最終章 救済編

第百四十九話 極点

 飛鳥はベストラの遺体を抱え、中央司令部へ向かった。

 途中、何人もの兵士と出会ったが、皆一様に驚き、飛鳥の纏う気配に圧され道を開けた。

 中央司令部へ辿り着くと見知った顔が。

 フィリップとクラウスである。


「久しぶりだな、英雄殿」


 と、フィリップ。


「お久しぶりです。まずは、彼女を……」


 二人の後ろに控えていた兵士にベストラの遺体を渡す。

 そこへ地響きのような足音が聞こえてきた。


「閣下!! 何故……何故だ……! 何故このようなことに……!」


 やってきたのは、身長は二メートル近くあるだろうか。全身に搭載された筋肉で他の者の何倍も巨体に見える白髪の男であった。

 男は涙を流し、ベストラの頬を撫でる。

 その光景は祖父と孫のように映った。


「ロードストレーム大将……。今は……」

「分かっている!!」


 フィリップを怒鳴りつけ、ロードストレームと呼ばれた男は飛鳥を睨みつけた。


「エール共和国王皇飛鳥殿とお見受けする。私はノア・ロードストレーム、帝国軍大将だ。今は元帥閣下より全軍の指揮を任されている。何があったのか説明いただきたい」

「分かりました」


 有無を言わさぬ激しい怒りに、飛鳥は素直に頷いた。

 元々そのつもりだ。

 ここで彼に会えたことだけは幸運であった。

 ロードストレームに連れられ、飛鳥とアーニャは中央司令部の廊下を進んでいく。

 会議室に通されてすぐ、飛鳥はレーヴァテインを差し出した。

 クラウスが訝しむ。


「何の真似だ?」

「エールはこれ以上ロマノーともスヴェリエとも事を構えるつもりはありません。今戦っている部隊もこの街の安全が確保できればすぐに撤退させます」

「信じろというのか? 一度は我々を裏切った男の言葉を」

「はい。俺たちはこの戦争を終わらせたいだけです」

「ふざけるな!! 貴様が裏切っていなければ今頃──」

「やめろ、ルンド中将」


 ロードストレームがクラウスの肩を掴み座らせる。

 そして、自身も席に着き飛鳥を見据えた。


「皇殿、聞かせてもらえるか。元帥閣下に何があったのか」

「……ベストラさんとの戦闘中にヴィルヘルムと会いました。彼女を殺したのもあいつです」

「なっ……!?」


 フィリップとクラウスは絶句した。

 だが、ロードストレームだけは様子が違う。

 飛鳥は彼に確認した。


「貴方は知っていたんですね。ヴィルヘルムがいなくなったこと」


 二人がロードストレームを見つめる。

 彼は大きく息をつき答えた。


「最初に陛下の失踪に気づいたのは元帥閣下だった。閣下は私に密かに陛下を捜索するよう命じられ、ご自身は戦場に向かわれたのだ」

「その途中で俺たちを見つけて……」


 ロードストレームが頷く。


「陛下は何か仰っていなかったか?」

「いえ、何も」

「えっ……?」


 アーニャが飛鳥の方を向く。

 飛鳥は前を向いたまま続けた。


「色々と聞きたいことがあったんですが、すぐにいなくなってしまって……」

「そうか……」


 ロードストレーム含め三人とも肩を落とす。

 そんな彼らに飛鳥はこう提案した。


「俺たちにもヴィルヘルムの捜索を手伝わせてください。各地にいる獣人や動物たちに情報を集めてもらいます」

「そうやって我々の内情を探るつもりか?」


 クラウスが怒りを滲ませる。

 飛鳥は首を振った。


「戦争を終わらせる為にヴィルヘルムが必要だからです。あいつからスヴェリエに呼びかけてもらわないと」

「そのことだが……」


 と、ロードストレームが割って入った。


「停戦については既にヴェステンベルク公を初めとした貴族たちが動いている。……未確認情報だが、スヴェリエのダリア国王も姿を消したそうだ」

「スヴェリエ国王が? どういうことですか?」


 飛鳥が尋ねるが、ロードストレームが口を開く前にクラウスが遮った。


「大将閣下、これ以上情報を与えてやる必要はありません。グランフェルトを退けたことは感謝する。しかし、我々は最早同盟国ではない。早々に兵を退いてもらおうか」


 フィリップに視線を送るが、クラウスと同じ考えのようだ。

 彼は目を瞑り黙り込んだ。

