第百五十五話 救うということ②
重い沈黙が流れる。
誰も言葉を発することができなかった。
最初は誇らしげにしていたユーリティリアもおかしいと感じたのか『あら……?』と口を閉じた。
上位神バルデミア。
最高神に次ぐ神界の序列二位だった男。
今までに出会ったニーラペルシやユーマイヤ、ルフターヴからは上下関係のようなものは感じなかったが、ユーリティリアがそう言い切るということは彼は上位神の中でも別格の存在なのだろう。
だが、そうなるといくつもの疑問が浮かんでくる。
どうしてそんな男がここにいるのか。
どうしてこれまで接触してこなかったのか。
何より、ニーラペルシやアーニャが言及しなかったのは何故か。
飛鳥はバルデミアを見据えたまま、レーヴァテインに手をかけた。
彼も何も言わず飛鳥を見つめている。
その沈黙を破ったのは──。
「神がどうのと貴様らはさっきから何の話をしているのだ?」
他の誰でもない、マティルダであった。
飛鳥は身震いした。
罪悪感、恐怖、後ろめたさ。
様々な感情が強烈な吐き気となり襲ってくる。
この場で飛鳥たちの正体を知らないのはマティルダとエリカだけだ。
ヴィルヘルムは……バルデミアと対等に話していたのを見るに当然知っているだろう。
アーニャがゆっくりとマティルダに歩み寄る。
「マティルダさん、あの……」
「私から話そう」
話を遮ったのはバルデミアだ。
その顔には哀れみが浮かんでいて。
「そうだ、その前にこれを返しておこう」
バルデミアは真っ黒い翼の意匠が施された『神ま』を放り投げた。
「わ、私の『神ま』!!」
と、ユーリティリアが飛びつき抱きしめる。
「見つけてくださりありがとうございます! バルデミア様!」
感謝を述べる彼女に、バルデミアはふぅっと息を吐いた。
「ユーリティリアだったか。君は何か誤解しているようだ」
「はい……?」
バルデミアが自身の『神ま』を取り出す。
「君の能力をヴィルヘルムに教え、ナグルファルの材料にするよう提案したのは私だ」
「な、何を仰っているのですか……?」
ユーリティリアが震える声で尋ねる。
バルデミアは『神ま』のページをめくりながら話し始めた。
「君たちが学んだのは大方こんな内容だろう? 最高神の爺様の次に生まれた私は長い間宇宙の安定の為にその身を捧げてきた。だが、ある時救世に失敗し行方不明になってしまった。どうだろうか?」
「は、はい……。そうですが……」
「君たちはそんな話を本気で信じているのか?」
ユーリティリアが助けを求めるようにアーニャを見る。
アーニャは目を伏せながら答えた。
「正直、その……信じられませんでした。貴方様のような上位神様が失敗するなんて……」
「その通りだ、私は失敗などしていない。自らの意思で神界を離れたのだ」
「どういう、ことですか……?」
「だ・か・ら! 貴様ら何の話をしているのだ! きちんと説明しろ!」
痺れを切らし、マティルダが叫ぶ。
バルデミアはくすりと笑った。
「そうだったな、申し訳ない。それにしても……あぁ、何と哀れな。愛する男には騙され、信じた家臣には隠し事をされ、言われるがまま戦いに身を投じるなど……」
「どういう意味だ!」
「私とヴィルヘルムは神界という別の世界からこのティルナヴィアを救う為にやってきた。中々理解できないだろうが、夜空に浮かぶ星々にも君たちのようなヒトが暮らしているのだよ。神界もその中の一つと思ってもらっていい。そして、神界からこの地に来たのは私たちだけではない。そうだな? 皇飛鳥」
マティルダがゆっくりと飛鳥を見る。
飛鳥は目を瞑り、拳を握りしめた。
自身の鼓動がやたらと大きく聞こえる。
騙すつもりも隠しておくつもりもなかった。
ただ、伝えるのが怖かった。
いつの間にか怖いと感じるようになっていた。
