第百四十話 奇蹟③

 青い炎を抑え込まんとアウルゲルミルが手を伸ばす。

 だが、指先が触れた瞬間、アウルゲルミルの手首から先が蒸発してしまった。

 痛みを感じていないのか反応はない。

 アウルゲルミルが手首をジッと見ていると、手が再生し始めた。


「させるか」


 恭介がアウルゲルミルにロンギヌスを向ける。

 穂先から熱線が撃ち出され、再生しかけていた手ばかりか肩まで消し飛ばした。

 やはりアウルゲルミルの様子に変化はない。

 腕の再生をしつつ、ナグルファルに訪れた脅威──恭介に向かって反対の腕を振り下ろした。

 恭介に躱され地面に打ちつけられた拳から膨大な量のエレメントが溢れ出す。

 その衝撃は地面だけでなく空間全体を揺らし、宙に浮いている飛鳥と恭介にも襲いかかった。


「くそっ! 何てやつだ!」


 建物の屋根に降り立ち、飛鳥は吐き捨てた。

 『精霊眼アニマ・アウラ』に映るアウルゲルミルの情報が次々に更新されていく。

 物質世界に放たれた影響か、アウルゲルミルは成長を続けていた。

 最早アルヴァとの繋がりも切れかかっている。

 このまま成長を続ければ、やがてティルナヴィア全体を覆い尽くしてしまうだろう。

 そうなれば人間も獣人も関係ない。

 今在る種では生きることのできない世界に変わってしまう。


 アウルゲルミルの頭部目掛け、ロンギヌスが先ほどよりも強力な熱線を撃ち出した。

 防ぐ間もなく、アウルゲルミルの首から上が吹き飛ぶ。

 しかし、すぐに再生を始めたのを見て、恭介はロンギヌスを握る手に力を込めた。


「ロンギヌスの炎を受けても尚存在を保つとは厄介だな」

「焔……!」


 飛鳥が唇を噛みしめる。

 恭介の口調にどこか悦びのようなものを感じたからだ。


「だが次で終わりだ。お前だけではない、いっそロマノーもまとめて消し去ってやろう!」

「待て! 焔!」


 渦のように広がっていく青い炎に向かって飛鳥は飛び上がった。

 襲いくる炎を斬り裂きレーヴァテインを振り下ろす。

 飛鳥の一撃を受け止め、恭介は微かだが間違いなく笑みを浮かべた。

 それを見て頭にカッと血が上る。


「戦いがそんなに楽しいか!?」


 恭介の腹を蹴り飛ばし、飛鳥は力任せにレーヴァテインを叩きつけた。

 自分でも意識していなかったのか恭介が戸惑いを見せる。


「違う……! さっきも言った筈だ! 俺はあの女とは違う!」


 途端にロンギヌスの炎が弱まり始めた。

 恭介の顔がこわばる。


「これはどういうことだ……!? おい! ロンギヌス!」


 そうか、この槍は……。


 『精霊眼アニマ・アウラ』が読み取った情報で飛鳥は納得した。

 今の恭介の状態ではロンギヌスの力を引き出すことはできない。


「焔……」


 直後、何かが陽の光を遮り影を作った。

 見上げるのが早いか、アウルゲルミルの拳が二人を捉える。

 山のように巨大な拳に殴られ、飛鳥たちは地面に叩きつけられた。


「か……はぁ……っ」

「ぐぅっ、この……!」


 全身の酸素が無理やり押し出され、二人の口から掠れ声が漏れる。

 体が痺れ、力が入らない。

 五体満足なままなのが不思議なくらいだ。

 アウルゲルミルの指に炎と氷が宿る。


「──ッ! まずい!」


 二人は体の痛みを押し、機関銃マシンガンの弾丸のように降り注ぐそれらを避けようと走り出した。

 一発一発が高位の攻撃術式並みの威力だ。

 ばら撒かれた炎と氷に行く手を阻まれ、飛鳥は渾身の力でレーヴァテインを振り抜いた。


「奴を……立ち塞がる全てを破壊しろ! レーヴァテイン!!」


 黒い雷撃が辺り一面を引き裂き、アウルゲルミルの両手を弾き、顔面を打ち、天高く昇っていく。

 アウルゲルミルの動きが止まった隙に飛鳥は恭介の腕を引っ張った。


「こっちだ! 一旦退くぞ!」

「俺に触るな!」

「言ってる場合か! 早くしろ!」


 走ること十数分、アウルゲルミルから離れ二人はへたり込んだ。

 アウルゲルミルに動きはない。

 恭介はやや苛立ったように口を開いた。


「俺たちには興味なし、か」

「スヴェリエを倒す為に用意したものだしな。それにあの規模だ、人間一人を標的にするようにはできてないんだろ。それより──」

「……ロンギヌスのことか」


 恭介が輝きを失ったロンギヌスを見つめる。


「その槍はスヴェリエを守りたいという想いに反応する。てか元々王家のものだろ? 何でお前が持ってるんだ?」

「俺にも詳しい理由は分からん。ただ……ダリア陛下には扱うことができず、俺が使い手として選ばれた」

「そのお前も使命より戦い自体を優先して槍が反応しなくなったと」

「黙れ! 俺の力は陛下の為にある! 戦いは手段でしかない!」


 掴みかかってきた恭介の手を解き、飛鳥は溜め息をついた。

 これ以上言っても無駄だろう。

 今はロンギヌスという脅威がなくなっただけで十分だ。


 恭介がロンギヌスを地面に突き立て聞いてきた。


