第百三十八話 奇蹟

「このっ……いい加減にしろ!」


 飛鳥の怒声と共にレーヴァテインが雷撃を放った。

 周囲の建物ごと巨人と死兵の一団が消滅する。

 もう何度目か分からない襲撃に飛鳥は苛立ちを見せた。


 早く焔を止めてアーニャのところに行かないと……!


 『神ま』を開くが、アーニャからの連絡はない。

 飛鳥は益々焦りを募らせた。


 敵は焔恭介だけではない。

 ソフィアの話では、ナグルファルが起動している間アルヴァは操縦席から離れられないらしい。

 だが、ナグルファルの起動自体ソフィアの想定外だ。

 もし起動した状態でもアルヴァが自由に動けるよう改良されていたら?

 ロマノーにはソフィアの父スヴェンがいる。

 伝承武装の大元になった術式はスヴェンの物だ、彼なら伝承武装の改良も簡単にやってのけるだろう。


 ヴィルヘルムの宮殿でのアルヴァとの戦いを思い返す。


 油断があったとは言え、彼の実力は本物だ。

 格闘術だけならアクセルにも匹敵する。


「アーニャ……」


 もしアーニャが負けたら。

 怪我で済めばまだいいが、万が一のことがあったら──。


 しかし、大きな溜め息をつくと、飛鳥は自身の頬を思いっきり殴った。


 何を考えているんだ、俺は。

 アーニャが大丈夫だって言ったんだ、信じられなくてどうする!

