第2話

 翌日。鯉は目を覚ますと、いつも湖の端の沖で本を読んでいる少年の所へと向かった。

 鯉の気持ちは浮き足立っている。


「あの子、もういるかしら?」


(人間と約束するなんて初めて、すごくワクワクするわ!)


 鯉は沖に着くと、少年が居ないかどうか確かめる為に辺りを泳ぐ。どうやら、少年はまだ来ていないらしい。


「来てない…」


 鯉はショボンとした気持ちになった。


「そうよね…所詮、私は湖の中に住んでいる魚なんだもの。人間は気まぐれな生き物だってこともぬし様も言っていたわ…」


 けれど、待っていればいつか必ず来ると思い、鯉は少年を待ち続けた。

 刻刻と時間は経ち、朝からお昼へと時間は流れる。少年の来る気配は無いが、鯉はそれでも待ち続けた。

 すると、ガサっと草を踏む音がした。

 木の木陰から誰かが現れたのだ。

 それは昨日の少年だった。


「来たっ!」


 鯉は、少年が会いに来たことに嬉しく思いその場で跳ねる。少年は鯉のそんな行動を見るとクスッと笑い、靴と靴下を脱ぎ湖に足をつけた。

 鯉は、グルグルと少年の足の周りを泳ぐ。


「また、会えたね」


(だって、また会いに来るよって貴方言ってでしょ?ふふっ)


「そうだ。僕ね、君にプレゼントがあるんだ」


 そう言うと、少年は鞄の中から小さな紙袋を取り出した。


(プレゼント?)


 内心首を傾げながら、手に持っている袋を見る鯉。

 少年は、袋の中に手を突っ込むと小さな食パンを取り出した。

 鯉はそれを見て気持ちが更に明るくなる。


(それ、ぱんっていう物ね!!)


「はい、どうぞ」


 少年は鯉にパンの一欠片を湖に落とす。鯉は湖から顔を出しパンをパクリと食べる。

 人間の目からはわからないが、この時の鯉の表情はあまりの美味しさに驚きを隠せないでいた。


(お、美味しい~っ!!)


 少年はジッと鯉の姿を見る。その視線に気がついたのか鯉は少し狼狽えた。


(な、何?)


「君、凄く変わった魚なんだね。目元に雫の形をした痣があるよ」


(そうなの?)


「そういえばね。僕、君のことを本で読んだよ。君、錦鯉にしきごいっていう魚なんだね」


錦鯉にしきごい?)


「とても凄い魚なんだよ!色んな柄があるって本に載ってたし!」


(知らなかった…。だから、私は他の魚と違うのね。ありがとう、私のために)


「まだパン食べる?」


 少年はパンをまた一欠片千切ると鯉にあげ、鯉は嬉しそうにパンを食べた。

 そして、今日この日味わった物を忘れないようにしよう――と、心に誓ったのだった。

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