第百五十四話 救うということ
アクセルと別れてからしばらく馬車を走らせ、飛鳥たちは極点へ辿り着いた。
飛鳥とアーニャ、そしてマティルダが先に馬車を降り辺りを見渡す。
眼前に広がるのは青々とした海と断崖絶壁。
大陸移動が始まった場所というのもあながち間違いではないのかも知れない。
そこへカトルがやってきた。
「いかがいたしましょう? 我が王。僕とクララで馬車にいる皆さんを守っていた方が良いかと思うのですが」
「……いや、皆俺たちについて来てくれ。一緒にいた方が守りやすい」
「はっ。では皆さんを呼んできます」
帝都で再会したヴィルヘルムと、彼の隣にいた白ローブの人物。
会話だけで終わり、ということにはならないだろう。
他の皆を守りながら戦えるかと聞かれれば、正直あまり自信はない。
ヴィルヘルムもだが、一番の問題は白ローブの人物だ。
『
何より、アーニャのあの怯え様。
でも、馬車に残して何かあったらと思うとそっちの方が嫌だ。
カトルが皆をつれて来る。
リーゼロッテとエリカはアクセルのことを考えているのか顔色が優れない。
飛鳥は二人に声をかけた。
「アクセルなら大丈夫だよ。あいつの強さは二人もよく知ってるでしょ?」
二人が小さく頷く。
アーニャとマティルダと三人で皆を囲み進んでいく。
すると、突然背後から声をかけられた。
「待ってたぞ、飛鳥」
全員が一斉に振り向く。
そこには岩場に気怠そうに座り、待ちくたびれたと言いたげなヴィルヘルムの姿があった。
鼓動が速くなる。
いつの間に……!? 俺だけじゃない、マティルダたちでも気づけなかったなんて……!
飛鳥はヴィルヘルムを睨みつけた。
「こんなところに呼び出して一体何の用だ?」
「そう怖い顔をするなよ。俺はお前たちとゆっくり話がしたいんだ。だから今にも飛びかかってきそうな獅子王を止めてくれないか?」
見透かされ、マティルダが警戒心を露わにする。
飛鳥は彼女を宥めた。
「そうだな、お前には聞きたいことが山ほどあるんだ。どうして国を捨てた? お前の目的は何だ?」
「ちょっと待った。質問は俺からだ。ほら、皇帝なんてやってると周りの話を聞いてばかりだろ? たまにはさ、質問する側にならせてくれよ」
ヴィルヘルムは本心で言っているようだ。
白ローブの人物がいないのは気になるが、近くにそれらしい気配はない。
飛鳥は彼に促した。
「ありがとう。まずはそうだな……。飛鳥、それにえーっと……そこの暗器使いの、
「へっ!? 私デスか!?」
指名されるとは思ってなかったらしく、
「うん。あぁ、そうだ。お前には謝らないとな。色々と手荒な真似をして悪かった。立場上仕方がなかったんだ」
「ハイ、えっと……」
彼女はロマノーのせいでユーリティリアと離れ離れになり、エールに来た時には弱りきっていた。
本当なら罵詈雑言を並べ立ててもいいところだが、こんなにもあっさりと謝罪され視線を右往左往させている。
代わりにそれを述べたのはユーリティリアだ。
「あんたねぇ、謝って済むと思ってんの!? 訳の分からない兵器の材料にされるわ、『神ま』を無くしちゃって戦えないわでこっちは散々なのよ! 本当ならここでぶち殺してやりたいぐらいだわ!」
「……黙れ」
「はぁ? 黙れ? 今あんた私に黙れって言った? もういいわ。皇飛鳥、あいつ殺しちゃってよ」
「黙れよ。俺は今飛鳥と
ヴィルヘルムから強烈な殺気が放たれる。
ユーリティリアだけでなく、全員が押し黙ってしまった。
ヴィルヘルムの頬が緩む。
「すまない。でだ、飛鳥、
飛鳥は
何故自分たちなのか。
疑問に思いながらも、
「ロマノーのことはよく知りませんケド、スヴェリエは何というか……異様な感じでした。物理的に獣人を追い出すのは可能だと思うんですケド、国民全員が考え方まで獣人を嫌悪しているのは……」
彼女に対し、ヴィルヘルムが頭をかく。
「んー……。スヴェリエはダリアのせいでちょっと特殊だからなぁ。それよりどうしてうちに来なかったんだ? 飛鳥の知り合いって言ってくれれば歓迎したのに」