「それで、これからどうする? いや待て、そもそも何故お前がロンギヌスのことを──そうか、それがお前の『精霊眼アニマ・アウラ』の力か」

「お前が俺だったらこんな状況でも答えないだろ」


 飛鳥が恭介に目だけ向ける。

 恭介は苦々しげに舌打ちをした。

 初めて会った時の機械のような冷静さがない。


「なぁ、あの女って誰のことだ? お前をそこまで怒らせるんだ、水城のどかじゃないよな?」


 聞いておいて何だが答えたくないのだろう。

 恭介は固く口を結んでいたが、やがてこんなことを言い出した。


「皇、お前にとって強さとは何だ。真の強者とは、どういう存在だと思う?」

「真の強者? 何だそれ?」

「いいから答えろ!」


 すごい剣幕で怒鳴られ、飛鳥は眉を寄せた。


 強さ、か……。


 その単語を聞いて思い浮かんだ人たちのことを考える。

 皆に共通しているのは。


「……守りたいものの為に自分の全てを賭けられること、かな」


 恭介は黙って続きを待っている。


「もちろんそんなことを続ければ、いずれは他人とぶつかるし、取り返しのつかないことになるかも知れない。まぁ、実際今こうしてぶつかってる訳だけど……」

「お前にはあるのか? 全てを賭けて守りたいものが」

「もちろん、あるよ」


 ティルナヴィアで出会った人たちだけじゃない。

 神界にいるニーラペルシやステラだって仲間みたいなものだ。

 そして、その中心にはいつも彼女がいて。


「そうか」


 恭介が立ち上がり剣を抜いた。


「ボサっとするな、アウルゲルミルを倒すぞ」


 恭介の体から青い炎が立ち上る。

 そこにいたのはエールで戦った時と同じ、恐ろしいまでの威圧感を湛えた『焔王』であった。

 飛鳥も立ち上がりレーヴァテインを握る。


「あぁ、それじゃ行こうか」


 二人の気配にアウルゲルミルが振り向く。

 アウルゲルミルはこの短時間で更にその存在を増していた。

 ロンギヌスは輝きを失ったままだ。

 だが、アウルゲルミルは二人を脅威と認識したらしい。

 両の拳から溶岩のような炎を放った。

 恭介が薙ぎ払い告げる。


「炎でこの俺を上回れると思ったか?」


 恭介は両手で剣を振り下ろした。

 青い炎が巨大な斬撃となりアウルゲルミルの胸を抉る。

 恭介は上空を見上げ叫んだ。


「皇! 仕留め損ねるなよ!」

「分かってるよ」


 空に暗雲が立ち込め、稲光と共に轟音が鳴り響く。

 その中を突き抜け、飛鳥はレーヴァテインを構えた。


「はああああああああああっ!!」


 黒い雷撃と化したレーヴァテインがアウルゲルミルを撃つ。

 そして、抵抗させる間もなくアウルゲルミルを両断した。

 アウルゲルミルの全身がボロボロと崩れていく。

 それを見届け、飛鳥は大きく息を吐き出した。


「助かったよ、ありがとう」

「礼を言われる筋合いはない。俺はスヴェリエを守っただけだ」


 直後、巨大な揺れと共にナグルファルが崩壊を始めた。


「アーニャ……! そうか、ユーリティリアを助け出せたのか。焔! 脱出するぞ!」

「あぁ!」


 二人は東方司令部の建物目指し走り出した。

 揺れがどんどん激しくなっていく。

 その時、『神ま』にアーニャの居場所が浮かび上がってきた。


「焔、こっちに──」


 飛鳥が振り向いたのとほぼ同時、地面が割れ恭介が空中に投げ出された。


「焔!!」


 恭介を助けようと腕を伸ばす。

 しかし、恭介は鞘で飛鳥の手を払った。


「なっ──!?」

「覚えておけ、皇。次こそ決着をつける。お前とも、マティルダ・レグルスともだ」


 恭介の笑みは決意に満ちていて。

 飛鳥はそれ以上何も言うことができなかった。


「焔……。──あっ……!?」


 エレメントが消え、全身の力が抜ける。


 アーニャ……!


 意識が遠のいていく。

 遠くから地鳴りのような笑い声が聞こえた気がした。


「見届けさせてもらったぞ、飛鳥」


 踏みとどまった飛鳥の顔が狂気と狂喜に染まる。

 そこへユーリティリアを抱えたアーニャがやってきた。


「飛鳥くん! 良かった、無事だったんだね! ユーリティリアも助けたか、ら……?」

「俺が動くまでもなかったか。ご苦労だったな、女神」


 アーニャの顔が真っ青になる。


「貴方、は……」

「貸せ」


 怯えるアーニャを無視し、『黒の王』はユーリティリアをひったくり肩に担いだ。


「何をするんですか!? 飛鳥くんはどこ!?」

「やかましい」


 『黒の王』はアーニャを脇に抱えナグルファルの縁に立った。


「説明は後だ」

「ちょ、ちょっと待ってください! 三人を地上に降ろすだけのエレメントはもう──」

「元よりお前に期待などしていない」


 トンっと『黒の王』が地面を蹴る。


「待っ……いやああああああああああああああああああああ!!!??」


 地響きをかき消すほどのアーニャの悲鳴が響き渡った。

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