第百三十三話 星より生まれしモノ

 エールを離れたプリムラは、東側諸国を巡る行商人の馬車に揺られていた。

 目的地はスヴェリエの首都ガムラスタだ。

 この戦争の大勢は決した。

 戦後処理でロマノーの愚かな貴族たちは十中八九誤った選択をするだろう。

 それをベストラたち軍部が止められるか。

 本来なら宮廷精霊術師として、いや、一帝国民としてベストラたちに力を貸すべきだが──。


「後は任せましたよ、飛鳥」


 プリムラはポツリと呟いた。

 エール軍の本隊が帝都に向け動き出し、飛鳥たちも合流すべく隠れ里を出立した筈。

 彼らがいるからこそ、自分も使命を果たさなくてはならない。

 そこへ行商人から声をかけられた。


「降りな、姉ちゃん。この村で休憩だ」


 プリムラはお尻をさすりながら荷台から降り、伸びをした。

 荷台は当然快適ではなく、しかも大量に積まれた荷物の隙間に隠れるように座っていたのだ。

 普段からの運動不足も相まって体の節々がバキバキと音を立てた。

 プリムラの様子に行商人が笑う。


「精霊術は便利かもしれんが、ちゃんと体も動かした方がいいぞ」

「何故私が精霊使いだと?」

「そんな格好してるやつは精霊使いか研究者って相場が決まってんだよ」


 そう指摘され、プリムラは自身の服装を見つめた。

 所々に金の刺繍が入った、全身を覆う真っ黒いローブ。

 周りを見ると確かに浮いている、かも知れない。


「そうですか」


 プリムラの素っ気ない返事に、行商人はまた笑った。


「飯食ったら戻ってきてくれ。俺も用事を済ませてくる」

「いえ」


 と、プリムラは皮の袋を取り出した。


「何だいそりゃ?」

「ここまで乗せていただいたお礼です」


 行商人がムッとし首を振る。


「俺のこと舐めてんのか? 追加料金を取るなんてあこぎな真似はしねぇよ。それよりあんたガムラスタまで行くんだろ? このまま乗っていきな」

「ここまでで十分です。ガムラスタの関所で私が見つかっては面倒でしょう?」

「あー……まぁ、何とでもなるだろ」

「ガムラスタの警備は以前より厳重になっています。貴方の商売の邪魔をしたくはありません」


 プリムラの言葉に、行商人は腕を組み唸っていたが、しばらくして頷いた。


「分かったよ、俺に止める権利はねぇしな。でもその金はしまってくれ、最初にもらった分で十分だ」

「ありがとうございます」


 プリムラは頭を下げ踵を返した。

 行商人が呼び止める。


「何をしに行くのか知らんが気をつけてな。精霊のご加護がありますようにってやつだ」

「えぇ、貴方も」


 村を出てから数時間、ガムラスタを囲む高い壁が見えてきた。

 壁の周りには武装した兵士が等間隔に並んでいる。

 正門から離れ裏手に回ってみるが兵士の人数は変わらない。

 倒して進んでも構わないが──。


「仕方ありませんね……」


 プリムラの足元が淡く七色に光り始めた。トンっと地面を軽く蹴る。

 するとプリムラの体が空高く舞い上がった。

 兵士を倒すのは簡単だがそれが目的ではないし、なるべくなら騒ぎを起こしたくない。

 空中の見えない壁を蹴るように再び足を動かす。

 次の瞬間、プリムラはスヴェリエ王城の天辺に降り立った。

 光のエレメントで姿を消し、堂々と城へ入る。

 道中何度も精霊使いとすれ違ったが、誰もプリムラに気付かない。

 彼らを横目に、地下へと続く階段を降っていく。


 辿り着いたのは広大な円形の空間であった。

 天井も壁も真っ白で、足元には彼岸花によく似た白い花が咲いている。

 プリムラは辺りを見渡し歩き出した。

 やがて見えてきたのは十字架に磔にされた男の姿であった。

 彼の傍には、赤い花の刺繍が入ったドレスを纏った銀髪の女が。

 その女はプリムラが来るのが分かっていたかのように笑った。


「久しぶりじゃのぅ、プリムラ」

「ダリア・ユングリング……」


 女の名を呟き、プリムラがクスリと笑う。

 ダリアはそれを聞き逃さなかった。彼女の眉がググッと吊り上がる。


「何がおかしい!!」

「これは失礼を。ですが……」


 プリムラはフードを取った。足元まである銀色の髪が舞うように広がる。


「ヒト嫌いの貴女がスヴェリエ王家の名を名乗っているのがおかしくって」

「好きで名乗っている訳がなかろう! 妾が王である為に必要だからそうしているだけじゃ!」


 ダリアは吐き捨て、十字架を蹴るとニタリと笑った。


「それにしてもどうじゃ、やはりヒトとは愚かなものじゃろぅ? 王家などとうに途絶えているというに、未だに盲目的に従い続けておる」

「そんな言い方はないでしょう。全て貴女の力によるものなのですから」

「そこも含めてよ。結局ヒトは妾の力から逃れることができなかったのじゃ」


 一転し、ダリアが歯を食いしばる。


「そうじゃ……! ヒトなど所詮この程度よ……! なのに何故じゃ! 何故妾たちがこのような思いをせねばならぬ!?」

「…………」

「答えよ! プリムラッ!!」

「運命だった、と言って納得しますか?」

「ふざけるな! お前はいつもそうじゃ! 自分だけは未来が視えるからと全てを受け入れて! 抗うことをやめて!」

「ダリア、私は……。──?」


 途中で声が出なくなり、プリムラは喉に手を当てた。

 喉は震えているが音にならない。


「何の策もなしにお前を迎えると思ったか?」


 七色の光が揺らめく指先を見せびらかし、ダリアはケラケラと笑った。


「『精霊眼アニマ・アウラ』は保有者同士では力を発揮せぬ。じゃがお前だけは別じゃ。お前が視た未来は言葉にすることで確定したものとなる。妾がどこぞの何某かに殺される、などと言われてはたまらんからのぅ」


 プリムラは手を下ろし、ダリアを見つめる。

 その様子に、ダリアは益々楽しそうに口の端を吊り上げた。


「図星のようじゃな。相手は誰じゃった? 雷帝か? グランフェルトか? それとも、焔かのぅ?」


 プリムラは首を横に振った。目を伏せ、両手にエレメントを宿す。

 ダリアも扇を広げ、プリムラを睨みつけた。


「我がスヴェリエはヒトの罪の象徴、終わることのない償いの場じゃ。例えお前であっても邪魔はさせぬ」


 二人を囲むように七色のエレメントが現れ、それぞれ剣と球体の形を取っていく。

 互いに手をかざし攻撃術式を放った。


「ここで朽ち果てよ! プリムラ!!」

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