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「そうだ。そしてそのサマナーの親友の名前は、ジンカイ。普段からの呼び名はジンで、しばらく疎遠になっているって聞いた。あいつがしていた妙トンチキな夢の話も、あながち幻想じゃなかったってことになる。徐々に記憶を共有してきているんだろう。あいつに記憶がないのも、おそらく召喚されてそんなに時間が経ってないせいだな」
シュンは何と言うのがいいのか分からず言葉を失って、黙る。隣で話を聞いていたチャマが、遠慮がちに首を傾げた。
「それって、つまり、クロちゃんの予想している本体の人が、陣紙を盗んだ犯人ってことに、なるのよね?」
「まあ、そうだろうな。サマナーの力量も考えると、本人が召喚したと思って間違いないだろうし。だからこそ、急いで日誌を手に入れないとそっちも向こうの手に渡っちまう可能性も十分にありえる。宗玄元国王の二人目は死んだ。タオもそうならないとは言い切れない。日誌を取りに行こうとは思わないか」
クロがシュンを見る。シュンは頭を整理がつかないまま頷いた。
「わかりました。でも、どうしてクロは二人目のあの傷口に覚えが?」
「どうしてどうしてって、お前はなぜなぜちゃんだな。俺は俺で別の二人目を知ってるんだよ。そいつの肌がバッキバキに割れて苦しんでいるのを見たことがあるってだけだ。なんだ、他に聞きたいことはないか」
「ええっと……その、タオの本体の、クロの知り合いって、誰なんですか?」
シュンの言葉にクロは黙る。チャマも顔をしかめてクロを見た。
「この国所属のサマナーの中で、一番優秀な人物だ。特に適正色の術であいつの右に出るやつはいないともっぱらの噂だな。王宮の専属技師として推薦を受けてからは、王宮で暮らしている。ま、人によってはそいつのことを「天才」とかって言ったりはするわな。名前はテオ、無口な男だ。確かジンカイと同じでヨルカ出身で、呪術適正も爆裂に高かったはずだ」
「じゃあ、タオが夢でジンカイ、さんに言われた言葉っていうのは……」
「多分、過去に実際に言われたんだろう。事情を知らない人間も、天才のテオ、秀才のジンカイとか言ってジンカイをもてはやしてんだ。天才っつーのは、褒め言葉で使われてるって感じじゃあないわな」
「……」
『夢の中でさえあんなに寂しかったのに、また一人になったら嫌だなって、そう思ってしまって』
シュンは、タオの言葉を思い出す。寂しいと感じたのは、当時のテオとやらも同じだったのだろうか。クロはこれ以上テオについて話すことはないのか、「他は?」と話を終わらせた。
「えっと、その、王宮に行くって、俺にできるんですか? ろくに戦えないし、身元も証明できないので厳しい気が……。クロが行ったほうがいいような気がするんですけど」
チャマが目を泳がせながらクロを見上げる。それがいったいどういう意味の動揺なのか、シュンには分からなかった。クロは顔をしかめて首を振る。
「俺は駄目だ。王宮にいったら敬語アレルギーで死ぬ」
「は……? それは一体どういう……」
「とにかく駄目だ。留守にするタオの調子が悪くなったとき、お前じゃ世話しきれんだろうが」
「そっそれはそうですけど」
「ならお前しかおらんだろう。なんならチャマちゃまに頼むか? ほとんど部外者のチャマちゃまがいくらで任されてくれるか知らんがな」
シュンはチャマを見る。目が合う前に、チャマは慌ててそっぽを向いた。チャマを頼ることは期待できそうにない。諦めるしかないのかと肩をすくめた。
「……行きます」
「さすが、それでこそお前だ」
「……」
拭いきれない不安を消化することもできないまま、シュンは口をとがらせてツチボタルをぼんやりと見ることしかできなかった。クロはチャマに紙を一枚渡す。そこにはひどく大きな桁の数字が書かれていた。
「これで、杖二本と情報代だ。元国王の日誌は確かに棲龍館の図書館の中だな」
「間違いないわ。禁書はまとめてぜんぶあそこよ」
「そりゃどうも。じゃあな、チャマちゃま。邪魔して悪かった」
「悪いなんてこれぽっちも思ってないでしょ。ほら、川辺のおうちの近くの出口まで案内してあげるわ」
