第百二十九話 光の騎士と④
前髪の真ん中に白いメッシュが一束入ったダークブラウンのロングヘア。
つり目だが瞳は大きく鼻も高く可愛らしい顔立ちのその女は、今は八重歯を覗かせ見下すような視線をヴァルキュリア隊に向けている。
左肩に金色のエポレットがついた黒い上着にミニスカート、ハイカットブーツと軍規を無視した格好もさることながら、右手には銀の爪がついた黒いグローブをはめ、極めつけは肩に担いだ楽器──一番近しいのは地球のエレキギターか。
飛鳥がこの場に居たらバンギャか地下アイドルなんて言い出しそうな女の後ろには八十名ほどの精霊使いたちが。
ロマノー帝国軍第八精霊特化隊だ。
ミカが咎めるような目つきで女の名を呟いた。
「ブルーニア中尉……!」
するとどうしたことだろう。
途端にその女──ジャンヌ・ブルーニアの顔がパッと明るくなり飛び跳ねるようにミカに駆け寄ると、身長百五十センチの小柄な体を思いっきり伸ばし敬礼した。
「ジャンヌ・ブルーニア並びに第八精霊特化隊! ミカ様に助力したく参上いたしましたばっはあ!?」
元気いっぱいに報告するジャンヌの頬にミカの鋭い右ストレートが突き刺さる。
地面を転がったジャンヌは頬をさすり半泣きになりながらミカを見上げた。
「ミカ様ぁ……どうしてぇ……」
「何故お前がここにいる! 第八隊には別地区での戦闘命令が出ているだろう! すぐに持ち場に戻れ!」
怒鳴るミカに対し、ジャンヌが両手をバタバタさせながら弁明する。
「そ、そちらは既に殲滅済みです! ミカ様がヴァルキュリアの砦に向かわれたと聞き居ても立っても居られず……!」
「だからと言って、本部の指示も仰がず行動するなど……!」
「あの、それと〜……」
ジャンヌは両手を合わせ上目遣いをした。
ミカが眉を寄せる。
「何だ?」
「いつものようにジャンヌって呼んでほしい……です」
顔を真っ赤にし、消え入りそうな声で願うジャンヌの周りにはハートの幻覚が見えるような甘〜い空気が漂っていて。
苛烈な戦場で何をと言わんばかりにミカは溜め息をついた。
ジャンヌの顔が寂しそうに曇る。
そんな二人のやり取りを第八隊の面々も固唾をのんで見守っていた。
「ミカ様……。勝手な行動をして、申し訳ございませんでした……」
やがてジャンヌはへたり込んだまま頭を下げた。
ミカがもう一度溜め息をつき手を差し出す。
ジャンヌは少し躊躇いを見せた後、ミカの手を握った。
目を合わせずミカが口にする。
「……正直、かなり不利な状況だ。だがお前にならこの場を任せられる。礼を言うぞ、ジャンヌ」
「ミカ様……!」
ジャンヌの頬を一筋の涙が伝う。
第八隊から大きな歓声があがった。
「よっしゃあ! やっぱミカジャンなんだよなあ!」
「ああ! ミカジャン最高!」
「ジークフリート准将は規律を重んじそこから外れる者には非常に厳しい御方ですが一方で他の将校のように変なプライドを持たず下の者にも礼儀をもって接する人格者です。そのギャップに惹かれる者は多い。我らが隊長もその一人ですがここにきて隊長の士気を最大まで高める最高のタイミングでのファーストネーム呼び。これには隊長の恋心も糸捌きもフルスロットルでアクセラレーション。さすがは帝国最強の特務部隊『
「ちょっと待って。ミカジャンじゃなくてジャンミカだから。リバやめてくれない? 地雷だから」
「はーい、思想信条は自由だけど押しつけはダメよー。ジャンミカ派ーはぐれた子がいるわよ、引き取ってー」
お祭り騒ぎのような第八隊をヴァルキュリア隊も味方である第十三隊も初めはポカンとした表情で眺めていたが……。
「一体何なんだお前らは! ふざけているのか!?」
ヴァルキュリア隊の一人が青筋を立て進み出た。
ジャンヌが地面に立てたギターの弦を弾く。
次の瞬間、そのヴァルキュリア隊員は全身を切り刻まれ崩れ落ちた。
ギターを肩に掛け、歯を剥き出しにしジャンヌがケラケラと笑う。
「さっきの話を聞いてなかったのかぁ? 動いたら細切れにするって言ったよなぁ? それとも見た目通りヒトの言葉が通じねぇのか? ゴリラ女」
ジャンヌはギターを見せびらかすように戦場を睥睨した。
「てめぇらはとっくに私と私の伝承武装グレイプニルの中なんだよ。死にたくなきゃおとなしく降伏しな」
「貴様……!」
レベッカが拳を震わせる。
しかしジャンヌはレベッカではなく、彼女の後ろにある木を見つめギターを鳴らした。
「そこでコソコソしてるやつ! てめぇも出てきやがれ!」
幹が輪切りになり枝葉が舞い散る。
転がり出てきた人物にジャンヌとミカは目を見張った。
「レオン・ユーダリル!」
「中尉が何故ここに……!?」
「何故って、ねぇ?」
レオンは服についた葉を払い少し気まずそうな表情を浮かべた。
