第百二十七話 光の騎士と②
「どうだ? 見えるか?」
「ダメです。どの術式も通りません」
ミカに声をかけられた隊員の一人は悔しそうに首を振った。
眼前にそびえ立つ白亜の砦、そしてその周囲に広がる鬱蒼とした森。罠や伏兵を仕掛けるのに絶好の地形だ。
故に、少しでも情報が欲しかったのだが……。
森の中を調べていた別の隊員がミカに駆け寄る。
「隊長、こんな術式は見たことがありません。スヴェリエの精霊術研究がここまで進んでいたなんて」
「ふむ……」
ミカは考え込むように砦を見つめた。
隊員が続ける。
「ですが分かったことが一つだけ。今見えている砦は本物ではありません、幻影です」
「幻影だと? 何の為にそんなことを?」
「さぁ? 正確な距離を掴ませない為とか……? ここが陥ちればスヴェリエは終わりですから」
そう言いながら隊員は首を傾げた。
ミカはしばらくの間腕を組み、目を瞑っていたが。
「ここで手をこまねいている訳にもいかない。森へ入るぞ。探索班は引き続き周囲の警戒を、他の者は防御術式を展開しろ。まずは身を守ることが最優先だ」
隊員たちが覇気のある声と共に、陣形を組んでいく。
ミカを先頭に第十三隊は森へ踏み込んでいった。
「んっ!?」
その異変は、森へ入ってすぐに起きた。
素っ頓狂な声をあげた隊員に向かってミカの鋭い声が飛ぶ。
「どうした!?」
「い、いえ! 先ほどまでのが嘘のように術式が働いて──砦までの正確な距離が出ました! このまま南へ二キロです!」
「こちらもです! 周囲七百メートルに敵影なし!」
「何だと……? 幻覚術式の可能性は!?」
「ありません! 霊装も正常に動いています!」
次々上がってくる報告にミカは困惑した。
伏兵も置かず、精霊術への妨害もない……!? スヴェリエは、グランフェルトは何を考えている……!?
通常であれば目的地に近付くにつれ妨害は強まっていくものだ。
少なくともロマノーではそのように配置が為されている。
これでは真逆だ、自ら身を危険に晒してまでヴァルキュリア隊は何をするつもりなのだろうか。
警戒を強めるミカへダンが耳打ちする。
「なーんか舐められてるみたいでムカつきません? ぶっ倒して鼻っ柱を折ってやりましょうよ」
「馬鹿、油断するな」
と、ミカはダンの額を小突いた。
指示を待つ隊員たちを見渡し、ミカが再び進み始める。
「進むぞ。状況次第では砲撃術式で砦を破壊する。すぐ切り替えられるよう準備しておけ」
第十三隊は慎重に、しかし速度は落とさず進軍していく。
やはり伏兵はおろか、罠の一つもない。
不気味とさえ思えるその状況に、隊の緊張感は頂点に達しようとしていた。
砦まで残り一キロを切った正にその時。
「なっ……!」
飛び込んできた光景にミカは絶句した。
探索術式もそれを捉えたらしい。
隊員が報告の為口を開く。
「隊長! 前方に──」
「報告はいらん! ……これは一体、どういうことだ……!?」
銀色のプレートアーマーを身につけた女性を先頭に、百名弱の部隊がゆっくりと向かってくる。
途端に周囲の気温が下がり、数名の隊員が悲鳴をあげた。
ミカの表情が苦悶に歪む。
アクセル・ローグと戦った時と同じ……! そうか、この女が……!
女性は空色のハーフアップをなびかせながら、やや退屈したように第十三隊を見つめた。
「ようやくお出ましですのね。
「お前が、クリスティーナ・グランフェルト……!」
クリスティーナは微笑み、次の言葉を紡ごうとしたが。
「ロマノーの者は礼儀を知らんと見える。隊長を呼び捨てにするとは何事だ!」
彼女のすぐ後ろにいたレベッカが怒鳴りつけた。
敵同士で気にするようなことじゃないだろう……!
ミカはクリスティーナから目を離さず、そんなツッコミを飲み込んだ。
クリスティーナもレベッカを宥め下がらせる。
「第三班、構え」
「「「はっ!」」」
クリスティーナの号令でレベッカ他、一段目に並んでいるヴァルキュリアが抜剣した。
ヴァルキュリア隊の布陣はこうだ。
約三十名ずつが横一列、三段に分かれ、戦闘態勢を取った一段目にはレベッカが、後ろに控えている二、三段目にはヒルダがついている。
「来るぞ! 構えろ!」
ミカも号令を発する。
第十三隊の面々は雷鳴のような怒号をあげ身構えた。
「レベッカ、三班の指揮は任せましたわ」
「はっ。第三班、攻撃を開始せよ!」
一糸乱れぬ動きで向かってくるヴァルキュリア隊第三班と、それを迎え撃つ第十三隊とで、戦場は一気に乱戦状態となった。
激しい剣戟音とエレメントが飛び交う中で、ミカとクリスティーナは互いを見つめ合ったまま動かない。
だが少しして、クリスティーナがミカに語りかけた。
「どうしましたの?
