第百四十八話 誘い②

 ベストラの右目を覆っていた眼帯がハラリと地面に落ちる。

 姿を現した真紅の瞳に飛鳥は目を見張った。


 だからこいつの能力が……!


「『精霊眼アニマ・アウラ』、お前も保有者だったのか」

「あぁ」


 互いに相手の剣を弾き、距離を取る。

 ベストラは心底残念そうに目元を押さえ、溜め息をついた。


「数年ぶりだというのに相手が同じ保有者とは。私もついていないな」


 腰を落とし、ベストラがカタナを構える。


「お前のことは報告を受けている。陛下を裏切ったばかりか侵攻までしてくるとは、何が伝説の英雄か」

「その報告は誰から? 随分事実と違ってるな。ヴィルヘルムが俺たちを騙し打ちしたんだ」


 飛鳥に対し、ベストラは鼻を鳴らした。


「裏切り者の言葉など信じると思うか?」

「だから裏切ってないって言ってるだろ! そこを通してくれ! あいつには色々と聞きたいことがあるんだ!」

「言葉でどうにかなる段階はとうに過ぎた。それとも、視えない相手と一対一では戦えないか?」


 飛鳥の纏う雷が黒く変化していく。

 あえて眼帯をつけ直し、レーヴァテインを肩に担いだ。


「さっき俺が恐怖していると言っていたな。『精霊眼アニマ・アウラ』の力だけで俺が雷帝と呼ばれるようになったと思ってるのか?」

「違うのか。ならば見せてみろ」


 一歩ずつ、間合いを詰める。

 先に仕掛けたのはベストラであった。

 突進し、飛鳥の首筋目がけカタナを振るう。


「──ッ!?」


 しかし、刃は届かず、ベストラは困惑したように動きを止めてしまった。

 飛鳥は迎撃するどころか、全く動いていない。

 レーヴァテインも担いだままだ。


「どうした? かすりもしなかったのがそんなに不思議か?」


 飛鳥は両手で柄を握り、レーヴァテインをゆっくりと振り上げた。

 落雷が木を打つように超高速の斬撃がベストラに迫る。

 かろうじて受け止めたベストラの足が地面にめり込んだ。

 ベストラが冷や汗を浮かべながら笑う。


「認識を改めよう」

「ん?」

「やつらの報告は正しかった、ただ足りなかっただけだ。力を隠していたな? 皇飛鳥」


 飛鳥は首を振り、ベストラを蹴飛ばした。


「ぐっ!」

「隠してた訳じゃない。ロマノー相手に使うつもりも、理由もなかっただけだ」


 レーヴァテインを下ろし、話を続ける。


「お前ほどの実力者なら分かるだろ? 俺たちを通してくれ」

「確かに」


 ベストラは汗を拭い、立ち上がった。

 カタナを正眼に構える。


「勝てない相手に挑むなど愚か者のすることだ。だが一度戦場に身を投じた以上、命を懸けなければならない時が必ずくる。私にとっては今がその時だ」

「命を懸けるなんて、それこそ愚か者のやることだよ」

「何だと……!」


 怒りを見せるベストラに、飛鳥は問いかけた。


「じゃあ聞くが、未練はないのか? この国の未来を見たいとは思わないのか? それ以上に……」


 意識をアーニャに向ける。


「失いたくない人はいないのか?」


 カタナの切っ先が僅かに揺れたのを飛鳥は見逃さなかった。


「だったらそんな戦い方はしちゃいけない。逆もそうだ、お前が死んだら悲しむ人たちがいる。勝手に命を懸けるなんて許されないんだ」


 ベストラが押し黙る。


 アーニャが死ぬなんて耐えられないし、自分が死ぬのも絶対に嫌だ。

 彼女だけじゃない。

 ここで死んだらマティルダたちを悲しませてしまう、それだって絶対にご免だ。

 自分勝手すぎるのは分かっている。

 でも、その為なら何だってやってやる。

 『黒の王』の力だろうと、アークだろうと全てを使って生き残る、皆を守り抜く。

 そう決めたんだ。


「もう一度だけ言う。そこを通してくれ、俺たちはこの戦争を止めたいだけなんだ」


 ベストラの視線が兵に向かう。


「お前たち、撤退しろ」


 兵たちは辛そうな表情を浮かべたが、飛鳥とアーニャは胸を撫で下ろした。

 だが、続けて出てきたベストラの言葉に、飛鳥は耳を疑った。


「その女の戦力などたかが知れている、放っておけ。私が雷帝を止めている間にギーゼラの力を使えとロードストレームに伝えろ」


 アーニャを包囲していた兵が走り出す。

 飛鳥は怒鳴り声をあげた。


「待てッ! 話を聞いてなかったのか!? 俺たちが戦う理由はないッ!!」

「あるんだよ!!」


 ベストラが叫ぶ。

 彼女の感情に呼応するように『精霊眼アニマ・アウラ』が輝き、エレメントが紫電へ変化した。


「本当にイライラするやつだ……! 元はお前がエールを頼らなければ、おとなしく我々の戦力として戦っていればこんな事態にはなっていない。アクセル・ローグのこともだ……!」


 突然飛び出た名前に、飛鳥もアーニャも眉を寄せた。


「アクセル……? どうして今あいつの名前が出てくるんだ。お前、アクセルと知り合いなのか?」

「……いや、何でもない。それよりも眼帯を外せ、私を視ろ。私には視えているぞ? どうすればお前を殺せるか」

「──これは……!?」


 刺すような痛みが右目を襲う。

 眼帯の隙間から金色の光が漏れ出した。

 アーニャが息を呑む。


「飛鳥くん、アークが……!」

「『終焉の王フィニス・レガリア』……!? どうして……!?」


 ニーラペルシに封じられた筈の『終焉の王フィニス・レガリア』が発現し、ベストラの情報を読み取っていく。


「そうか。お前、そこまで……!」


 エレメントも『精霊眼アニマ・アウラ』も元々は精霊のものだ。

 そして、エレメントの強度や純度は使用者の感情によって大きく左右される。

 なら、同じ精霊由来の『精霊眼アニマ・アウラ』はどうか。

 感情によって能力が変化したり、


「プリムラから聞いたぞ、お前は相手のエレメントの流れが視えるそうだな。やつは世界の真理を視通す『精霊眼アニマ・アウラ』などと言っていたが……」


 ベストラが笑う。

 先ほどまでとは異なる、自信に満ちた笑みを浮かべる。


「それでは不公平だ。私の能力は──」

「いいよ。もう視終わったからな」

「そうか」


 ベストラはカタナを逆手に持ち、飛び上がった。

 全身に紫電を纏い突っ込んでくる。

 それを避け、振り向いた時には既に目の前まで刃が迫っていた。

 上体を反らし、躱す。

 飛鳥は防御術式を唱えるアーニャに向かって叫んだ。


「アーニャ! こいつに防御は通じない! 隠れていてくれ!」


 ベストラの能力は、『彼女が斬りたいと思ったものを斬る』というものらしい。

 レーヴァテインで受け止めることもできない。

 防御術式やエレメント強度の差も関係ない。

 一対一でしか使用できないという制約があるとはいえ、間違いなく必殺の能力だ。


「さすがだな、雷帝。今の私に斬れぬモノはない」

「そうみたいだな。でも──」


 飛鳥は一歩一歩踏みしめるようにベストラに近づいていく。

 その姿は構えと呼べるものではなく、隙だらけだ。

 誘われるように、ベストラは紫電を迸らせながら空中を駆けた。


「お前じゃ俺には勝てない」


 カタナが斬ることを拒んだかのように、刀身が飛鳥のすぐ横を貫く。

 飛鳥は絶句するベストラの顔を掴み、近くの建物に投げつけた。


「がっ!? おのれ……!」

「これで分かっただろ」


 レーヴァテインが咆える。

 黒い雷が巨大な刃となり辺り一帯を薙ぎ払った。

 ベストラが瓦礫の下から這い出る。

 彼女の瞳に諦めの色はない。


「まだだ……! 私はこの国を護る剣だ……! こんなところで、負けて──」


 その瞬間、白刃がベストラの胸を貫いた。

 飛鳥が目を見開く。


「なっ……!? どうして、お前が……!?」

「久しぶりだな、飛鳥」


 そこに立っていたのは、ヴィルヘルムであった。

 彼の傍らには、真っ白いローブで全身を覆った人物の姿が。

 フードを目深に被っている為、性別は分からない。

 飛鳥はその人物に釘づけになってしまった。


 『終焉の王フィニス・レガリア』に何も映らない……!? こいつは、何者なんだ……!?


 心臓を鷲掴みにされたような気持ちの悪い感覚に呼吸が荒くなる。

 飛鳥は胸を押さえながら、声を絞り出した。


「ヴィルヘルム……。そいつは一体……!」

「久しぶりに会ったのに、俺よりこいつが気になるのか? もっとこう、色々と質問されると思ってたんだけどな」


 ヴィルヘルムの言う通りだ。

 聞きたいことも言いたいこともたくさんあるのに言葉が出てこない。

 飛鳥の様子にヴィルヘルムは笑った。


「まぁいいか。どの道ここで長話をするつもりはないからな。極点に来い、飛鳥」

「極点……?」

「あぁ。ちゃんと全員連れてこいよ。そこで全て話してやる」


 ヴィルヘルムは剣を鞘に納め、背を向けた。

 思わず呼び止める。


「待て! その剣は焔恭介の……! どうしてお前が持ってるんだ」


 ヴィルヘルムは振り向かない。


「ここで話をする気はないって言っただろ? それじゃあな」


 友人に別れを告げるような口調でそれだけ言い残し、ヴィルヘルムとフードの人物は光に包まれ姿を消した。


「飛鳥……くん……」

「アーニャ!? どうしたんだ!?」


 地面にうずくまり、震えるアーニャを見つけ、急いで駆け寄る。


「大丈夫!? 真っ青だけど……」

「怖い、よ……」

「え?」

「ヴィルヘルムさんと一緒にいた人……。あの人は何なの……? 怖いよ、飛鳥くん……」

「大丈夫、大丈夫だから。僕がついてるから。……行こう、皆と合流しないと」


 飛鳥はアーニャをしっかりと抱きしめた。

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