第百五十話 極点②
エールへ戻った飛鳥たちは休む間もなく会議を始めた。
話題はもちろん──。
「ふむ。極点に来い、か」
マティルダが難しい顔をする。
極点とは、ティルナヴィアの大陸移動の開始点を指す言葉だそうだ。
この世界も地球と同じように最初は大陸が一つであった。
それから長い時を経て今の形になったが、人々はその始まりとなった地点を極点と呼び、聖地或いは禁忌の地としている。
ただ、科学的な根拠はなく、学者たちが過去の文献等を読み解き定めた、歴史的な側面の方が大きい場所らしい。
そして、マティルダの反応からも分かるように、ユートラント大陸の極点は後者の扱いだ。
場所はエスティ共和国の最北端。
当然周囲に人は住んでおらず、向かうとすれば相応の準備が必要だ。
「ヴィルヘルムは全員連れて来いつったんだよな? 極点なんかで何をするつもりだ?」
「うーん……」
アクセルの疑問に飛鳥は目を瞑った。
気になるのは、その後の『全てを話す』という言葉。
戦争のこと、アクセルの実験のこと、何より聞きたいのは、何故ロマノーを見捨てたのか。
初めて会った時とはまるで違うヴィルヘルムに一体何があったのか。
それにと、飛鳥はチラッとアーニャに目をやる。
ヴィルヘルムと一緒にいた白ローブの人物。
アーニャの怯え方は尋常ではなかったし、『
あの人物がヴィルヘルムに何かしたのであれば止めさせなければ。
「とにかくだ」
と、アクセルが不機嫌そうに告げる。
「俺も行くぞ。奴には色々と言いたいことがあるからなァ」
「元からそのつもりだけど……」
飛鳥はマティルダに視線を移した。
彼女はまだ腕を組み唸っている。
「マティルダ、この大陸の極点は禁忌の場所だ。君は残っても──」
「ん? 何を言うか! 余も行くぞ!」
マティルダは少しだけムッとした後、高らかに宣言した。
アーニャが尋ねる。
「じゃあ何を悩んでたんですか?」
「こちらの人員についてだ。アンカーよ、兵は残していく故貴様は国を守れ。和議が始まったとは言え油断はできん」
マティルダの命に、アンカーとアクセルは渋い表情を浮かべた。
「はっ、しかし……」
「お前馬鹿だろ。罠の可能性もあるんだ。ヴォーダンの部隊も連れていくぞ」
馬鹿という単語にマティルダの耳がピンっとイカ耳になる。
そのまま彼女はミョルニルを振り上げた。
「馬鹿とは何だ! 伏兵がいたとしても構わん! 余が全て薙ぎ払ってやる! 大体、同盟国ではあるがエスティにこれ以上派兵すればいらぬ誤解を招く。そのような事態は避けたい」
そこへ部屋の隅にいたユーリティリアが口を開いた。
すっかり回復したようで、孔雀の羽のようなまつ毛を揺らし、いつもの尊大な態度を見せる。
「私は女王陛下の考えに賛成よ」
「てめぇには聞いてねぇよ」
「こっちだってあんたに言ったつもりはないわよ。長年の勘としか言えないけど最低限の人数で行くべきだと思うわ。アニヤメリア、あんたもそう思うでしょ?」
アーニャが不安そうに飛鳥を見つめる。
飛鳥は覚悟を決め、こう言った。
「分かった、兵は連れていかない。僕らとカトルにクララ。この八人で行こう」
直後、扉が勢いよく開き、リーゼロッテとエリカが入ってきた。
ニコニコと笑っているエリカとは対照的にリーゼロッテはあたふたしている。
「ち、違うの! 盗み聞きしてたとかじゃなくて! 皆休んでないからお茶くらいと思って……」
リーゼロッテが必死に否定する。
しかし、エリカはトレーをテーブルに置き、ピースしてみせた。
「さすがはリーゼロッテさん! 獣人の聴力は頼りになりますね!」
「ちょっと! ほ、本当に私はそんなつもりないからね!? この人が無理やり……」
二人のやり取りに皆が困惑していると、エリカが飛鳥に詰め寄った。
「陛下! 私も連れていってください! アクセル様の帰りを待つだけはもう嫌です!」
「はあ? いや、エリカさんを危険な目に遭わせる訳には……」
「アクセル様が守ってくれますから大丈夫です!」
当のアクセルはげんなりとした様子で視線を逸らした。
気づいていないのか、エリカが早口で続ける。
「極点までの道は整備されていませんし、物資の補充もままなりません。でも土地勘がある私なら近道をご案内することもできます! それに、食事や洗濯はどうなさるおつもりですか? 私だってこちらで色々と教えていただいたんです! きっとお役に立ちますから! ねっ? ねっ?」