「それはタダ?」
「タダよ!」
クワッと険しい顔で怒るチャマにクロはウハハと笑う。大きなリュックを背負ったチャマが拗ねたように首元の石をつつくと、小さな花がふわふわと飛びながら周囲を旋回した。花が飛んだ後に、青白い光の余韻が残る。
「それについて歩けばあっという間にもとの河原よ。それじゃ、さようなら」
フン、と言いながらチャマは湖を渡って姿を消す。チャマがいなくなったと同時に、ツチボタルの儚い灯りはじわじわと力を失っていった。チャマが残した青い花の小さな光を頼りに、二人はゆっくりを足を進める。ここまで来た方向とは違う方へ、花は軽やかに滑っていった。チャマがいなくなった途端に急に静かになった洞窟内は、滴がしたたる音がだけが聞こえる。クロは元のローブに身を包んで浮遊しながら進み、シュンもその後を歩いた。石と靴裏が当たる固い音は、妙に話しだすのにためらってしまう空気を作っていく。シュンは思い切って息を吸った。
「クロは、タオ以外の二人目を知っているんですよね」
「ああ」
「タブーというわりには、結構術を使っている人多くないですか?」
「まあ、そう思うのも仕方ないわな。ただ、宗玄元国王、それから俺が知っているやつ、そんでテオの三人だけだ。もうこれ以上はいないから安心して禁忌視しておけ。自分をもう一人つくるなんてーのは、悪趣味極まりない。いいもんじゃねえよ」
「そうですね……」
シュンは頷く。寂しげに話すクロの言葉にそれ以上何かを言うことはできなかった。しんみりとした空気に耐えかねてクロが「そうだ」と話し出す。
「王宮に行くまでの道案内は俺の代わりにちょうどいいやつを貸してやるから、行くまでの道は心配するな。ちょうどそろそろサマナーの認定試験の受験希望者の受付が近くでされる頃だろうし、迷ったとか言ってがめつく押し入ればうまく内部に滑り込めるはずだ」
「ええ……それはさすがに警備が甘すぎでは……」
「王宮内部は見習いサマナーとか、王宮の依頼を受けて疫病の調査をしている研究員とかいろんな人間がうじゃうじゃいるんだぞ。むしろオドオドしている方が怪しい。ま、行ったら分かる。特別問題行為を起こさなきゃ普通に中には入れるから、中に入ってすぐの大きな赤い橋を渡ったら、そのまままっすぐ奥へ行け。今言っても分からんだろうが、ちゃんとこんな感じの送ってやるから自信持って歩くんだな」
クロは、チャマが道案内に出してくれた花を指さして、前に広がる大きな石階段を下っていく。シュンは「はい」と返事をしながら慎重に階段を一段ずつ下りた。濡れた角が丸い石は、普通に立っているだけでも転んでしまいそうなほどにとてもよく滑る。シュンを横目で確認しながら軽やかに滑っていくクロは、下まで降りきってからシュンが来るのを待った。なんとか転ばずに下りきったシュンを確認したのか、青い花も先に進んでいく。
「王宮は、大きく分けて四つの施設で構成されている。東西南北にそれぞれ大きな棟があって、その周りにちょこまかとしたいろんな部屋とか庭とかがある。クソデカい廊下が四つの建物を繋いでいるから、太い道だけを選んで歩けば、お前がとんでもないほど方向音痴でも奥までは行けるはずだ。奥っつーのは北な。さっきから話に出ている棲龍館(せいりゅうかん)っていうのは北にある施設の奥にある塔のことだ。北に行けば行くほど人が減るからすれ違う人間に気をつけろ。特に……そうだな、狐には近づくな」
「狐? 動物の狐ですか?」
「そうだ。小さくてかわいいモフモフの狐。三匹ぐらいが王宮内をうろちょろしているが、誘惑されて近づくなよ」
「えっと、そうですね……大丈夫、だと思います」
「お前今心の中で馬鹿にしてるだろ。かわいい生き物に誘惑されるわけないっていうその自信がどこから来るんだ愛のないやつめ」
歪んだ顔で見下ろすクロの顔を見て、シュンは謎の罪悪感を抱いて頭の後ろをかく。クロが狐に誘惑されて何らかの罠にかかっているようすを想像して思わずくすりと笑った。クロが面白くないという表情でシュンから目を逸らす。
「何か勘違いしているようだがな、俺が言ってるのは動物そのものに誘惑されるんじゃないぞ。狐にかけられている幻術に惑わされるって意味だ」