「お前こそ丸腰で戦場に立つとはいい度胸だ。武器はどうした」
そう返すミカをクリスティーナが笑う。
「何がおかしい!」
「
「はっ……? ──くっ!?」
直後、頭上から巨大な氷剣が何本も降り注ぎ、ミカは飛び退いた。
クリスティーナの攻撃はそれだけでは終わらない。
ミカを囲むように次から次へと氷剣が生み出され飛びかかっていく。
それらを叩き折り、あるいは避けていくが、すぐに追い詰められてしまった。
クリスティーナは手の中に剣を一本生み出しミカへ突きつける。
「こんなものですの? 貴方はオーディンにテュール、そしてシグルドの力を宿していると聞きましたのに。
彼女の言葉を、ミカは鼻で笑った。
クリスティーナが怪訝そうに眉を寄せる。
「それはすまないことをした。俺は彼らに見限られてしまってな、もう彼らの力を使うことはできない」
言いながらもミカはどこか嬉しそうだ。
反対にクリスティーナは心底残念そうに肩を落とした。
「そうでしたの……。ではもう結構、
「部下だけで俺たちを倒せると?」
「もちろんですわ。あぁ、そこ、危ないですわよ」
クリスティーナがミカのすぐ横を指差す。
ミカは一瞬だけ不思議そうに目を細めたが、次の瞬間、飛んできたダンの体を受け止めた。
ダンの血がミカの白い鎧を真っ赤に染める。
「ダン!? おい! しっかりしろ!」
「隊長……こいつら本当……無しですって、こんなの……」
いつも通りの笑顔で悪態をつくが、ダンの出血は止まらない。
「喋るな! 今治療を──」
回復役を呼ぼうと顔をあげたミカは目の前に広がる光景に目を疑った。
ヴァルキュリアの人数は第十三隊のおよそ三分の一。
にも関わらず、それは最早戦闘と呼ぶにはあまりに一方的なもので。
心が得体の知れない恐怖で満たされていき、ミカは膝を折った。
「これじゃ、まるで……」
「まるで、何かしら?」
クリスティーナがクスリと笑う。
「私が複数人いるようだ、とでも言いたげですわね。ミカ・ジークフリート」
心中を言い当てられ、ミカは唇を噛みしめた。
「『
「『
クリスティーナが頷く。
「契約した者へ
「なっ……!? そんなことをすれば……!」
何の感慨も無さげに説明を終えたクリスティーナに対し、ミカの心が怒りで塗り替えられていく。
「分かっているのか……? 普通の精霊使いがお前と同じ出力で戦えば……!」
「えぇ、死にますわね」
「ふざけるな!!」
ダンを抱えたままミカは叫んだ。
「部下を何だと思っている! 彼女たちはお前の道具じゃない!」
「心外ですわね、道具と思ったことなんてありませんわ。皆戦争に勝つ為の力が欲しいと自ら望んだんですのよ?」
「だとしても! そんな能力は間違っている! お前が指揮を取れば、そこまでしなくても──」
「この戦争の結末など興味はありません」
クリスティーナはやや苛立ったように続けた。
「
ミカが拳を震わせる。
「相手がその真の強者とやらでなければ、自分が戦う必要はない。能力を与えた部下だけでいいと?」
「えぇ」
「お前に、祖国を想う心はないのか?」
「ありませんわね」
「そうか。……ダン、少し待っていてくれ」
ダンを地面に下ろし、ミカは両手でグラムを振り上げた。
「無駄ですわ、貴方では彼女たちには勝てません」
「黙っていろ」
グラムの剣身が光の渦となり、ミカの周りに無数の光刃が現れた。
「──薙ぎ払え、グラム」
ミカがグラムを振り下ろす。
放たれた光は文字通り、ヴァルキュリアたちを一掃した。
クリスティーナの頬がピクリと動く。
ミカは彼女へ一瞥もくれず歩き出した。
心に渦巻くのは怒りだけではなく。
「俺には部下を守る責任と、果たすべき約束がある。この戦争、負ける訳にはいかない」
クリスティーナの口元が段々綻んでいく。
第十三隊の前に立ち、ミカはクリスティーナを見据えた。
「クリスティーナ・グランフェルト。お前は帝国だけでなく、この世界に災厄を振り撒く存在になるだろう。お前は危険だ、ここで俺が倒す」
「
「どういう意味だ」
「もちろん貴方への評価ですわ、他に何がありますの? 貴方なら
ミカを見つめたまま、クリスティーナがヒルダへ合図を送る。
「ヒルダ、第四班を投入なさい」
「了解です♪ 皆さん、突撃開始ぃ♪」
戦場に不釣り合いなヒルダの明るい声で二段目に控えていたヴァルキュリアたちが動き出した。
ミカが吐き捨てるように叫ぶ。
「やめろと言っているのが分からないのか!」
「安心なさい、出力を最小限まで落としました。それよりも──」
クリスティーナの闘気が戦場を覆うように広がっていく。
狂気を孕んだ笑みを浮かべ、彼女は地面を蹴った。
「他の者に目移りなど許しません。
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