第百五十一話 支配者

 数日後、準備を終えた飛鳥たちは極点へ向け出立した。

 エスティ共和国に入った一行が最初に向かったのは。


「あの、陛下。私は馬車で待っていてもよろしいでしょうか?」


 と、エリカが手をあげた。

 場所は城下町の一角。

 オスカーのいる王城はもう目の前だ。


「私が極点に行くと知ったら父上が何と仰るか……」


 十中八九反対されるだろう。

 そのまま帰国ということにもなりかねない。

 酷いと言われるかも知れないが、飛鳥としてはどちらでもいいのだが。


「そう言わず、久しぶりに顔を見せてやったらどうだ?」


 意外なことに、アクセルがエリカに優しく声をかけた。

 想い人に微笑みかけられ、喜ぶかと思ったが……。


「アクセル様、私を置いていかれるおつもりでしょう」


 エリカが頬を膨らませ、寂しそうにアクセルの服を掴む。

 目論見が外れ、アクセルは珍しく疲れたように俯いた。


「やっぱり! 酷いですアクセル様!」


 更にむーっと唇を尖らせ、エリカがポカポカと叩く。

 飛鳥は二人の間に割って入った。


「落ち着いてください。オスカー王にはアーニャとマティルダと三人で会ってきますからエリカさんはここで待っててください」


 エリカに笑顔が戻る。


「はい! アクセル様と一緒に待っております!」


 飛鳥がリーゼロッテにごめんと手を合わせて見せると、彼女は笑って首を振った。

 振り向き、アーニャたちに手招きする。


「アーニャ、マティルダ、行こうか」

「うん!」

「うむ!」


 王城に入ると、すぐにオスカーがやってきた。


「これはこれは飛鳥様にマティルダ様! アニヤメリア様も! 事前にご連絡いただければ出迎えの準備をしましたものを」


 平身低頭で挨拶するオスカーに、マティルダの頬がピクリと動く。


「オスカー王、少しよいか?」

「はっ、何でしょう?」

「エスティとエールは同盟国、対等な関係だ。そのようにへりくだった態度はやめてもらおうか」


 彼女にそんなつもりはないだろうが、威容のある姿にオスカーだけでなく、後ろに控えていた家臣たちも震え上がった。

 飛鳥が慌ててマティルダをなだめる。


「まぁまぁ、マティルダ。オスカー王も頭をあげてください。今極点に向かっている途中で挨拶をしに来ただけですから」

「極点、ですか? 何故あの場所に?」


 オスカーは三人を客間に案内しながら尋ねた。

 言い訳を考えながら口に出す。


「あー……見聞を広めようかと思いまして。ロマノーとスヴェリエの戦争も落ち着きましたし、今までずっと国にいましたので」


 飛鳥の話を聞き、そう言えばとオスカーの顔が明るくなる。


「セントピーテルでは大活躍だったそうで。何倍もの軍勢を、しかも両軍相手に一歩も退くことなく戦われたとか」


 オスカーに称えられ、マティルダは嬉しそうに胸を張った。

 客間に入ると、大急ぎで準備してくれたのだろう。

 テーブルには人数分のティーセットが置かれ、メイドが数人控えていた。


「飛鳥様にはコーヒーを。でしたな?」

「ありがとうございます」

「ところで……」


 と、オスカーが話題に出したのはもちろん。


「エリカは元気にしておりますか? ご迷惑をかけていないと良いのですが」


 彼の質問にマティルダが咳き込む。

 誤魔化したりが苦手なのが彼女の良いところであるが、今喋るとバレそうだ。

 飛鳥はマティルダの背中をさすりつつ、アーニャに目配せした。

 アーニャが任せてと言いたげに笑う。


「はい! もちろんです! むしろ城の中のことをしてくださって申し訳ないくらいで……!」

「いえいえ、使ってやってください。あの子はまだまだ世間を知りませんので」


 その後、三人はオスカーと他愛ない話をし、馬車へ戻った。

 エリカが顔を覗かせる。


「おかえりなさい。父上はお元気でしたか?」

「えぇ、エリカさんのことを気にされてましたよ」


 彼女は少しだけ心苦しそうに微笑んだ。

 それから数時間後──。


「見えてきました! あれがラカギガル山! 極点はあの山のすぐ近くです!」


 遠くに見える高い山をエリカが指差した。

 道程を確かめようと全員馬車を降りる。

 そこへ先に様子を見に行っていたカトルとクララが戻ってきた。


「ただいま戻りました、我が王」

「二人ともお疲れ様。どうだった?」

「この先は二手に分かれていますが、馬車で行くことを考えると谷を抜けていくのが良いかと」

「あー! それ私が言おうと思ってたんですよ!」


 エリカが叫ぶ。


