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「じゃ、手あたり次第集めますか!」
「だね!」
タオはツルハシを引きずるようにして運んでさらに川上に登っていく。シュンもその後に続いて岩を上っていきつつ、手頃な石を拾ったり砕いた欠片をつまんだりしていった。適当に麻袋を埋めて少女の元まで戻る頃には、太陽は真上まで上ってきておりまだ春には遠いがあたたかさが感じられる。
扉を叩く前に二人で各々の麻袋の中を覗きあってびっしり入っている中身を確認する。集めなおしを指示されたくないというのももちろんあるが、一度でも少女を驚かせて褒められてみたいという気持ちが二人の心のどこかに芽生えていた。もしこの中に少女の想定以上の種類の石があったなら、と期待せずにはいられない。目を合わせて頷きあうと、シュンが扉に手を伸ばす。タオが、その手首を掴んだ。
「!?」
「しーっ! 何か聞こえない?」
囁くように話すタオの言葉につられて、シュンも息をひそめて身をかがめて扉に耳を当てる。訝し気な顔をしていたタオはそれ以上何も言うことなく、扉の向こうから聞こえる話し声に耳を澄ました。耳に木のざらざらとした感触がやや痛い。
「なんで俺に連絡してくるんだよ。接触禁止なんじゃなかったのか?」
少女は、疲れるほどに呆れていた。テーブルの上に転がっている親指の爪ほどの大きさの石から聞こえる声に、大きなため息をこぼす。楽しそうな少女の声が小屋の中で弾けた。
『なーんでそうもつれないことを言うんです? たまにはいいじゃあないですかあ』
「たまにも何も、一切やめろって口酸っぱく注意されてこの体たらくかよ……」
『実は、今日はちゃんと用事があるんですよお。一つだけ、どうしても聞かなきゃいけないことがあってですねえ……えーと……』
石の向こうからガサガサと何かを探すような雑音が聞こえた後、相手はフフ、と小さく笑う。
『最近、何か変わったこととかってないですかあ?』
「は?」
少女は不機嫌そうに低い声で応答するが、相手は少女のドスの効いた声など気にすることなく会話を続けた。
『身の回りの環境に変化があったりしませんかねえ? って話ですよお。誰かと話をしたですとか、何か新しいもの作ったですとか、どんなに小さなことでもいいのでなんでも話してみてくださいよお』
「……」
渋る少女に、明るい声は囁きかける。
『これは、先生からの指示ですよお』
楽し気な声色のまま凄むその言葉に、少女は眉をしかめた。
「俺に、変化がないか聞いてくるよう言われたってことか……?」
『そうですそうです。先生ってばシャイなので、代理でこうして連絡をとっているんですよお。このようすは誰にも見られていないはずなのでご心配なく~』
陽気な調子で弾む声に疲れたのか、テーブルに肘をついて姿勢を崩す。三人分の食器が立てかけられている乾燥カゴを一瞥して少し考えるように唸った。
「何か、まずいことでもあったのか?」
『さあ~? 雀蘭は難しいこと何も分からないので知らないですよお。でも、最近どうもようすがおかしいのは確かですねえ。ぼんやりと池の水を眺めたりですとかあ、庭に転がって空を見て一日終えたりですとかあ……あ! 池の中に足を浸してる日もあるんですよお! 足湯みたいですよねえ、あはは! ……ま、先生がおかしいと思ったところと関係があるのかは知りませんけど』
「……」
『でも勘って偉大ですからねえ、いつか雀蘭の勘に感謝する日がきてもおかしくな……あれ? 何の話してましたっけ?』
「雑談。話し相手になってもらえないからって俺を頼るな。いいか、話し足りなくて我慢できなくなったら先生の部屋に押しかけろ。俺が許す。それじゃ、切るぞ」
『ウワァー! 待ってくださいもう一つだけ! もう一つだけおしらせです!』
無気力に話していた少女が杖の先で石をつつこうとすると、慌てたような大きな声が響く。少女は焦って肘のついていない左手で石をつかんで覆うが、しっかりと声が空気を揺さぶった後だった。
「何なんだよ……さっさと言え……」
『薬が効かない人が増えてきたみたいですよお。このままいけば、生き物たちに影響を与えてしまうのも時間の問題かと』
「はー……。お前はどうするんだ?」
『そりゃあ何かしらの手を打ちたいのはやまやまですけどお、原因になっているおおもとを叩かないといたちごっこになっちゃいますし、そうこうしている間にみーんなアウトって未来が見え見えなんですよねえ。気をつけてくださいよお、噂ではすでに影響受けつつある子も出てきているって話ですし
「はいはいどうも。俺も何かできる範囲で調べてみるからもういいな? 切るぞ?」
『調べなくていいです! 人に見つからないようにすることが第一なんですよお!』
「騒がしい誰かさんのせいで今にも見つかっちまいそうなんだよ! じゃあな!
『えっ! 姫さ……』
聞こえる声を無視して少女は石に杖の先を当てて、光を失った石をつまみ上げながら人差し指でテーブルをノックする。コンコン、と小気味よい音が鳴って、静まり返る。少女は扉に向かって話しかけた。一見そこには誰もいないが、その扉の向こうには二人が聞き耳を立てている。
「入ってこいよ。盗み聞きたあ悪趣味だな」
恐る恐る扉を開いて顔を覗かせるタオと、その後ろからようすを窺うシュン。少女が怒鳴りつけたわけでもないのに、すでに大目玉をくらった後のように肩を落としていた。少女は座りなおして足を組むと、手の中で石を転がして遊びながら片方の眉を上げる。
「なんだ、やけに暗いな。石は見つからなかったのか?」
「そうじゃなくて、ごめんなさい……。盗み聞きするつもりじゃなかったんだよ。誰か来てるのかな、って確認しようとして」
「あー、なるほど。俺が怒ってると思ってるんだな。随分狭い心の持ち主だと思われたもんだ。ま、一つ言うなら、この家に人が来ることはまず有り得ねえ。来客があれば警戒しろ」
「……わかった」
釈然としないタオの顔を見て、少女は足を組みなおす。
「さっきのは、俺の昔からの知り合いだよ。何年たってもよく分からんちんぷんかん野郎だが、腕は確かだ」
「へえ……」
不思議そうなタオの表情に、少女は舌打ちをしてから二人に椅子に座るよう促した。
「ま、どうせ説明することになる話だからな……」
ひとり言のようにそう言って、二人が互いに目を合わせながらそれぞれの席につくのを待って話し出す。
「マユリノの王宮に他国のスパイが出たっつー話をしただろ? 覚えてるか?」
シュンとタオは恐る恐る頷く。
「それ以外にも、今マユリノ国内で異変が起きていてな、まったく奪還戦争どころではないんだよ。一切の記憶がないお前らにこんな話をしてもあれだがな、マユリノは小国にしてはそこそこの強さだったんだ。ただ、そういうめんどくせえことのおかげでちょうどつい最近の戦争で負けて、国宝の一つを失うっつー痛手を負ったんだけど。
……ま、命に関係ないだけ国宝は二の次として、スパイももう死んだらしいからほっとくとして、今一番問題なのは、国内の異変だ。これはなー……なんて言えば通じるんだ……疫病? なんていうか、国中に流行っている病気みたいな、いや、病気というよりは本当にそのまま異変と言った方が近いのか……?」
考えながら呟く少女の悩まし気な声色に、二人は動揺しながら黙って言葉の続きを待つ。綺麗な黒髪の後れ毛を指に絡ませると、少女は「まあいい」と二人に向き直った。
「とにかく、やっかいな病気のようなものが流行ってんだよ。これがまたばかほど器用なものでな、人間にもうつるのはもちろん、動物、植物にもうつるし、まだ報告は上がってないが無機物にもうつるって話もある。これにかかると、理性が崩壊して分別なく周囲を攻撃するクソッタレになる。もとに戻す手段は今のところ皆無だ。暴れる相手を力ずくでも止めるしかない」
「それって……」
タオが切った言葉の先を察したのか少女は頷いて頬杖をつく。
「お前らはもちろん知らんだろうが、マユリノは昔から動物と寄り添う国柄でな、動物が人の守護霊として一人一体ついているっつー信仰があるんだよ。とても大切にして共存してきた相手が狂ったように暴れまわるからって殺してしまうのも胸が痛い話だ。ただ、マユリノには魔法動物も存在する。古代生物の亜種と、サマナーが作り出した新種とでいろいろあるんだが、野に放たれている種が多い。サマナーが眷属に選ぶのも魔法動物であることが結構あるしな。そういう、無差別に攻撃しだしたら破壊力がしゃれにならん相手を放置することもできないっていうところでな、あちこちのサマナーは今必死になって解析と対応の研究に必死だ。さっきお前らが盗み聞いたのは、そういう話だよ」
シュンがゆっくり考えてから首を傾げた。
「それって、シロさん、とか、サマナーの眷属として存在する生き物たちは平気なんですか? もし、眷属が異変の被害にあったら、そのサマナーは無事なんですかね……」
「ああ。今のところは眷属には被害はないらしいからな。とはいえ油断はできないな。もし眷属がサマナーの指示に従わなくなったときには召喚しないか召喚して倒してしまって、術式を祓うなりなんなりして、新しい眷属を迎えるしかないんじゃないか。うっかり自分の眷属に殺されてしまうわけにもいかんだろうし」
「……。目印とかってありますか? こういう特徴があったらもう異変の影響を受けてしまっているってわかる、みたいな」
