第百三十話 光の騎士と⑤

 クリスティーナの背後に展開された氷剣が螺旋を描きながら四方八方へ飛んでいく。

 木々の間に張り巡らせた糸を切断され、ジャンヌは忌々しげに地面を蹴り上げた。


「てめぇ……! 私の糸を!」

「これでこちらも動けるな。総員! 攻撃開始だ!」


 レベッカの号令でヴァルキュリア隊が動き出す。

 ジャンヌは第十三隊の方を向き叫んだ。


「お前らも今は私の指揮下に入れ! 数ではこっちが勝ってんだ! 絶対にタイマンはすんなよ!」


 命令に困惑する第十三隊へジャンヌは更に怒鳴り声をあげる。


「ボサっとすんな! つーかうちから異動してった連中まで困った顔してんじゃねぇ! 先に刻んでやろうか!? ああっ!?」


 ギターの弦に指をかける彼女に、第十三隊の面々が顔を引き攣らせながらも隊列に加わる。

 ジャンヌはヴァルキュリア隊の頭上を飛び越え、レベッカ目掛けギターを振り下ろした。

 剣で受け止めレベッカが怒声を浴びせる。


「貴様楽士だろう!? 楽器はもっと丁寧に扱え!」

「楽士だなんて誰が言った! それになぁ──」


 ジャンヌは両足でレベッカに抱きつき右手を振った。


「こっちが本体だって言っただろうがよお!」


 周りの木々がグレイプニルに引き抜かれ天高く舞い上がる。

 そのままヴァルキュリア隊を押し潰そうと落下するが、途中で積み木のように綺麗に細切れになってしまった。

 降り注ぐ木片の中心には双剣を構えるヒルダの姿が。

 ヒルダは二人を見つめ頬を膨らませた。


「もうっ! 私だけ除け者なんてずるいですよ!」

「除け者とかそういう話では……!」

「いいだろう! てめぇもまとめて刻んでやる、かかってこい!」

「それより! いつまで抱きついているつもりだ! 離せ!」


 言い争う三人の声に耳を傾けながらクリスティーナがクスクスと笑う。


「楽しそうで何よりですわ。貴方もそう思うでしょう?」

「戦いは楽しむ為のものではない。本来なら話し合いで解決すべきだったんだ」


 ジークフリートは首を振り否定した。

 当然その仕草は見えていないが、クリスティーナが少し残念そうな様子を見せる。


「平行線ですわね……まぁいいですわ。少し離れましょう」

「離れる?」

「えぇ、あの子たちを巻き込みたくはありませんもの」


 言い終わるのが先か、目の前からクリスティーナが消える。


 速い!


 ミカは防御しようと両腕をあげたが間に合わず、胸元を蹴り飛ばされた。

 鉄板が仕込んである筈の鎧があっさりと凹み、激しい鈍痛に襲われる。

 声をあげる間もなく数十メートル飛ばされ、巨木にぶつかり崩れ落ちた。


「ぐうっ……くそ……!」


 立ち上がると同時にミカは横へ飛び退いた。

 先ほどまで体を預けていた木に氷剣が突き刺さり爆ぜる。

 ミカは爆風に押されるように走り出した。

 クリスティーナの攻撃は止まらない。

 彼女の放った氷剣は弾丸のような速度と砲弾のような破壊力で木を裂き、大地を抉り、岩を砕いた。


「いつになったら反撃してくださるのかしら?」


 嵐が通り過ぎたかのような無惨な姿となった大地を歩きながらクリスティーナが問いかける。

 直後、ミカはクリスティーナの背後から斬りかかった。

 アクセルへ見せたのと同じ、首と心臓目掛けた同タイミングの、物理法則から考えればあり得ない斬撃。

 だが突如出現した氷の盾に阻まれ、数十本の氷剣がミカを睨みつける。


「──ッ! グラム!!」


 グラムがより一層輝きを放つ。

 ミカは距離を取りながら、迫りくる氷剣の渦を薙いだ。

 粉々になった氷の欠片がミカの体に付着していく。


 攻防一体の術式……しかも、一撃一撃がやつよりも鋭く重い……! これがグランフェルトの本気か……!