「幻術っていうのは、狐じゃないのに狐に見えるってことですか?」
「そういう術もなくはない。ただ、王宮にいる狐にかけられているのはそっちじゃないな。見た人物の欲求を増大させるほうのクソほど質の悪い方だ。狐を見たお前が、例えばかわいいって思ったとする。するとこちらを向いた狐と目が合う。それでもう術にかかってお前は社会的に終わりだ。悲鳴をあげながら狐に飛びつき、ふわふわのしっぽや小さな体を撫でくり回してその可愛さに涙することになる」
「ええ……」
「この術の胸糞悪いところは、たとえ思っていないようなことでも行動に反映されてしまうところだ。お前が狐を舐め回したいと思っていなくても、なぜか術が解けて我に返ればお前の口の中が狐の毛だらけになっていたりする。惨めな思いをしながら目立って不審者として捕まりたくなければ、狐には用心しておけよ。俺は変態をかばう気はないからな」
「気をつけます……」
自分が狐を見て「かわいい」と思うかはさておき、自分の意識がないままに恥をかくのは避けなければならない。シュンは肝を冷やしながらふと「はて」と思った。
「それは誰かの眷属なんですか?」
「そうだ。そうか、まあ会うことはないだろうが言っておくか。淡い髪をだんごに結んだ半目の女を見たら、できるだけ近づくな。いいことはないぞ」
「狐を眷属にしている人はその人なんですか」
「ああ。狐に術をかけてるのもこいつだ。渡した鶴使ってどうにかして逃げろ」
「わかりました。詳しいんですね」
シュンの言葉でクロの動きが止まる。洞窟内の暗がりが徐々に明るくなって、手前からは川のせせらぎが反響してきていた。シュンが足を止めてクロを見上げると、「まあな」と軽い返事がくるだけで、浮かんだローブは静かに爽やかな音のする方へと行ってしまう。後を追って急ぎ足になるが、追い付いてもその後はとくにどちらも話をしないまま夢中で歩き気づけば小屋の目の前まで戻ってきていた。
ごつごつとした岩の間を抜けると、急に視界が明るくなってシュンは思わず目をつむる。これまで耳や目をふさいでいて、それを一気に開いたかのような開放感が五感を刺激した。耳に溢れる水音と草木の揺れる音、遠くを飛んでいる鳥の鳴き声。深く息を吸って、思い切り吐いた。底知れぬ確かな安心感が、シュンの頬を緩める。クロは浮いたまま身軽に川を渡って小屋まで行き、術を解いて地面に下りた。シュンも転ばないよう気をつけて石の上を飛び跳ねてわたり、小屋の中に入っていくクロの後を追う。
中へ入ると、苔まみれの靴のままクロはためらうことなく足を進めてタオが眠っている奥の部屋のカーテンを覗いた。指先でそっとめくって中を見てから、静かに引き返すところを見る限り、まだタオは寝ているらしい。ソファにどっかりと腰かけて、クロは脱力したように息をつく。
「ま、睡眠時間が増えるという話は聞いているからな。気が済むまで寝かせてやるか」
ひとり言のようにそう言って、杖を取り出すとテーブルに二つの丸を描いた。クロが描いた箇所のテーブルがじわりと黒色に変色し、現れたつぼみの中から赤い液体が入ったグラスが二つ現れる。そのうちの一つをもって中身を一気に煽ると、クロはシュンにも飲むように顎で促した。その口周りには赤い跡がついている。シュンは恐る恐るグラスを掴んでにおいを嗅いだ。酸っぱいような甘いような、形容し難い香りが鼻をつんとつく。
「い、いただきます……」
ゆっくりグラスを口元に近づけて、それを傾けた。中の液体はとろりと流れてシュンの口に染み込んでいく。慎重に口の中に広がる味を確認していると、クロがにやりと笑った。
「そんなビビりながら飲まなくてもいいだろうが。毒でも入ってるかと思ったのか?」
「いや……」
ごくりと飲み込んでもう一度口に入れる。広がったのは、よくなじんだ味だった。
「これ、トマトジュース、ですか……?」
「そうだ。疲労回復には新鮮なトマトジュースが一番だな。今日も今日とてうまい」
満足そうにもう一杯召喚して、クロはまた一気に飲み干す。
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