしたいんだ」


「礼って、それを言うなら私の方が……」


「どっちでもいい。行くのか、行かないのか」


 これじゃ脅してるみたいじゃないか。


 オレははっとして篠原の顔を覗き込むが、意外にも怖がってはいない。こちらを見つめ返して、何かを一生懸命考えている様子だ。


「……マコトさんはボードゲームカフェって、ご存じですか?」


 やがて彼女は意を決して、そんなことを言ったのだった。

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