第百三十六話 奪還

 ──時間は遡る。


 伝承武装が一つ、天空要塞ナグルファル。

 ロマノー帝国軍東方司令部が置かれているケニヒスベルクを街丸ごと武装化した最大規模の伝承武装だ。

 その名が意味するのは『死の舟』、文字通りスヴェリエ王国に死を撒く為に造られた兵器の南端に立ち、飛鳥はレーヴァテインを構えた。

 剣身に渦巻く雷のエレメントが眩い光を放つ。


「咆哮せよ──」


 飛鳥は集まってきた巨人と死兵の大軍を睨みつけた。


「レーヴァテイン!!」


 轟音と共に一条の雷撃が駆け抜ける。

 百を超える大軍は一瞬で灰となり、辺りは静寂を取り戻した。

 レーヴァテインを下ろし、飛鳥がアーニャに声をかける。


「アーニャ、怪我はない?」

「うん、大丈夫。ありがとう」


 アーニャが微笑むと、飛鳥もホッと息をついた。

 しかし、すぐに鋭い眼差しを北の方へ向ける。


「ソフィアさんの話だと、ユーリティリアは東方司令部の地下、隠し通路の先にいるんだよね?」


 飛鳥の問いに、アーニャは『神ま』を開き頷いた。


「普段使われてる食料保存庫じゃなくて資料室から下りていくみたい」

「それじゃあ行こう。ユーリティリアを助けて、ナグルファルを止めないと」


 足早に歩き出した飛鳥の腕をアーニャがギュッと掴む。

 転びそうになるのを何とか耐え、飛鳥は不思議そうに振り向いた。


「アーニャ?」

「ユーリティリアのところには私一人で行く。飛鳥くんは焔恭介を止めて」


 アーニャの言葉に、飛鳥は目を見開いた。


「そんな! 一人じゃ危険だよ! アーニャに何かあったら……」

「心配してくれてありがとう。でも、ユーリティリアを助ける前にナグルファルが墜ちたら何の意味もないでしょ?」

「それは……そうだけど……」


 プリムラが言うには、焔恭介は『奇蹟』と呼ばれる──具体的に何なのかは聞き出せなかったが、おそらくは武装か術式を携えているらしい。

 エールでの二人の戦いを見て、焔恭介の力は理解しているつもりだ。

 どうやってここまで来たかは分からないが、乗り込んでさえしまえばナグルファルを墜とすことぐらい容易くやってのけるだろう。


 飛鳥はまだ迷っているようだ。

 唇を噛みしめ、必死に考えを巡らせている。


 それだけで彼の気持ちが痛いほど伝わってきた。

 こんな自分を愛して、誰よりも大切に想ってくれて、危ない目に遭わせたくなくて。

 でももう一方では、イストロスで交わした、パートナーとしてちゃんと頼るという約束を守ろうとしてくれていて。

 そんな状況じゃないのは分かっているのに、彼の気持ちがとんでもなく嬉しくて。

 だからこそ──。


「飛鳥くん」

「なぁに? ……むぐっ」


 アーニャは両手で飛鳥の頬に触れた。


「私なら、大丈夫だから」

「アーニャ……」


 飛鳥が静かに目を瞑る。

 そこに先ほどまでの迷いはない。

 少しして飛鳥は目を開け、しっかりとアーニャを見つめた。


「ここは手分けしよう、俺は焔を止める。でも、何かあったらすぐに呼んで」

「うん、もちろん」

「それじゃあ、気をつけて」

「飛鳥くんもね」


 その時だった。

 遠くで巨大な火柱が天に向かって伸びる。

 数キロは離れている筈だが、激しい衝撃が伝わってきた。


「あの炎は……!」

「アーニャ! 本当に、危なくなったらすぐ連絡して! 焔は必ず止めるから!」

「分かった! お願い!」


 急いで走り出す飛鳥の背を見送り、気合いを入れる為両の頬をペチペチと叩く。

 そして、アーニャは『神ま』を開き、新たに現れた死兵の群れに向けて右手を差し出した。

 手の中に集められた光のエレメントが小さな球体を生み出す。

 アーニャはその球体を先頭の死兵目掛け放り投げた。

 地面に接触した瞬間、球体が何倍にも膨れ上がり破裂する。

 広がった光は死兵をことごとく薙ぎ払った。


「今行くから待っててね、ユーリティリア」


 アーニャが駆け出す。

 だが、もちろん素直に通してはもらえなかった。

 民家の窓からはホラーゲームよろしく死兵の腕が飛び出し、前方に数体の巨人が壁のようにそびえ立つ。