当たり前だ。直前に飛鳥たちはロマノーから攻撃を受けている。
そこへのこのこと現れるなんて馬鹿のすることだ。
誰から見ても見下した言い方に彼女の表情が困惑から怒りに変わっていった。
ヴィルヘルムが申し訳なさそうに述べる。
「そんな顔をしないでくれ。本当だ。お前たちは飛鳥の関係者ってだけで飛鳥本人じゃない。俺たちに協力してくれるならきちんと迎えていたさ」
「つまり俺たちを襲ったのは俺がエールの王座に就いたからか?」
飛鳥の問いに彼は首を横に振った。
「いいや? 単純さ、お前を怒らせたかったからだよ」
「どういう意味だ?」
「お前の強さの源は怒りとそこからくる破壊衝動だ。伝承世界に関わる実験やエール侵攻、そして何よりアーニャへの想い。俺たちはお前の怒りでこの世界をどうにかしてほしかったんだ」
「じゃあ、俺の意見を全部聞き入れてたのは……」
「もちろん。……っと、思ったより早かったな」
ヴィルヘルムが視線を移す。
それを追うとヴァナルガンドの姿が。
ヴァナルガンドは皆のすぐ手前で急ブレーキをかけ、乗っていたアクセルは投げ出され地面を転がった。
「ア、アクセル様!? いやああああああああああああああああああああ!!」
エリカが悲鳴をあげ、その場にへたり込む。
だが、悲しいかな慣れてしまったアーニャとリーゼロッテは迷わずアクセルに駆け寄った。
「アクセルさん! 動かないでくださいね! すぐ治しますから!」
「あ、あぁ……」
「喋んないで! 仰向けにするわよ!」
「クリスティーナ・グランフェルトを一人で倒すなんて本当に強くなったなぁ。うん、飛鳥に任せて正解だった」
ヴィルヘルムが満足げに笑う。
飛鳥の頭にある疑問が過ぎった。
「どうしてお前が二人の戦闘のことを知ってるんだ?」
「感慨深いなぁ。そいつがあの女に勝つ日が来るなんて思ってなかったよ」
「……何を言ってるんだ? お前は……」
ヴィルヘルムが『おっと』と飛鳥を見る。
「悪い悪い、全員揃ったことだし始めようか」
瞬間、空気が張り詰める。
全身を締めつけられるような感覚に飛鳥は息を呑んだ。
また、この感じ……。てことは……!
「話は済んだか? ヴィルヘルム」
「まだまだ。でもここからはお前がいないと進まないだろ」
いつの間にか白ローブの人物がヴィルヘルムの隣に立っていた。
声からして男のようだ。
白ローブの男は納得したようにフードに手をかけた。
「ふむ、それもそうか」
男がフードを外す。
見た目は四十前後だろうか。
ライトブラウンの長髪を靡かせた、彫りの深い端正な顔立ちの男であった。
「なっ……!?」
男の顔を見て飛鳥は絶句した。
保有者じゃない……!?
男の右目は『
それならどうして何の情報も読み取れないのか。
気持ちの悪い汗が飛鳥の背を伝った。
「バルデミア、様……?」
「え……?」
ユーリティリアが発した名前に振り向く。
アーニャも青ざめた顔をあげた。
「あ、貴方様が……何故ここに……?」
バルデミアと呼ばれた男が不思議そうに首を傾げる。
「ん? 君たちは随分若い神のようだが、私を知っているのか?」
「も、もちろんです!」
と、ユーリティリアが飛び出し膝をついた。
「貴方様の偉業は今も神界に伝わっております! 私たち下位神は貴方様について学ぶことから始めるのです!」
「ま、待ってくれユーリティリア……神界にって……」
飛鳥は目眩を覚えた。
彼女の態度からすると、バルデミアはニーラペルシと同じ──。
「まだそんなことをさせているのか。最高神の爺様は」
興奮するユーリティリアとは反対にバルデミアは呆れたように言った。
震える体を抑え、
「ユーリティリア様……。あ、あの人は……」
「そうね、あんたたちはすぐに私たちと組んで旅に出たから知らなくても仕方ないわね」
ユーリティリアは讃えるようにバルデミアを指した。
「あのお方は上位神バルデミア様。最高神様に次ぐ神界の序列二位だったお方よ!」
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