道はカトルたちがいれば何とかなるし、身の回りのことも問題はない。
エリカを連れていく理由にはならないが……。
「気持ちはありがたいんですけど、観光とかじゃないので……」
「もちろん分かっております! 私はアクセル様をお支えしたいんです!」
目を爛々と光らせる彼女を放っておいて、勝手に隠れてついて来られても具合が悪い。
飛鳥は諦め、肩を落とした。
「分かりました。但し条件があります。絶対に一人にならないこと、アクセルに何かあっても僕の指示に従うこと。約束できますか?」
二つ目は自信がないのか、エリカがぐっと唇を噛みしめる。
アクセルに助けを求めるが、当然彼は目を合わせようともしない。
やがて観念したのか、エリカは『はい……』と呟いた。
「じゃあエリカさんとリーゼロッテも加えて十人だ。さっそく準備に取りかかろう」
「え? 私もいいの?」
と、リーゼロッテ。
「エリカさんを見ててほしいし、リーゼロッテだってその……色々心配だろ?」
「分かった。……ありがと」
それを合図にするかのように、各々が席を立つ。
すると、ユーリティリアがやってきた。
「皇飛鳥、ちょっと来なさい。二人で話がしたいの」
「いいけど、何?」
「二人でって言ってるでしょ、行くわよ」
ユーリティリアと二人で中庭へ出ると、彼女はキョロキョロと辺りを見渡した。
「アニヤメリアがこっそりついて来るかと思ったけど大丈夫そうね」
「アーニャはそんなことしないよ。それで、話って何?」
何か不満があるのか、ユーリティリアは口をへの字に曲げている。
そう言えばちゃんと話したことなかったななんて考えながら、飛鳥は彼女の言葉を待った。
「一つ目はそうね……。一応お礼を言っておくわ、ナグルファルでのこと」
「それなら気にしないでくれ。スヴェリエを攻撃させる訳にはいかなかったし、アーニャの為でもあったから」
急にユーリティリアの目つきが鋭くなる。
「ニーラペルシ様に逆らった時もそうだけど、あんたって本当にあの子のことばかりね」
茶化している訳ではなさそうだ。
飛鳥も真剣な表情で答えた。
「お前も聞いてただろ。僕はアーニャのことが好きだ。僕が戦う理由は、アーニャと一緒にいる為だ。……まぁ、今はそれだけじゃないけど」
「あんた、いつか失うわよ。あんたの命か、あの子の命か。もしかしたら両方かもね」
「それは死神としての予言か? それとも──」
「どちらでもないわ」
ユーリティリアが吐き捨てる。
「私はニーラペルシ様に悲しい思いをしてほしくないだけ。それとヴィルヘルム・ヒルデブラントと一緒にいた奴のことだけど、アニヤメリアが随分と怯えてたそうね?」
「何か知ってるのか?」
問いかけるが、ユーリティリアは首を横に振った。
「いいえ、何も。でも、あの子だって何度も世界を救ってきた女神よ。それがそんなに恐れる相手ってどんな奴なのかしら」
互いに黙り込む。
少しして、ユーリティリアは踵を返した。
「話はそれだけよ。あの子とずーっと一緒にいたいなら強くなりなさい。今度『黒の王』なんかに頼ったら殺すから」
その言葉に思わず笑みが溢れる。
「お前って何かアーニャのお姉さんみたいだな」
ユーリティリアが足を止め、気味悪そうに振り向く。
「冗談が過ぎるわよ。それじゃあね」
去っていく彼女の背中を見ていると、窓の向こうにアーニャの姿が。
アーニャはユーリティリアと話した後、飛鳥の元へやってきた。
「ユーリティリアと何を話してたの?」
「アーニャの為にもっと頑張れってさ。あいつなりに心配してるみたいだよ」
そう伝えると、アーニャは心配そうに振り向いた。
「ユーリティリアが? 落ちてたお菓子でも食べたのかなぁ……?」
そんな犬じゃないんだから。
「二人って姉妹みたいだよね」
「そうかな? 確かに生まれた時期は近いけど……。まぁ、それなら私がお姉ちゃんだけどね♪」
アーニャが胸を張る。
ユーリティリアとは違って何だか嬉しそうだ。
彼女も本心ではそうなのかも知れないが。
「ようやく、ここまで来たんだね」
決意を新たにするようにアーニャが飛鳥の手を握る。
飛鳥は両手で握り返した。
「そうだね。極点に何があるのか分からないけど、僕たちならきっと何とかなるよ。それで、一緒に帰ろう。神界に」
「うん!」
アーニャは初めて会った時のように優しく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます