第百三十四話 星より生まれしモノ②
二人が放った剣と球体がぶつかり、砕け、宝石のように空中を舞う。
ダリアが扇を振るうと、それらは竜巻となりプリムラに襲いかかった。
プリムラの顔に焦りは見られない。
両手に七色の剣を生み出し、竜巻をアッサリと切り裂いた。
しかし、そこには既にダリアの姿が。
「──ッ!」
「変わらんのぅ」
ダリアはプリムラの髪を掴み、地面に叩きつけた。
更に、起きあがろうとするプリムラの頭を踏みつける。
「何じゃその太刀筋は。いや、剣術とは呼べぬ。お前のはただ棒っきれを振り回しおるだけじゃ、と前にも言った筈じゃが? あれはいつ頃じゃったかの〜」
プリムラが瞳だけ動かしダリアを見つめ、唇を動かす。
それを見たダリアは大声で笑った。
「ハハハハハハ! すまぬすまぬ! 声が出せんのじゃったな! それで? その剣で何をするつもりじゃ?」
プリムラの口元が僅かに緩む。
直後、ダリアの影が起き上がり、両腕を高々と上げた。
振り下ろされた腕に舌打ちし、ダリアが飛び退く。
そして、影の攻撃をかわしながら忌々しげに叫んだ。
「よくもまぁこのような術式を! 嫌がらせだけは昔から超一流じゃのぅ!」
ダリアは影に反撃する素振りも見せず、ただ逃げ回るのみ。
何故なら、プリムラの術式は──。
「おのれ……!」
決めかねるような表情を浮かべ、ダリアは歯を食いしばった。
そこへ背後から七色の剣が飛来し、ダリアの頭をかすめた。
切られた髪の毛が数本パラパラと落ちる。
それに、ダリアはとうとう激怒した。
「プリムラぁ!! 妾の体に傷をつけるとは何事じゃあ!! 許さぬ!! 絶対に許さぬぞ!!」
ダリアが迫りくる影の顔面を握り潰すかのように掴む。
逃れようと影がもがくが、ダリアは左腕一本で影を押さえ込んでしまった。
ニタァっとダリアがプリムラを見る。
「昔のままじゃと思うなよ? 我が復讐は、ヒトの贖罪はまだ終わっておらぬ。その為なら!」
ダリアは扇で影の首を刎ねた。
同時に激しく咳き込み崩れ落ちる。
「……」
ダリアの行動が意外だったのか、プリムラはしばらくの間彼女を見つめていた。
やがて苦しそうに喉を鳴らしながらもダリアが立ち上がる。
「この、程度の……痛みで済むのなら……! ──ッ!」
飛来した数本の剣をはたき落とし、ダリアは再び咳き込んだ。
プリムラは更に攻撃を続ける。
ダリアを取り囲むように、数十本の剣が現れた。
同時に真っ黒い蛇のような影が、花を枯らしながらダリアの足元へ伸びる。
「そこまで堕ちたかッ! プリムラッ!」
口から血を飛ばしながら、ダリアは思いっきり扇を振り、影を真っ二つに斬り裂いた。
「この呪いはヒトが作り出したものではないか! お前に矜持は──くっ! この!」
向かいくる剣をへし折り、あるいは避けるが、徐々に剣がダリアの四肢を捉え、地面の花を赤く濡らしていく。
その度に泣きそうな表情を浮かべるが、ダリアの瞳から闘志が消えることはなかった。
「えぇい! いい加減に──せよ!」
ダリアが弾いた剣が、十字架に磔にされた男──スヴェリエ王国初代国王の遺体へ飛んでいく。
何を思ったのか、プリムラが一瞬で遺体の目の前に移動し、剣を受け止めた。
そして遺体に傷がないことを確認し、安堵したように息をつく。
プリムラの行動にダリアは目を見開き、力が抜けたように両手を下ろした。
「何を……しておる……? プリムラ……? それは人間じゃぞ……?」
プリムラが首を振る。
「お前は……お前は、どこまで……」
「勘違いをしないでください。まだ必要だから助けただけです」
プリムラの声に、ダリアはギョッとした。
喉をさすりながらプリムラが続ける。
