第百四十五話 門が開く時②
アクセルの蹴りを受け、クリスティーナを包み込んだ闇の繭が岩に激突する。
繭の中は高強度のエレメントで満たされていて囚われた者は身動き一つできない。
そこへ更に数トンもの衝撃が加わったのだ。
クリスティーナの状態は想像に難くない。
「恨んでくれても構わねぇ。だが、あいつらをてめぇの戦いに付き合わせたくないんでな」
繭が帯状に一枚、また一枚と解けていく。
中を確認しようと近づいていくが、突如現れた氷剣にアクセルは仰け反った。
喉元に僅かに血が滲む。
「何ッ……!?」
「恨むだなんてとんでもない」
繭の中から聞こえてきた声にアクセルは愕然とした。
クリスティーナは五体満足どころか、その体にはかすり傷の一つすらない。
馬鹿な……!? 確かに手応えが……!
アクセルの心を恐怖が満たしていく。
反対にクリスティーナは頬を紅潮させ、トロンとした目つきでアクセルを見つめた。
彼女の周りの空気まで華やいだように感じられる。
「ようやく見つけましたわ……」
「……あ?」
艶のある声を漏らすクリスティーナに、アクセルは警戒心を露わにし身構えた。
次の瞬間、クリスティーナの姿が消える。
迎撃しようと動いた時には既に遅く、アクセルはクリスティーナに組み敷かれてしまった。
身を捩るがビクともしない。
くそっ! 何だこの力は……!?
クリスティーナが息がかかるほど顔を近づけ囁く。
「
「はぁ?」
思いもよらない言葉にアクセルは珍しく間の抜けた声を発した。
クリスティーナの様子は変わらない。
舌舐めずりし、再びこう告げた。
「貴方こそ
「……嫌だと言ったら?」
途端にクリスティーナの瞳に冷たい光が宿り、アクセルの顔面を殴りつける。
「がっ!」
「貴方に拒否権はありませんわ」
それからクリスティーナは何度も何度もアクセルを殴った。
「えぇ、そうですわ。
「ここまで、ぶっ飛んだイカれ野郎だったとはな……」
するとクリスティーナは殴る手を止め飛び退いた。
両の頬に手を当て、恥ずかしそうに体をくねらせる。
「そんな風に褒めていただけるなんて……。
「褒めてねぇよ! どう聞いたらそうなるんだ!?」
「つまりこの戦いが
「話を聞け!!」
アクセルは起きざまに地面に手を当てた。
地面から木の根が何本も突き出しクリスティーナを締め上げる。
そんな状況にも関わらず、クリスティーナは益々嬉しそうに笑った。
「こういう性的嗜好がおありなのかしら?」
「んな訳あるかッ!!」
アクセルは意識を集中させ、エレメント強度を引き上げていく。
それを迎え撃とうと、クリスティーナの体についたアクセルの返り血が彼女の手に集まり赤い氷剣に変化した。
木の根を断とうと氷剣を構える。
「こんな物で
「思ってねぇよ。それより、周りが見えねぇのか?」
互いの周囲にある木々がへし折れ、地面が割れる。
アクセルの重力操作によって巨大な重力がクリスティーナにのしかかった。
この中で立っていられるだけ大したものだ。
普通の精霊使いならあっという間に押し潰され、地面の染みに変わっていただろう。
だが、クリスティーナの腕が動いたかと思うと彼女を締めつけていた木の根が破裂したように切り裂かれた。
そのままゆっくりとアクセルに近寄っていく。
アクセルは狼狽した。
「俺の……エレメントが……」
通じないのか……?