 今、俺がやるべきなのは──。


 再び、天を衝くように炎柱が立ち昇る。

 熱風に煽られながらも、飛鳥はその方向をジッと見つめた。

 飛鳥の気持ちに応えるように、レーヴァテインが輝きを放つ。

 新たに現れた一団を気に留めることもなく、飛鳥はゆっくりと歩き出した。


「……レーヴァテイン」


 レーヴァテインが撒き散らす雷撃が死兵を撃つ。

 そして、ようやく飛鳥は街の中心付近へと辿り着いた。

 眼前には一際大きな巨人が二体。

 巨人たち目掛け、炎が迸る。

 それに合わせるように、飛鳥はレーヴァテインを振り抜いた。

 巨人たちの上半身が消し飛び、残った部分がボロボロと崩れていく。

 飛鳥は焼けた大地に立つ男──焔恭介に声をかけた。


「久しぶりだな、焔」

「やっと来たか。待っていたぞ、皇」


 以前とは違う恭介の様子に、飛鳥は眉をひそめる。


「たった数ヶ月で、何か変わったな。お前」

「何だと?」


 二人を囲むように湧き出た死兵には一瞥もくれず飛鳥は続けた。


「そんな風に戦いを楽しむようなタイプじゃなかっただろ。スヴェリエ王から受けた使命はどうした?」

「──ッ!!」


 恭介の顔が怒りで歪む。


「お前も同じことを言うのか……! あの女と……!」

「あの女?」

「違う! 俺を……やつと一緒にするな!!」


 恭介の纏う炎の色が白く変化していく。

 『精霊眼アニマ・アウラ』に映ったエレメントに飛鳥は狼狽えた。


「ちょっと待ってくれ! 一体どうしたんだ!? あの女って──」

「黙れッ!!」


 恭介が飛鳥に剣先を向ける。


「ここで決着をつけるぞ……! 皇……!」

「……何があったのか知らないけど、そんな状態で俺を倒せると思っているのか?」


 高ランクの精霊使いでなければ発現できない白炎。

 恭介がそれを扱うこと自体は不思議ではない。

 問題は『精霊眼アニマ・アウラ』に映った歪さだ。

 焦り、恐怖──エールで戦った時の彼にはなかった真っ黒い感情が白炎の裏側に見て取れる。

 人間が幸せに暮らせる世界を創る、愚直なまでの真っ直ぐさは今は感じられなかった。

 彼自身それを理解しているのだろう。

 何度か肩で息をした後、一度大きく深呼吸した。


「お前はまだ……」

「ん?」


 恭介が顔を上げる。

 先ほどより幾分かは冷静さを取り戻していた。


「本気でこの戦争を止められると思っているのか?」

「できるできないの話じゃない。止めないと、人間か獣人のどちらかが滅ぶことになる」

「滅ぶのは獣人だ。それ以外の未来は俺が許さん」

「許さん、か……。なぁ、聞きたいことがあるんだけど」


 初めて戦った時に浮かんだ疑問。

 その答えを聞く為、飛鳥は構えを解いた。

 恭介が訝しむような表情を浮かべる。


「何だ?」

「人間だけの世界を創るってスヴェリエ王からの命令なんだろ? もしそれが実現したとして、その後お前はどうするんだ?」

「そんなことか。スヴェリエを、陛下の治世を守り続けるだけだ」

「だけって……。じゃあ今みたいにまた戦争が起こったら? その時の相手は人間だぞ?」

「陛下が倒せと仰るなら相手が誰であれ実行するまでだ。分かりきったことを聞くな」

「焔、お前……」


 それじゃあ今と何も変わらないじゃないか。

 自分がめちゃくちゃなことを言っている自覚はあるんだろうか。


「話は終わりか? ならば構えろ」

「そう焦るなよ、聞きたいことはまだある。──お前らもな!」


 襲いかかってきた死兵に向かってレーヴァテインを振り上げる。

 空から何十本もの雷撃が降り注ぎ、尽くを焼き払った。


「スヴェリエ王のやりたいことは、納得はできないけど理解したよ。それで? お前自身は獣人のことをどう思っているんだ? 憎んでいるのか?」

「当然だ」

「ちなみにそれって、国策として反獣人教育を受けた結果とかじゃなく──」

「俺を命令だけで動く人形か何かだと思っているのか? 実際に獣人と関わった結果だ。……あぁそうだ、獣人はヒトではない! 理性のない劣等種族だ!」


 恭介の瞳に怒りが灯る。

 マティルダを狙った時にも見せなかった激しい怒りだ。


 こいつ、やっぱり……。


「昔、獣人と何かあったのか?」


 恭介は答えない。

 『槍』を地面に突き刺し、剣を構え突進してきた。

 嵐のような炎に飛鳥も勢いよく地面を蹴る。


「其の動くこと──」

「侵掠すること──」


 音速を超える斬撃がぶつかり合う。


「雷帝の如し!!」

「焔の如く!!」


 遅れて発生した衝撃波が周囲の一切を薙ぎ払い、真正面から激突したエレメントは遥か上空で爆発を起こした。

 災害にも匹敵する状況の中で、二人は鍔迫り合いをしたまま互いを睨みつけている。


「答えたくないならこれ以上聞くつもりはない! でもお前も、スヴェリエ王も間違ってる! お前たちは俺が止めてみせる!」

「お前に俺の何が分かる!!」

「何も言わないんだから分かる訳ないだろ!!」


 無尽蔵に生み出される巨人も死兵の群れも最早何の意味も成さなかった。

 二人を中心に斬撃とエレメントが結界のように広がり、近寄ることすら叶わない。

 その時であった。

 激しい縦揺れが起こり、二人は膝を折った。


「地震!? いやでも、空中でそんな……」


 辺りを見回し、飛鳥は目を見張った。

 周りにいた巨人と死兵たちが泥のように地面に溶けていく。

 これまでとは明らかに違う状況に、恭介も警戒心を露わにした。


「何が起こっている……?」


 再び足元から大きな揺れが伝わってきた。

 だが、それは地震と言うよりも──。


「足音……? 違う、これは……」


 まるで卵の中から殻を破ろうとしているような不規則な打撃が二人を襲う。

 『精霊眼アニマ・アウラ』に流れ込んできた情報に、飛鳥は思わず叫んだ。


「焔! 気をつけろ! 何か出てくるぞ!」

「分かっている!」


 街の中心、舗装された地面を突き破り拳が現れた。

 その余りの大きさに、さすがの二人も言葉を失ってしまった。

 巨大な岩のようなんて言葉じゃ足りない。

 大地が隆起したと言っても過言ではない規模だ。


「何で……ナグルファルにこんな伝承が備わっているんだ……!?」


 十数キロ離れた場所からもう片方の拳が顔を出す。

 唖然とする二人を余所に、更にそこから腕、頭とは物質世界を侵食するかのように姿を現した。

 飛鳥が震える唇でその存在の名を口にする。


「原初の巨人……アウルゲルミル……!」

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