「声を奪うだけでこんなに複雑な術式を組む必要はないでしょう。思いの外手間取ってしまいました」
「それを解除しながら妾と戦っていたというのか……!?」
「はい、貴女とはとことん話し合う必要がありますから」
プリムラは十字架の周りに防御術式を張り巡らせた。
「ヒトも中々のものだとは思いませんか? この男はスヴェリエの繁栄を、そこに生きる人々の幸せだけを願い、己の全存在を賭してあの槍を完成させました。そして今尚、鞘としてこの場に座している。私たちの中でも、これ程のことができる者がどれだけいるか」
「それが傲慢じゃと言っておるのじゃ! 妾たちには苦しみを強いたくせにこの国だけは守りたいじゃと? 馬鹿げておる! しかもロンギヌスは王族でなければ扱えんときた! そやつがやったことは善行でも何でもない!」
『まぁ』とダリアが酷く醜く笑う。
「王族はとうに途絶えた。妾が滅ぼした」
「えぇ、ですからロンギヌスは使用者の条件を緩和しました。王族でなくとも、心からこの国を守りたいと願う者であれば振るう資格があると。この男が消えればロンギヌスも消滅してしまいます。今はまだその時ではありません」
「空飛ぶ街は既に墜ちた。まだ必要じゃと?」
ダリアの問いに、プリムラは力強く頷いた。
「はい、むしろ今からが本番。それに誰でもいいという訳ではありません。飛鳥たちがいるこの時に、焔恭介の手にあることが重要なのです」
「プリムラお前、どんな未来を視たのじゃ?」
プリムラは何も言わない。
溜め息をつき、ダリアは己の『
「答える気がないならそれでもよい。妾はここでお前を殺し、領地を広げるだけじゃ。妾の『溺愛』と『献身』の『
プリムラは呆れたように頭に手を当てた。
「まだそのようなことを。『献身』の元の持ち主が見たらどれだけ悲しむか」
「何を言っておるか。妾たちを伝承世界へ追いやったヒトが滅ぶのじゃ。喜びこそすれ、悲しむなどと」
「本気で、そう思っているのですか?」
今度はダリアが首を大きく縦に振った。
プリムラの両手に光が灯る。
「やはりあの時、貴女もあちらの世界へ送るべきでした。我々精霊はヒトを助ける存在であって滅ぼす存在ではありません。この星も、その為に私たちを生んだのですよ?」
「それがどうした! だからこの結果も黙って受け入れろと言うか! 妾たち精霊はヒトにエレメントの使い方を教えた! そのお陰でヒトはこれだけの文明を作るに至ったのじゃ! じゃがヒトはその恩を忘れ、自分たちこそこの星の頂点じゃと妾たちに戦争を仕掛けてきおったのじゃぞ!?」
「ヒトと違い、私たちは伝承世界でも生きていくことができます。これは、仕方のないことなのです」
ダリアは犬歯を剥き出し咆えた。
「あのように閉じた世界で、神もどきの庇護の下で生きろと言うか!!」
「はい」
プリムラの声には怒りも、憐れみも、悲しみもない。
それが却ってダリアの怒りを煽ってしまった。
「……とことん話し合いたいと言いながらそうまで言うか、プリムラ。妾の同胞だった者よ」
「過去形で語られるのは、少し寂しいですね」
「黙れ。伝承世界へ去った者たちも、お前も、もう同胞とは思わぬ。妾がこの世界をあるべき姿へと戻す」
二人の『
「それを行うのは私たちではありません。私たちがいては獣たちの目覚めを妨げ、来たるべき戦いに備えることができなくなってしまいます」
「訳の分からぬことを。好きなだけ語るがよい。その全てを破り、妾は妾の未来を創る」
互いの体から立ち上ったエレメントが濁流となり、二人を飲み込んでいった。
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