「いえ、十分過ぎるほどの威力ですわ。先ほども今も、一瞬でも気を抜いていたら
アクセルの心中を見透かしたかのようにクリスティーナがニコリと笑う。
彼女の笑顔はとても戦闘中とは思えないほど明るく朗らかで。
まるで大好きな人とのデートを楽しむ乙女のようだ。
「むしろ逆。アクセル、貴方はまだ本当の全力を出せていませんわ。もしかして、雷帝や獅子王から殺しを禁じられているのかしら?」
「俺はやつらの家臣じゃねぇ。そうだったとしても従う気はねぇな」
「なら……血に塗れた己を見せたくない相手でも?」
アクセルは口を固く結び、クリスティーナに鋭い視線を向ける。
「ふふっ、そうでしたのね」
クリスティーナは意外そうな反応を見せたが、すぐに狂気に満ちた表情を浮かべた。
激しい怒りがアクセルの全身を焼く。
「てめぇ──」
「ご安心を。そんな安い挑発はいたしませんわ。他人に引き出された本気など所詮は偽りのもの。本気の力というのは極限状態の中で自ら手にしてこそ意味があると思いませんこと?」
クリスティーナの言葉にアクセルは肩を落とした。
「悪ぃがてめぇの言葉には何一つ同意できねぇな」
「あら、残念。ですが構いませんわ、これからゆっくり時間をかけて互いを知りましょう? 時間はたっぷりありますものね」
アクセルは何も言わず地面を蹴る。
そしてクリスティーナの後ろを取り、回し蹴りを放った。
同時に氷剣が動く。
「ッ!」
互いの攻撃がぶつかり合う瞬間、アクセルは突如軌道を変え剣身の側面を弾き、舌打ちした。
あのままだったらグレイプニルだけでなく右足を斬り飛ばされていただろう。
アクセルの動きにクリスティーナは満足げに頷いた。
「いいですわよ、アクセル。先ほどよりも動きにキレがありますわ」
「うるせぇ。気安く呼ぶなって言ったよなァ? あ?」
苛立ちを隠さないアクセルにクリスティーナがケラケラと笑う。
そこへヴェルダンディの悲鳴が聞こえてきた。
アクセルが思わず振り向く。
「何だ!? ──あれは……!?」
目の前に広がる光景に、アクセルは目を疑った。
エール軍の兵力はヴァルキュリア隊の三倍、しかもマティルダやアンカーも太鼓判を押す精鋭たちだ。
なのに、その彼らがほとんど一方的に攻撃を受けている。
「どうなってんだ!? これじゃ……まるで……」
「アクセル、どこを見ていますの?」
背後から怒気を含んだクリスティーナの声が響く。
振り向きざまに氷剣を受け止めるが、力負けしアクセルは木に叩きつけられた。
「ぐぅっ!」
「アクセル。
「てめぇ、何しやがった。あれじゃ……てめぇの部下共は……」
そう、あの力強さと素早さ、ヴォーダンたちでも太刀打ちできないほどの莫大なエレメント。
あれでは、ヴァルキュリア隊一人一人が──。
「なぁに? アクセル。まるで全員が
「……まさか、あれがてめぇの
アクセルの問いに、クリスティーナはゆっくりと首肯した。
「えぇ、名を『
「何だそりゃ……!? ふざけるな! てめぇと同等だと? 連中の体が保つと思ってんのか?!」
「いいえ? 当然戦いが終わった瞬間に過負荷で死にますわ。時々運良く重傷で済む者もいますけど」
クリスティーナの口調は酷く軽い。
「でも貴方には関係のないことでしょう? 彼女たちは皆、国を守りたいと自ら望みましたの。
「だとしてもだ! 今すぐ能力を解除しろ! 部下を何だと思ってやがる!」
アクセルはおぼつかない足取りで立ち上がり、クリスティーナに掴みかかった。
「貴方だってボロボロなのに、可愛い人ですわ」
クリスティーナがアクセルの頬に優しく触れる。
その様にアクセルの怒りが頂点に達した。
「黙れッ!! てめぇも一軍の将なら分かるだろう!! 確かに任務達成が最優先だ!! だが部下を無闇に危険に曝す必要はねぇ!!」
「任務? 何のことですの?」
「あ……?」
不思議そうにこちらを見つめるクリスティーナにアクセルは困惑した。
「『
「なっ……」
アクセルは声を震わせながら尋ねた。
「じゃあ、てめぇが帝都を目指してんのは、俺たちと……」
「えぇ! さすがは
クリスティーナがとびきりの笑顔でアクセルを抱きしめる。
反対にアクセルは苦悶した。
何をどうすれば、こんな人間が出来上がるんだ……?
自分だって褒められた人間ではない。
大罪を犯しながら生にしがみつき、大切なヒトと共に生きたいなんて願ってしまった。
その為に今も誰かを傷つけ、誰かの想いを踏みにじりながら戦い続ける、とんでもなく身勝手で醜い人間だ。
それでも、クリスティーナのことは理解ができない。
どんな人生を歩めばこんな化け物が生まれるのか想像もつかない。
「……化け物、か」
「何か言いまして? アクセル」
「邪魔だ……。離しやがれ!」
アクセルはクリスティーナを突き飛ばし、ヴォーダンたちの元へと走り出した。
氷剣がクリスティーナの手の中でより鋭利に、より冷たく変化していく。
「アクセル、酷い人。
クリスティーナは一瞬でアクセルに追いつき、剣を振り上げた。
アクセルは振り向かない。
これ以上、失う訳にはいかねぇんだよ……!
届け、届け──。
ヴォーダンたちに向かって思いっきり腕を伸ばす。
「届けええええええええええ!!」
背後から凶刃が振り下ろされた。
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