第7話
翌日。雫は目を覚ますと、あれは夢だったのではと思い、慌てて鏡を見た。
しかし、それは夢ではなかった。鏡には美しい人間が映っていたからだ。
本当にこれが自分なのだろうか?と不安になり、鏡に映っている自分にそっと触れる。その姿は決して消えることなく、鏡に映り続けていた。
「夢じゃないのね……」
湖の中から空を見上げ、太陽の位置を確認する。時刻はもうお昼になっていた。
「きっと、あの子はもう居るわね」
でも、雫はあの沖には行けなかった。怖かったからだ。
今まで笑って話しかけていた顔が、恐怖に変わる瞬間を見るのが怖かった。
やがて遠ざかるように湖から離れ、彼は訪れなくなる……そう思うと、雫の胸は張り裂けそうなぐらい痛かった。
結局、雫はその日、海渡と会うことは出来なかった。
それは次の日も、そのまた次の日も続いた。行きたいけど自分の中にある恐怖で中々行けなかった。
「っ……」
自分の手をギュッ強く握り、唇を噛み締める。
「私の
雫は己の弱さに苦笑する。会いたいのに会えない。話したいのに話せない。
"もし"を考えると、その勇気は呆気なく砕け不安だけが心に残る。人魚姫の呪いは、まるで、その不安を広げるように雫の心を徐々に侵し始めていた。
雫は、もう日が暮れてしまった空を見上げる。
「きっと、あの子はもう来ないわ…」
ずっと会っていたのが、突然ピタリと止まれば誰しも『もう来ない』と思うだろう。それが、幾日も続くと尚更だ。
それに人間は気まぐれな生き物。外の世界には、湖よりも輝いている素敵な物が沢山ある。海渡はその中に飛び込んで行くだろう。
内心諦めようと思う気持ちと諦めたくないという気持ちで、また胸が痛くなった。
――想いと不安が心を掻き乱す。
それはいつしか言葉になり歌となった。
そして、この儚い歌は夜の空に静かに響いていた。
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