「邪魔をしないで!」


 光の大剣を作り出し、アーニャは思いっきり振り抜いた。

 地面を揺らすほどの爆発が起こる。


 その後も何度か戦闘を行い、アーニャは東方司令部の建物へたどり着いた。

 建物は民家同様酷い有様であった。

 周りを囲む塀は崩れ、正面の扉はボロボロになり傾いている。

 警戒しながら中に入り、辺りに気配がないのを確認してからアーニャは一息ついた。


 かなりの量のエレメントを使用した筈だが、思ったより消耗は少ない。

 イストロスの問題を解決し、本来の力が戻ったからだろう。


 良かった、ちゃんと戦えてる。


 イストロスで交わした約束を、飛鳥は守ってくれた。

 自分のことを信じてくれた。

 今度は自分が応える番だ。


 『神ま』のページをめくり、東方司令部の見取り図を眺める。

 それに従い、アーニャは資料室を目指し歩き出した。

 建物の中は静まりかえっている。

 巨人はサイズの問題かも知れないが、死兵の一人も置かれていない。

 ここまで侵入されるとは想定していなかったのか、はたまた建物内では戦いたくないのか。

 そんなことを考えている内に目的の資料室に到着した。

 一番奥の棚の前に立ち、『神ま』に目をやる。


「えっと……」


 ソフィアに教えられた通りに本を並び替えると、何かがこすれ合うような耳障りな音と共に地下への入り口が現れた。

 覗き込むと、微かだが明かりが見える。

 慎重に階段を降り、目の前に広がった光景にアーニャは狼狽えた。


「どうなってるの……!? これは……」


 並んでいたのは、他の世界で見たことがある機械の類だった。


 どうしてこの世界に、これだけのものが……!?


 以前飛鳥とも話したが、ティルナヴィアの文明レベルは決して高くはない。

 まだ蒸気機関も実用化されていないのだ。

 なのに、本来なら数百年後に生まれる技術がナグルファルには使用されている。

 明らかにオーバーテクノロジーだ。

 改めて『神ま』に目を通すが記述は変わっていない。


 伝承武装は全てソフィアさんが一人で作ったもの……。ソフィアさんは機械の作り方をどこで……?


 しかし、その疑問は長くは続かなかった。

 突如背後から殺気を浴びせられ、アーニャは前方へ飛んだ。

 頭上を何か鋭い物がかすめる。

 前転し振り返ったアーニャは愕然とした。


「ライルさん……!」


 そこにいたのはナグルファルの主、アルヴァ・ライルであった。


「驚いているのは俺も同じだ。スメラギの後ろに隠れているだけの女かと思っていたが……」


 アーニャが身構える。

 黒い長髪の間から覗くアルヴァの金色の双眸が、アーニャを獲物ではなく敵だと語っていたからだ。


「それで、こんな場所に何の用だ? この先には──」

「ユーリティリアを返してもらいに来ました。あの子は私の友人ですから」

「……友人か。ということは、お前も女神なのか?」

「──ッ!?」


 この人、何で私たちの正体を……!?


「捕らえた時に散々喚いていたからな。この世界を救いに来ただの、自分は女神だのとやかましくて仕方がなかった」


 もうっ、ユーリティリアの馬鹿! そんなことまで……!


「答えろ。お前もやつと同じ女神なのか?」

「答える気はありません。ユーリティリアを返してください」


 アルヴァがくつくつと笑う。

 ムッと頬を膨らませ、アーニャは問いかけた。


「何がおかしいんですか?」

「癇に障ったのなら謝ろう。だが、スメラギなら無駄な問答をする前に剣を抜いていただろうな」


 アーニャの体が光を帯びる。

 アルヴァも拳を握り腰を落とした。


「こいつを操縦する為だけに俺が『八芒星オクタグラム』に選ばれたと思っているなら大間違いだぞ」

「もちろん分かっています。それと、紛らわしいので飛鳥くんのことはちゃんと飛鳥くんって呼んでください」

「うん……?」


 光の剣を持ち、アルヴァを見据える。


「ファミリーネームだとどっちか分からないんです。私も、皇ですから」

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