ULUAN

エリー.ファー

ULUAN

 一から十まで静かに数えてから、僕はそのまま朝を迎える。

 不思議な感覚だった。

 先ほどまで夕方だったのに。

 それはいつの間にか僕の世界を支配したカウントだった。大切に、そして今まで自分が何事もなかったかのようにしてきたそれは、いつしか僕の人生の一つのギミックになった。

 不思議なものだ。

 僕が十を数えると、その日のうちに一日が終わり、太陽が昇るのだ。

 朝日を迎えてしまうのである。

 一から五の間に、どうやら日付が変わり、五から十で朝日が部屋に入りこむまでになる。

 僕は昔から眠るのが嫌いだった。自分が意識をなくしているということが心底怖かったのである。何もできなくなるという感覚を、自分から求めに行くということが全く理解できなかったし、恐怖でしかなかった。

 何故、僕以外の人たちはこんなにも怖い睡眠というものを自分から求めに行くのか理解ができなかった。

 故に。

 子供の頃から不眠症だった。

 眠れないことが常だった。

 気が付くと、一睡もしないうちに朝を迎えてしまうことなどはよくあった。

 そして。

 気が付けば十数え終えるうちに、僕は夜を越える様になっていた。

「昨日の夜、短くなかった。」

「いや、そんなことないわよ。ちょっとおかしいんじゃない。」

「でも、俺の家の周りは夜が短かったような感じがしたけど。」

「そもそも、そうやって局地的に夜に斑があるとかありえねぇから。」

 僕はそんな会話を聞きながら、なんとなくその話題の中心にいるような快感を得ていた。余り、人の中心に入ったり、そういう流れの中で人間関係を作ること自体が好きではなかったから、当然と言えば当然と言えるものだ。

 だからこそ皆の口から、夜が短い、という言葉が出るのが嬉しかった。

 ある日、また薄暗くなっていく夜空を見つめながらカウントを始めると、空に浮かんでいる月がこちらを睨んできた。

 とうとう、この日が来たか。

 インターネット上には、僕のような能力を持っている人たちのためのコミュニティサイトがある。基本的に男だそうで、皆、ニートらしい。学生でこの能力に目覚めて、それを自分の思うがままに使えているのは僕だけらしかった。

 その中で、聞いたことがあったのだ。

 月が睨んでくることがあると。

 気を付けろと。

 僕はそのまま構わずカウントを続ける。

 月は大きく口を開けた。

 僕も大きく口を開ける。

 地球に向かって落ちてくる月を静かに舌で受け止めて、そのまま喉の奥へ片づけてしまう。食道を火傷したような感覚に襲われ、首を曲げたり何度も口呼吸をしてごまかして綺麗に飲み込む。

 そうして、とうとう月はなくなり。

 夜がやって来ることはなかった。

 常に朝が続く地球では、可哀そうに、皆、働き続けて自分から潰れていってしまった。

 このまま、何も対策を立てなければ夜がやってくることはない。僕は人類が困り果てていることを感じ、自分が月を飲み込んでしまった罪悪感に押しつぶされそうだった。

 これではいけない。

 僕はできる限り、自分のお腹に力を入れて吐き出すようにしている。

 母親に背中をさすってもらうこともあるけれど、月は中々出てこないのだ。

 その代わりのように。

 地球も。水星も。土星も。火星も。天王星も、その他諸々吐き出した。

 気が付けばそれらは吐き出された瞬間からそのまま空へと飛びあがり、星々の真似事を初めて二度と帰って来ることはなかった。

 いつまでたっても出てこない月に躍起になる必要もない。

 日の光が出ていても寝ることを覚えた人類は餓死するまで眠り続けてしまうようになった。

「もう月を吐き出しても、何も変わらないよ。昔っから目を覚ますきっかけも、本当は月がつれてきていたのだから。」

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