 誤解されたままなのは辛いが、今はこれ以上話をしても無駄だろう。

 飛鳥はアーニャへ促し、立ち上がった。


「和平交渉が始まったのなら、これ以上俺たちが留まる理由はありません。すぐに国に戻ります」


 三人に見送られ、飛鳥とアーニャは中央司令部を後にした。


「飛鳥くん、どうして嘘をついたの? ヴィルヘルムさんは極点に来いって……」


 マティルダたちとの合流地点に向かう道すがら、アーニャが問いかける。

 飛鳥は神妙な面持ちで答えた。


「何となくだけど、伝えちゃいけない気がしたんだ。極点に行くのは僕らだけで──」

「どうしたの?」

「あー……その……」


 今こんなことを聞くのは格好がつかないなぁと思いつつも、アーニャの腰にある『神ま』を指差す。


「ところで極点って何? 地球の北極や南極みたいな場所がこの世界にもあるの?」

「ちょっと待ってね。……ふふっ」


 アーニャはページを捲りながら楽しそうに笑った。

 恥ずかしくなり、視線を逸らす。

 すると、彼女は飛鳥にピッタリとくっついた。


「ごめんごめん、ずっと緊張してたと言うか……気を張ってたからつい。飛鳥くんのそういうところ好きだよ」

「あ、ありがと……ってえ? 今、す、好きって……?」

「へ? あっ! えっと、その……」


 アーニャの顔がどんどん赤くなっていく。


 聞き間違いかと思ったがそうではないようだ。

 鼓動が速くなる。

 顔が、全身が熱くなっていく。


 アーニャは『神ま』で顔を隠してしまった。

 そんな姿もやっぱり可愛くて。

 飛鳥はゆっくりと『神ま』に手をかけた。

 上目遣いなアーニャと目が合い、心臓が飛び跳ねる。

 彼女はボソボソと弁明した。


「い、今のは……。私はまだ下位神だし、あの……」

「う、うん……。分かってる……」


 途端にアーニャの表情が暗くなる。

 何かまずいことを言ってしまったのではと、飛鳥は焦り出した。

 しかし、彼女は自身を責めるように飛鳥を見つめた。


「最初に、伝えたよね……? 私と飛鳥くんが一緒に旅ができるのはこの一回だけだって……」


 もちろん、忘れてなどいない。

 だが、従うつもりもない。

 アーニャを上位神にする、彼女の為に戦う。そう決めたのだから。


「こんなことを考えるのは、間違ってるの……。神々の使命に、神界のルールに背くようなこと……。でも……」


 アーニャは意を決し、こう言った。


「私は、この旅が終わった後も飛鳥くんと一緒にいたい。飛鳥くんともっと一緒に旅がしたい。飛鳥くんならきっと凄い英雄になれると思うし、何より、わ、私のことを……こんなに……」

「アーニャ……」


 この言葉を待っていた筈だった。

 初めて会った時から、この時をずっと待っていた筈だった。

 なのに、湧き上がってくるのは喜びではなく不安で。


 本当にいいんだろうか。

 アーニャは一度神格を剥奪されている。

 また、同じことが起きたら。

 今度はそれだけで済まなかったら。

 今の自分では最高神はおろか、ニーラペルシに勝てるかも、戦えるかも分からない。


 僕のせいで、アーニャに何かあったら……。


 顔に出てしまっていたのだろう。

 アーニャは微笑み、飛鳥の手を引いた。


「変なこと言ってごめんね」

「ううん、嬉しいよ。ありがとう」


 アーニャに謝らせてしまったことが、気を遣わせてしまったことが、とんでもなく辛くて。


 そこへ飛び抜けてはつらつとした声が響いた。


「飛鳥! アーニャ! 無事だったか!」


 声の方へ目をやると、猛スピードで突っ込んでくるマティルダの姿が見えて。


「マティルダ!? ちょ、ちょっと待っ──」


 しかし、それで止まる彼女ではない。

 マティルダは飛鳥をしっかりと抱きしめた。


「二人とも、帰りを待っていたぞ! 全て滞りなく終わったようだな!」

「うん、マティルダも元気そうで良かった」


 飛鳥が頭を撫でると、マティルダは破顔した。


「ふふふっ。さぁ、帰るぞ! 話したいことがたくさんあるからな!」

「あぁ、帰ろう。エールに」

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