「もう一方は徒歩になるので時間もかかりますし、そもそも私、歩いていける自信ありません! ねっ、アクセル様。私ちゃんと知ってたでしょう?」

「あぁ、うん……。そうだな」


 ずっとエリカの相手をしていたアクセルは疲れ切っていた。

 マティルダが彼女を引っ張る。


「うむ、助かったぞ。ここから先は危険だ、馬車から出ないようにしてくれ。それで良いな? 飛鳥」

「もちろん。エリカさん、いいですね? アクセルはこっちの馬車に移ってくれ」


 しょんぼりとするエリカにカトルたちをつけ、谷まで進んだ一行であったが。


「何だ、これは……!?」


 目の前に広がる景色に、皆唖然とした。

 巨大で分厚い氷の壁が谷を閉ざしている。

 カトルとクララが馬車の窓から身を乗り出した。


「さっき見た時はなかったのに……!」

「本当だぞー、飛鳥。私もはっきりと見たからなー。自然はすごいなー」

「いや、この氷は……」


 精霊術によるものだ。

 だが、問題はそれを構成しているエレメントにある。

 『精霊眼アニマ・アウラ』に映ったエレメントの強度と純度に飛鳥は目を見張った。


 俺たち三人に匹敵する強度……!? そんなの……!


「あら、遅かったですわね」


 涼しげな女の声が響き渡る。

 その声にアクセルは血相を変え、馬車から飛び降りた。


「何でてめぇがここに……!」

「まぁっ、お元気そうで何よりですわ。アクセル」


 水色のハーフアップに同じ色の瞳。

 舞踏会にでも着ていくような白いドレスを纏ったその女──クリスティーナ・グランフェルトはアクセルを見つけると口元を綻ばせた。

 飛鳥も馬車を降りる。


「お前が、グランフェルト……」

「キョウスケに似た異国の顔立ちにその黒剣。失礼いたしましたわ、雷帝皇飛鳥様」


 膝折礼カーテシーをしつつも値踏みするような目つきのクリスティーナに、飛鳥は問いかけた。


「アクセルの言う通り、どうしてお前がここにいる? それと、焔は見つかったのか?」

「そう焦らないでくださいませ。ちゃんと答えますから」


 しかし、飛鳥を見つめた後、クリスティーナは小さく溜め息をついた。

 やや失望したような表情に若干の怒りを覚える。


「キョウスケがこだわるような相手には見えませんわね」

「何だと?」

「強い弱い以前の話ですわ。だって貴方、戦士じゃありませんもの」

「貴様、余の夫を侮辱するか」


 マティルダが馬車から降り、積んであったミョルニルに手をかけた。

 クリスティーナが笑う。


「いいえ、わたくしが言いたかったのは彼は戦士ではなく王だと言うことですわ。常に戦いの後のことを見ている、常に国民のことを考えている。でもそれではダメですの。キョウスケが求めているのは──」

「そんなの当たり前だろ」


 飛鳥に睨まれ、クリスティーナは口を閉じた。


「俺にはエールを守り、未来を創る責任がある。それに、ありがたいことに俺が死んだら悲しんでくれるヒトたちがいる。お前たちみたいに命をかけて戦うなんて俺には許されないんだ」


 誇らしげに笑うマティルダとは反対に、クリスティーナはつまらなそうに髪を弄る。


「まぁいいですわ。わたくしはアクセルに会いたかっただけですから。」

「てめぇと戦ってる暇はねぇんだよ、つっても引き下がる気はねぇだろ?」


 飛鳥を押し除け、アクセルはクリスティーナと向き合った。

 クリスティーナが頬を染め、手をモジモジさせる。


「そういう訳だ。すぐに追いつくから、てめぇらは先に行け」


 アクセルは飛鳥たちを追い払うように手を振った。


「でも……」

「いいからさっさと行けっての。巻き込まれたいのか?」

「……分かった、待ってるからな」


 アクセルはクリスティーナから視線を外さない。

 飛鳥は心配そうに見つめる一行に言い聞かせ、馬車を走らせた。


「嬉しいですわ、アクセル。わたくしのことを大分理解していただけたようですわね」

「あぁ、今度こそ殺してやるよ。一撃でな」


 告げた瞬間、全てのものが動きを止めた。

 動物も木々も、もちろんクリスティーナとて例外ではない。


「──『刻を蹂躙せし者インペリウム・クロノス』」


 天上の精霊使いとしての到達点。

 止まった世界の中を、アクセルは一歩一歩踏みしめるように進む。


「終わりだ。クリスティーナ・グランフェルト」


 強大なエレメントを纏い、スレイプニルがクリスティーナに襲いかかった。

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