第22話
雫はニコリと海渡に微笑むと、海渡に向かって黙ったまま頷く。海渡は雫が何を願うのかわからないが雫のことを信じた。
雫は自分の最後の願いがわかった今、決心をすると瓶の蓋を開け中の物を全て飲み干す。すると、雫の体に異変が表れた。
無数のシャボン玉のような泡が雫の体から現れ、それは次第に雫の体全体を覆ったのだ。
海渡はその光景に息を飲んだ。それは、湖の魚達も同じだった。
泡はついに雫を全て包んでしまった。
そして、今度は一つ一つ弾けるように雫の体から消えていった。
泡が全て消え去ると、海渡は雫の姿を見て驚く。
「雫……あ、足が……」
雫自身は何が起こったのかわからず、海渡が言う
「っ?!」
――雫の足は尾ひれの足からスラリと伸びた綺麗な人間の足へと変わっていた。
雫は海渡の方を再び向くと、海渡に思い切り抱き着いた。
「海渡!」
「あははっ、雫!」
二人は抱き合い、笑い合う。
――雫は、人魚から人間になったのだ。
鯰は本当の親のような優しい目で雫のその姿を眺めていた。
そして、静かにその場を去ろうとする。雫は鯰が去って行く姿を見て、慌てて声をかける。
「主様、有り難うございます!」
そう雫が叫ぶと、まるで返事を返すように鯰はその場で大きく飛び跳ね、そのまま湖の中へ潜って行った。
その後、夜分遅くもあり、海渡と雫は人目につかず帰路に着くことは成功する。
裏庭からコッソリと雫を部屋に招き入れ、新しい服に着せることもできた。
海渡自身も、血で汚れた服を捨てる為に綺麗な服に着替える。その時、手や肩の傷は、いつの間にか消えていた事に海渡は気がついた。
そして次に、父親に話しをすることだ。
海渡は父の部屋へと訪れた。
部屋は明るく、海渡の父親にもまだ起きていた。
海渡の家は昔からある呉服屋だ。所謂、老舗の店だった。
そのせいもあって、父親が夜遅くまで起きていることもただただあった。
服を着替えた海渡は、父親に雫のことや今までの経緯を全て話した。
信じないだろうし家に居つくのも反対するだろうと思っていたが、海渡の父親は意外とすんなり雫のことを認めたのだった。
そのことに海渡は思わず唖然となる。まさか、信じてくれるとは思わなかったからだ。
それと同時に、海渡は父親からある話を聞かされた。
それは、自分の母親のことだった。
「お前の母も、得体が知れない人だった」
「……え?」
「お前の母と出会ったのは、私が海外で勉学を学んでいる時だ。近くには海があり、外に出る度に潮の匂いがした。ある日、海辺を歩いていると美しい女性に出会った。それが、お前の母だ。いつしかお互い好きになり、ミリアは日本の話をいたく気に入っていた。特に日本の昔話にな。そして、二人で暮らす前に、ミリアは私にこう言った。自分は人魚だと……当時の私は信じなかった。だが、ミリアから聞く話は、とても不思議な物ばかりで神秘深い物ばかりだった……。ミリアが日本の話を気に入ったように、私もミリアの話を気に入っていたのだ…」
海渡の父親は、昔を懐かしむような眼差しで部屋の隅に掛けてある写真を見る。
写真には、白いワンピースを着て微笑んでいる赤茶色の髪をした綺麗な女性が写っていた。
「ミリアには家族がいなくてな……けれど、私は、そんな彼女を愛していた。例え何者だろうと私には彼女しかいなかったのだ。しかし、正体もわからない者と結婚するなど言語道断だと私の父は言った。……それでも私は諦めなかった。だからここまで来れたのだ。今、こうしてお前も私もミリアも、この家にいるんだ。海渡、お前はその子につらい思いをさせるかもしれない……それでも、お前はその子の傍にいたいか?」
海渡は黙ったまま頷く。そんな海渡の決意が父親にも届いたのだろう。
海渡の父親はフッと笑みをこぼした。
「では、何があってもその子の手を決して離すな。つらい時は、その子の支えになってあげなさい」
「はいっ!」
こうして、雫は海渡の父親に認められ、海渡と共に暮らすことになった。
雫を初めて見た海渡の父親は、雫のその美しさに呆然となったが、雫が不安そうな顔をしているのに気づき海渡の父親は雫の小さな頭を優しく撫でた。
「君が雫さんだね?これから宜しく。そして、これからも海渡の傍に居てやってくれ」
頭を撫でる手つきや、微笑んだ時の口元はどこか海渡に似ている。雫は、そんな海渡の父親にホッと安心すると、ニコリと微笑んだ。
「はい!」
それからの二人は決してお互いの手を離さず、支え合い、二人一緒に幸せに暮らしたという。
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