第百三十五話 星より生まれしモノ③

 プリムラとダリアを飲み込んだエレメントの濁流が突如として爆ぜる。

 飛び散ったエレメントは地面の花を薙ぎ、天井と壁に巨大な爪痕にも見える傷を作った。

 防御術式に守られた初代スヴェリエ王の十字架だけが、何事もないように静かに佇んでいる。

 それに乗じて、プリムラはダリアから距離を取るべく空中を駆けた。


「待たぬか! プリムラ! この卑怯者めが!」


 ダリアが喚くが、当然プリムラは振り返らない。

 追ってくるダリアに向かって、プリムラは七色に輝く手の平ほどの棘を撒いた。

 直後、棘が膨張し空間を揺らすほどの爆発が巻き起こる。

 もし相手が一般的な精霊使いであれば間違いなく必殺の一撃だ。

 しかし、プリムラは速度を落とさない。それどころか急に方向を変え、地面に向かって更に加速した。

 ほとんど同じタイミングで爆風の中からダリアの扇が伸びる。

 間一髪のところで避け、プリムラは地面に降り立った。


「卑怯で結構です、白兵戦では貴女に勝てませんから。ところで、変わりましたね。ダリア」

「何じゃと?」


 ダリアも地面に降り、不思議そうに問う。


「以前の貴女なら痛みで泣きながらその辺を転がっていたでしょう? 考え方は間違っていますが、強くなりましたね」


 プリムラの口調からは喜びさえ感じられる。

 それにダリアは頬を引きつらせながらも笑った。


「言ったじゃろぅ? 妾の復讐は終わっておらぬと。これぐらいで立ち止まる訳にはいかぬのじゃ」

「そんなにヒトが憎いのですか? 自分が変わってしまうほどに」

「何度も言わせるな! お前こそ千年前の屈辱を忘れたか!? 精霊はヒトを教え導き、助けこそしたが傷つけることはしなかった! なのに……なのにヒトは妾たちを裏切った! 平気な顔をして武器を向け、攻撃術式を放ち、精霊の住処を焼き払ったのじゃ!」

「私にとっては屈辱でも何でもありませんので。……あの戦争を扇動した者がいたと言っても、ヒトへの憎しみは消えませんか?」


 ダリアの瞳が大きく見開かれる。そして、徐々に苦悶に満ちた表情へと変わっていった。


「扇動じゃと……!? プリムラ、お前は何を知っておる……? お前は、『精霊眼アニマ・アウラ』で何を視たのじゃ……?」

「知ったところで、もう貴女にも私にもどうすることもできません」

「うるさい! 話せと言っておるのじゃ! 妾の言うことが聞けぬのか!」

「そんなに言うなら聞かせてあげましょう。向こうに行ってから」


 プリムラの目つきが鋭くなり、明確な殺気を帯びる。背中には、七色に輝く光の翼が出現した。

 翼から膨大な量のエレメントが溢れ出し、空間をプリムラのエレメントが支配していく。

 先ほどとは一転してダリアの顔が恐怖に染まり、短い悲鳴をあげ尻餅をついた。


「プ、プリムラ……。お前今まで……な、何をしていた……!? あの時は……四百年前は、そんな力……」

「四百年前、ですか。懐かしい、王位に就いた貴女を仕留め損ねた時でしたね」


 プリムラが一歩進むごとに、ダリアが後退る。

 彼女を叱るように、プリムラは威厳に満ちた声で語りかけた。


「どうしました? 私を殺し、ヒトを滅ぼすのでしょう? 立ちなさい、ダリア」


 青ざめながらもダリアはプリムラに向かって手をかざし球体を生み出した。

 だが、空間に満ちたエレメントによって簡単に砕けてしまう。

 ダリアはお化けでも追い払うように必死で扇を振り回した。


「来るな! や、やめよ……」

「私が伝承世界へ行かなかった理由はただ一つ。ティルナヴィアが私たち精霊に課したヒトを守るという使命の為です。でももうそれも終わり」

「……?」

「ティルナヴィアがこうなった原因、いえ、責任は飛鳥たちに取ってもらうことにしました。彼らにはそうしなければならない理由があります」

「お、お前がそこまで個を気にするとは珍しいのぅ……。雷帝は、皇飛鳥とは何者なのじゃ……?」

「向こうに行ってからと言った筈ですが?」


 プリムラの『精霊眼アニマ・アウラ』がキラリと光る。

 すると七色の短刀が現れ、ダリアの左目を抉り取った。

 ダリアの絶叫が響き渡る。

 その瞳を手の中で転がしながら、プリムラは告げた。


「これは元々彼のものです。向こうで返してあげないと」

「ああ……ああああああああああ…………!!」


 大粒の涙を流しながら、ダリアが力なく転げ回る。


「し、死にそうじゃ……許してくれ……プリムラぁ……」

「安心なさい。目がなくなった程度では死にませんから」

「そういう話じゃ……。──ぎゃああああああ!!」


 ダリアを無理やり起こすように、地面から四本の剣が突き出し彼女の手足を貫いた。

 泣き叫ぶダリアのすぐ目の前に立ち、プリムラが頬に触れる。


「ううう……痛い、痛いのじゃあ……。プリムラ……助けておくれ……」

「皮肉なものですね。ヒトに、精霊使いに近付きすぎです」


 ほんの少しだけ、ダリアの瞳に光が戻る。


「妾は精霊使いではない……! な、何が精霊使いじゃ……。妾たちは……ヒトに、使われる存在では……ないのじゃ……」

「そこまで言えるならまだ大丈夫そうですね。先ほどの言葉は取り消しましょう。変わりませんね、ダリア。痛みを極端に嫌い、尊大な態度で自身の弱さを隠している。貴女は貴女のままです」

「プリムラぁ……」


 四肢を貫いていた剣が消え、ダリアが倒れ込む。

 プリムラは彼女を強く抱きしめた。

 ダリアが安心したように頬擦りする。

 二人の周りに何十もの七色の剣が生み出されていった。

 それらを見てもダリアの顔に怯えはない。むしろ救われたように、傷ついた両手でプリムラを抱き返した。


「ティルナヴィアから受けた使命は終わりました」

「うむ……」


 剣が二人の体を次々と貫いていく。

 どちらも悲鳴一つあげない。


「プリムラよ。皆、怒るじゃろうか……?」

「怒る者もいるかも知れませんね」


 ダリアは心細そうにプリムラの胸に顔を埋めた。

 プリムラがダリアの頭を撫でる。


「大丈夫ですよ。私が貴女を守ります。使命ではなく、私の意志で」

「そうか。それならば……安心じゃな……」


 二人の体が徐々に光へと変わっていく。

 プリムラはポツリと呟いた。


「これは貸しですよ、アクセル・ローグ。飛鳥と共に、必ずティルナヴィアを救ってください」


 そしてプリムラとダリアは、彼女たちの魂は、伝承世界へと旅立っていった。

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