わたくしを誰かと重ねているのかしら?」

「……何の話だ?」

「隠さなくてもいいですわよ、そこまで不寛容ではありませんわ。でも、随分と手心を加えられたようですわね」

「手心、だと……!?」


 『えぇ』と、クリスティーナは頷いた。


「今貴方が五体満足で立っているのがその証。ねぇ、教えてくださらない? 貴方はどんな怪物と戦ったのかしら?」

「怪物? 馬鹿なことを」


 ミカが鼻で笑う。

 クリスティーナは怒るでもなく、続きを待った。


「あいつは怪物などではない。お前と違って、確固たる信念と覚悟を持って戦う誇り高き戦士だ」

「信念、覚悟……貴方までそんなことを言うなんて……」


 寂しそうにクリスティーナが述べる。


「力を伴わない言葉など戦場では何の意味もありませんわ。言葉だけで何かを変えたいなら政治家にでもなるべきです」

「耳が痛いな。だが、信念のない者が振るう力など災害と同じだ。そんなやつは強者でも戦士でもない」

わたくしがそうだと?」

「理解が早くて助かるよ」


 一転して、クリスティーナの顔が怒りに染まる。

 しかしそれはミカに向けたものではなく。

 氷剣の一本が全く別方向へ打ち出され、飛来した風の矢を砕いた。

 ミカが目を見張る。


「中尉! 何故ついてきた!?」


 裂けた木の陰からレオンが現れた。

 そちらには一瞥もくれないままクリスティーナが問う。


「まだ何か?」

「あんたに用はねぇよ。ジークフリートを倒すのは俺だ」


 ミカが慌てて叫ぶ。


「まだそんなことを……! 早くこの場から去れ!」

「うるせぇ!」


 レオンは肩で息をしながらミカを見つめた。


「あんただって何で逃げないんだよ!? こんな連中に勝てる訳ないだろうが!」

「勝てる勝てないの問題ではない。帝国を守ることが俺の使命だ。誰に強制された訳でもない、俺自身が選んだ道だ」


 ミカの言葉に気圧され、レオンが俯く。

 クリスティーナは呆れ果て、右手をあげた。


「お話になりませんわね」

「逃げろ中尉ッ!!」

「へっ……?」


 氷剣に貫かれ、レオンは木に持たれかかり倒れた。

 クリスティーナがミカへ近付いていく。


わたくしの邪魔をするなと言いましたわよね? さぁジークフリート、邪魔者はいなくなりましたわ。もっと戦いましょう?」

「グランフェルトッ!!」


 雄叫びをあげ、ミカはグラムを振るった。

 氷剣を砕かれながらも、クリスティーナが微笑む。


「まだこんな力を残していたなんて。やはり信念や覚悟など甘いものではなく、感情の放出こそが起爆剤ですわ。そう思いません?」

「黙れ!!」


 最後の氷の盾も破壊され、クリスティーナの体があらわになる。

 ミカは心臓を貫かんとグラムを突き出した。

 だがあっさりと避けられてしまい、ミカはつんのめった。

 背後に気配を感じそのまま前に転がる。

 ミカの頭があった位置を氷剣が通り過ぎた。


「とてもいいですわ。……でも少し残念」


 起き上がりざまにミカが光刃を放つが、既にクリスティーナの姿はない。


 さっきよりも速く……! 第八門には底がないのか!?