「俺は誰かさんと違ってスヴェリエにツテがないからな。大貴族で権力者のグランフェルト……様を頼ったって訳よ」
その言葉にジャンヌが頬をひくつかせる。
「『
「お前、何も聞かされてないのな。てか俺だってお前みたいな変態ストーカー女が同期なんて恥ずかしくて堂々と歩けないよ」
「誰が変態ストーカー女だ! 私とミカ様の将来はもう決まってんだよ!」
「ダメだこりゃ。ご愁傷様、ジークフリート」
とりあえずジャンヌの主張は無視し、ミカはレオンに告げた。
「それなら早くガムラスタへ向かったらどうだ。お前の相手までしている暇はない」
「あんたの都合なんて知らねぇよ。エールでの借りを返させてもらうぜ」
レオンが弦を引き絞る。
同時にミカは駆け出し、グラムを振るった。
だがそれはレオンに向けたものではなく。
ミカの行動に、レオンは唖然とした。
「何を、してやがる……!? ジークフリート!」
ミカはレオンに背を向け、クリスティーナの剣を受け止めた。
「グランフェルトの元にいながらこの女の本性を見抜けなかったのか?」
背中越しにミカが問いかけた。
彼の指摘通り、一連のやり取りをつまらなそうに眺めていたクリスティーナの瞳には怒りが見て取れる。
レオンはクリスティーナに向かって叫んだ。
「何で邪魔をするんだ! 好きにしろって言ったじゃねぇか!」
「えぇ、言いましたわね」
「だったら何で──」
「好きになさい、とは言いましたが
クリスティーナの放つ殺気にレオンが後退る。
ミカはクリスティーナを弾き飛ばし睨みつけた。
「これで分かっただろう? それよりも、グランフェルト」
「何かしら?」
「さっきの言葉、そっくりそのまま返させてもらう。お前の相手は俺だ。俺以外を見ることは許さん」
クリスティーナはキョトンとしたが、すぐに朗らかに笑った。
「まぁまぁ! まだ折れていなかったなんて! 素敵ですわ、もしかして
「ああ!!?」
それに大きく反応したのはもちろんジャンヌだ。
しかしクリスティーナは歯牙にもかけない。
「レベッカ、ヒルダ。増援は貴女たちに任せますわ」
「はっ!」
「はぁい♪」
クリスティーナはミカへ視線を戻し剣を投げ捨てた。
剣が元の血に戻り地面に染みを作る。
「これはキョウスケとの戦いまで取っておきたかったのですけど……貴方の気持ちに応えて差し上げますわ」
クリスティーナの背後に視界を埋め尽くすほどの氷剣が生み出されていく。
そこへジャンヌが割って入った。
「待ちやがれ! クリスティーナ・グランフェルト!」
「貴女に用はありませんけど」
「ミカ様がてめぇみてぇな高飛車クソ女の運命の相手な訳ねぇだろ! ミカ様は私のモノだ!」
「それを決めるのは貴女ではありませんわ」
「黙れッ! こいつでてめぇを──」
「こいつというのは、この糸のことかしら?」
クリスティーナが何かを手繰り寄せるような仕草を見せる。
「その楽器も戦場に張り巡らせた光の糸も殺傷能力はあれどあくまでエレメントを増幅させる為のもの。右手の爪から伸びているこの五本の糸がグレイプニルだったかしら、貴女の伝承武装なのでしょう?」
「さすがは第八門。けどなぁ、その目の良さが命取りだ」
ジャンヌはギターをかき鳴らした。
耳障りな不協和音が響き渡る。
「グレイプニルの伝承を知ってるか? グレイプニルの材料はいくつかあるが、それらは材料として使用されたが為にこの世に存在しなくなったと言われている。私の能力はそれを対人用にカスタマイズしたものだ。すなわち──」
クリスティーナが掴んでいる糸が光り輝く。
「本体である五本の糸に触れた相手の五感を喰らう能力だ!!」
糸の光が収まると、クリスティーナは力が抜けたように俯いた。
レベッカが悲痛な叫び声をあげる。
「隊長!!」
「残念だったなぁ、もう聞こえちゃいねぇよ!」
と、ジャンヌは両手を広げ大声で笑った。だが──。
「心配には及びませんわ、レベッカ」
「……何?」
レベッカを安心させるように微笑むクリスティーナの姿に、ジャンヌが固まる。
クリスティーナは目を閉じ、グレイプニルを引き寄せた。
「喜びなさい。貴女はこの
「馬鹿な!? そんな……視覚だけ……!? ──きゃあ!?」
グレイプニルを引っ張られ、ジャンヌの体が宙を舞う。
大きく振り回され、あわや岩に打ちつけられるところで第八隊の面々がジャンヌの体を受け止めた。
「くっそ……てめぇら! 余計なことしてんじゃねぇ! さっさとこいつらを皆殺しにしろお!!」
ジャンヌに殴り蹴られ、第八隊が慌てて隊列を組み直す。
クリスティーナは微笑みミカの前に立ち塞がった。
「お待たせしてごめんなさい。では、続きを始めましょう」
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