「ない。今のところはそうなってる。まだいかんせん研究が進んでないからな。ま、明らかになんの意味もなく大暴れしてたら怪しめばいい」
「……なんか、さびしいね。一緒にいたのに殺しちゃうの」
タオがしょんぼりと眉を下げているのを見て少女は肩をすくめる。
「仕方ない。治す方法が明らかでない以上、制御しきれない相手なら倒すしかないからな。国の人の多くはそれで心をひどく痛めてんだ、優しい国だよ。そうそう、すでに立ち入り禁止になっている場所とか、暴走している生き物たちに陥落してしまったエリアがあるらしいから、外を出歩くことになったら気をつけろよ」
「はい……」
「こわいね」
「……まあな」
タオがシュンに寄ってごくりと唾をのむ。言葉を失う二人の反応にとくにそれ以上何も言うことなく、少女は机の脚のそばに置かれている麻袋に目をやった。
「ところで、石は結局どうなったんだ? ちゃんと集まったのか見せてみろ」
「あっ、えっとね、たくさん採ってきたよ! 何が何だか分からないから手あたり次第!」
「鳥の糞だったら投げ飛ばすぞ」
「そんなの拾ってこないよ!」
頬を膨らませるタオを訝し気に見る少女はどこか楽しそうにシュンには見えた。少女が奥の部屋から持ってきた平たい鉄の丸く平たい容器に、麻袋の中身をぶちまける。大小それぞれの大きさの石が砂ぼこりをあげながら騒がしく山を作っていく。顔の前で手を左右に振って砂ぼこりをはらっていた少女は容器の中をまじまじと見て、二人の麻袋が空になるのを待った。石が鉄の容器に当たる、耳が痛いほどの音が止むころには、少女の黒いワンピースは白っぽくくすんでいた。
「……クソが」
「う、すみません……」
少女はパンパンと服をはたきながらテーブルの上に積まれた石を見る。杖を取り出してそれを耳にかけるしぐさをすると、先についている黒い石からぼんやりと光がこぼれ、丸い拳ほどの大きさのレンズを形成した。眼鏡のようなそれをのぞきこみながら、ひとつひとつの石をつまんでまじまじとみていく。石が転がる乾いた音とテーブルに置かれる固い音が小さく部屋の空気に染み込んで消える。二人は胸をどきどきさせながら少女を見て、薄いその唇が開くのを待った。
「マユリノのサマナーには、種類があるって話をしたっけか」
突然話しだす少女に、シュンは首を振る。
「いえ、聞いたことないです」
「種類がある」
「……はい」
「一番わかりやすいのは石の色だ、適正とかそういうので決まってくる」
石から目を逸らさずに話す少女は、つまんでいた石をシュンに投げやった。シュンはそれを受け取ると、手のひらに転がして少女と交互に見る。
「その石の真ん中あたりに色が違う場所があるだろ。何色に見える?」
少女が投げてよこしたのは、タオが最初に見つけた石だった。
「えっと、緑に、見えます……」
「中心部分が、お前の目には、緑に見えるんだな?」
「はい……」
念を押す少女の言葉にシュンは慎重に頷く。タオはそれを見て目を丸くした。
「僕にも緑色に見えるよ。見る人によって違ったりするの?」
「違う。俺はこれが茶色に見える。八種類あるサマナーの系統は大きく二つに分けられる。お前らは、それが同じってこった」
少女はシュンから石を受け取ると、それをテーブルに置いて杖の眼鏡をしまう。白くて小さな手を、シュンに向けて伸ばした。指先がほんのり赤い子どものような手をみてシュンは思わず姿勢を正す。
「おい、何してんだ。手を出せ、手を。手のひらを上に向けろよ」
「は、はい」
訳が分からないまま恐る恐る手を少女の手の上に重ねた。あたたかい小さな手のひらは、本当に子どもの手のようだった。少女はシュンの手首を掴んで引き寄せると、その手のひらに杖で何かをなぞるように書く。手のひらを石で撫でくり回されて、くすぐったいあまりにシュンの顔は歪む。ここで笑ってはいけない、と本能が言っていた。
その上に先ほどの石を置くと、少女がふっと息を吹きかける。冷えた吐息を指先で感じていると、ちょうどシュンの手のひらに収まるほどの大きさの花がぼんやりと浮かんできた。いつか見た少女の黒い靄でできた花と同じものである。
「わあ……」
タオが楽しそうに笑っていると、その靄は徐々に薄黒い色を失って白い煙のような色に変わった。白い花は開いたままシュンの手のひらの上でふわふわと浮かんで、しばらくすると空気に溶けて消える。少女は何度かか軽く頷いてシュンを見た。
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