 振り向くミカの頬にクリスティーナが触れる。

 その顔には喜びと寂しさが混在しているように見えて。


「何の真似だ!」


 と、ミカは斬りつけようとしたが──。


「う、腕が……動かない……!?」


 グラムを持つ右腕だけではない。

 全身が徐々に動かなくなっていき、ミカは視線を彷徨わせた。


「俺に何をした……!?」

「もっと感情をコントロールする術を身につけなさい。そうすれば、貴方はわたくしが求める真の強者に近付ける筈ですわ」

「何の話だ!?」

「まだ気付いていませんの?」


 クリスティーナが足元へ視線をやる。

 それを追い、ミカは自身に起きた異変に気がついた。


「足が氷で、固まって……!?」

「足だけではありませんわ」


 氷が少しずつミカの体を上っていく。


「貴方が砕いた氷は全てわたくしのエレメントで作ったもの。どれだけ、それこそ目に見えぬほどに小さくなろうとわたくしの支配から逃れることはありません」

「そんな……!」

「エレメントを燃やし続けなさい」

「何……?」

「その氷は二、三日すれば自然に溶けますわ。その間死なないようエレメントを燃やし続けなさい。生きてそこから出られたら、また戦いましょう、ジークフリート」


 クリスティーナはミカを抱きしめ、頬に口づけをした。


「待て……! まだ、俺、は……」


 ミカの全身が氷に閉じ込められ、物言わぬ氷の像と化した。

 そこへレベッカとヒルダがやってきた。

 レベッカの手には傷だらけになったジャンヌが。


「こちらも終わりました、隊長」

「ご苦労様。……あの子たちは?」

「隊長のお陰で皆祖国を守るという願いを果たせました」

「それは何より。丁重に弔ってあげなさい」

「はっ。それと……目のお加減は……」

「ありがとう、もう大丈夫ですわ」


 クリスティーナが目を開ける。

 レベッカはホッと息をつき、ジャンヌを放り投げた。

 その衝撃でジャンヌが目を覚ます。

 氷漬けになったミカを目の当たりにし、ジャンヌは涙を流した。


「ミカ様!? ミカ様ぁ! ──てめぇら……!」

「やめておけ、勝敗は決した」

「ジークフリートはまだ死んでいませんわ。無事に出てこられるよう祈りなさい」


 嗚咽を漏らすジャンヌに背を向け、クリスティーナはヒルダに声をかけた。


「本部に連絡を。ヴァルキュリア隊はこのまま帝都に向け侵攻すると。砦が心配なら別の隊を寄こしなさい」

「はい♪ 分かりましたぁ♪」


 クリスティーナの命令にレベッカが異を唱える。


「ロマノーにこれ以上の戦力はありません。隊長自らが出向かれる必要は……」

「もう、レベッカさんったらぁ♪ 分からないんですかぁ?」


 ヒルダが遮り楽しそうに笑う。

 クリスティーナは頷き、続けた。


「確か雷帝皇飛鳥は再三にわたり終戦とエールに領土拡大の意思はないと主張していましたわね」

「勝者を作りたくないなんて、面白い人ですよね♪」

「えぇ、本当に。ならわたくしたちが帝都を陥しにかかったらエールは、皇飛鳥はどうするかしら?」

「なるほど……承知いたしました。申し訳ありません、隊長の意図を察することができず……」


 深々と頭を下げるレベッカをクリスティーナが撫でる。


「気に病むことはありませんわ、レベッカ。貴女はわたくしの下についた時から、ずっとわたくしの身を案じてくれていましたものね」


 レベッカは撫でられながら微笑んだ。


「ま、待ってくれ……」


 その時、レオンがヒルダの足を掴んだ。


「た、助けて……くれ……」


 ヒルダがレオンの顔を覗き込む。


「た、頼む……」

「ん〜♪ 力も何もかも中途半端だから庇護欲が刺激されちゃいましたけど〜ここまで節操がないのは引いちゃいます♪」

「そんな……お願いだ……。もう邪魔はしない……! 裏切らないから……!」


 ヒルダは立ち上がり、レオンの手を振り払った。

 手を合わせ、にこやかに笑いながら告げる。


「もっと素直になって、お世話を続けてあげてもいいって思いましたけど、もうさよならです♪」


 レオンは絶望し顔を伏せた。


「行きますわよ、ヒルダ」

「はぁい♪ 楽しみですね♪ 雷帝さんに獅子王さんに、あっ、トリックスターさんも今はエールにいるんでしたね♪」


 こうして、『八芒星オクタグラム』とヴァルキュリア隊の戦いは幕を閉じた。

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