アーニャが笑顔になってくれるなら、この世界が救えるなら他のヒトに嫌われても憎まれても何ともないと思っていた。
でも、違ったのだ。
一緒に過ごす時間が増えるごとに真実を伝えて嫌われるのが怖くなっていった。
マティルダを悲しませたくなかった。
マティルダが鼻で笑う。
「飛鳥が別の世界から来ただと? そんな話を信じろと言うのか?」
「彼の沈黙がその答えだと思うが?」
彼女もそれは理解していたのだろう。
バルデミアに指摘され、マティルダは黙り込んでしまった。
カトルとクララが急いで駆け寄り、彼女の前に跪く。
「申し訳ございません! マティルダ様!」
「言い訳はできないししたくないからー……ごめんなさい……」
「貴様たちも知っていたのか……。ならば当然……」
リーゼロッテとアクセルも沈痛な面持ちだ。
飛鳥はマティルダの傍へ行き、深々と頭を下げた。
「マティルダ、ごめん。謝って済む話じゃないのは分かってる。でも……」
「それが君のやり方か、皇飛鳥」
「ッ……!」
バルデミアに対して返す言葉が出てこない。
すると、マティルダが大きく息を吐いた。
「もうよい、黙れ」
彼女の口調は冷たく、鋭い。
飛鳥は胸が締めつけられた。
バルデミアがマティルダに語りかける。
「マティルダ・レグルス、心中を察するに余りある。怒り、悲しみ。否、そのような単純な言葉では言い表せぬ。どうすれば君の心を救うことができるだろうか」
「黙れと言ったのが聞こえなかったか? バルデミア」
マティルダは全身にエレメントを迸らせ、ミョルニルを担いだ。
バルデミアが眉をひそめる。
「これは妙なことを。皇飛鳥ではなく私に怒りを向けるとは」
飛鳥たちを見渡し、マティルダは更に怒りを露わにした。
「当然であろう。飛鳥たちが黙っていたのは何故か? 簡単だ、全ては余を想ってのこと。余たちの繋がりを知らぬ貴様が皆を、余の家族を語るな」
「マティルダ……」
「ふむ……」
予想していなかったのか、バルデミアはやや不満げに顎に手を当てた。
「本人が納得しているのならこれ以上私から言うことはない。では、互いの立場が分かったところで本題に入ろうか。皇飛鳥、君と『黒の王』の力。そして、その出力装置であるレーヴァテインを渡してもらいたい」
「俺たちの力と、レーヴァテインを……?」
「俺のよりレーヴァテインの方が適してるからな」
ヴィルヘルムが恭介の剣を掲げてみせる。
飛鳥は改めて彼に疑問をぶつけた。
「そうだ、どうしてお前が焔の剣を持ってるんだ?」
「違う違う。これは元々俺が神界から持ち込んだものだ。正式な名前は
「そんなものを未だ後生大事にしているとは」
バルデミアが呆れたように首を振る。
今度はヴィルヘルムが不満そうな態度を見せた。
「俺が救世の英雄である以上アークと武器が揃わなきゃ本気出せないだろ。俺を殺したくて仕方ないやつもいるしな」
ヴィルヘルムはアクセルを見つめる。
アクセルは待ってましたと言わんばかりに嗤ってみせた。
「あぁ、話がシンプルになって助かったよ。要はてめぇらをぶっ殺せばいいんだからなァ」
「うーん……めちゃくちゃすっ飛ばしたなぁ。でも、そうだな。ちなみに飛鳥、素直に渡してくれたりは──」
「する訳ないだろ」
「だよな」
飛鳥とヴィルヘルムが同時に剣を抜く。
バルデミアは益々呆れたのか、その場に座り込んだ。
「ヴィルヘルム、ややこしくしないでくれ。……君たちに選択権はない。力とレーヴァテインを渡せ、皇飛鳥」
飛鳥はレーヴァテインを構え、バルデミアを睨みつけた。
「断ったばかりだろ。お前たちの目的を聞かせてもらうぞ、バルデミア」
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