第百二十三話 姉妹⑤

 シグルドリーヴァとダーインスレイヴがぶつかり合い、甲高い金属音を響かせる。

 その音と剣撃の重さに、エミリアは目を細めた。


 重い! どうなってんの!? 水のエレメントにこんな特性は……!


 エミリアの反応に、ホテルスの口元が歪む。


「想像通りのリアクションをどうも! 鋼鉄の重さと硬さはそのままに! 形状は水のように変幻自在! それがダーインスレイヴの力だ!」


 そしてホテルスは近くを流れる川に目をやった。


「単独での戦闘力ならロマノーでも一、二位を争うって聞いてたけど、僕を相手に水場を選ぶなんて、おつむの方は下から数えた方が早そうですねぇ」


 いつもなら大声で抗議する場面だがエミリアは落ち着いている。

 いや、落ち着いているというよりは──。


「それがどうかした? 水も鉄も炎を当てれば蒸発するでしょ。そうすればあんた丸裸じゃない」


 身に纏う炎の色が赤から黄、白へと変化していく。

 そんな超高音の炎を纏いながらも、エミリアは底冷えするような鋭い殺気を湛えていた。

 少し予想外だったのかホテルスの笑みが引き攣る。思わず一歩後退るが、直後ダーインスレイヴを振り上げた。

 どちらが早いか、ホテルスの背後の地面が裂け、何本もの炎の柱が噴き上がる。それらはまるで生き物のようにホテルスを焼き尽くさんと独立した動きで彼に覆い被さった。

 しかし、後僅かというところでホテルスを取り囲んだダーインスレイヴの剣身に阻まれ、マリアが悔しそうに唇を噛む。


「大丈夫……。大丈夫だ。僕ならやれる、僕ならやれる……」


 ブツブツ呟き、ホテルスはやや青ざめながらも再び二人を馬鹿にするように笑った。


「残念でしたねぇ。お二人の戦術はここに入っていますので」


 と、ホテルスが自身の頭をトントンとつつく。


「普段前線に出ない私のまでご苦労なことですね」


 そう言い返したのはマリアだ。

 既に表情から悔しさは消え、次の術式の為フェザースタッフを構える。

 ホテルスはマリアを舐め回すように見つめた。


「それはそうでしょう。軍学校に入ってから卒業するまでの間、学科、体術、精霊術。全てに置いてトップを譲ったことがない出世頭だ。『八芒星オクタグラム』以外に僕を阻めるのは君かヒンメルの小娘ぐらいですよ。マ・リ・ア」


 先程のエミリアへのお返しと言わんばかりに、ホテルスが甘く囁くようにマリアの名を呼ぶ。

 マリアは何故か気持ち悪いではなく、後ろめたい表情を見せた。

 彼女に代わって怒りを爆発させたのはもちろん。


「私たちの名前を呼ぶなって言っただろうがッ!! クソ根暗野郎!!」


 エミリアは弾けるように駆け出し、ホテルスの喉元目掛けシグルドリーヴァを突き出した。

 ダーインスレイヴが水の壁を生み出しシグルドリーヴァを防ぐ。


「うるさいな! 色気のないチビは黙ってろよお!」


 水が弾けエミリアを押し返す。そのまま散弾銃のように彼女に襲いかかった。

 だがエミリアは水弾を見ようともしない。二撃目を放とうとホテルスを睨み、シグルドリーヴァを構え直した。


「馬鹿が! その偉そうな顔、穴だらけにしてやるよ!」


 しかし次の瞬間、ホテルスの顔から笑みが消えた。

 エミリアの炎に触れた水弾が短い音を立て蒸発していく。

 水蒸気に視界を遮られ、ホテルスは距離を取ろうと地面を蹴った、筈だった。


「──はあ?」


 足元から重い金属音が聞こえ、ホテルスは視線を落とす。

 両足にはいつの間にかマリアの炎の鎖が。


「うわあああああああああああああああ!!?」


 顔を恐怖に染め、ホテルスは力いっぱい上半身を捻った。

 水蒸気越しにシグルドリーヴァがホテルスの左脇を切り裂く。

 シグルドリーヴァはそのまま方向を変え、ホテルスの首へ迫った。

 その一撃を何とか弾いたものの、ホテルスは倒れ込み後頭部を打ちつけた。


「あがっ!? うう……この……。──いだああああああああああ!?」


 腹部を貫く熱にホテルスが叫び声をあげる。

 視界が晴れ、腹に深々と突き刺さったシグルドリーヴァを認めると、ホテルスの恐怖は頂点に達した。


「何で!? 何で何で何でえ!!?」


 シグルドリーヴァを握る手に力を込め、エミリアが吐き捨てる。


「馬鹿はそっちでしょうが。あれだけ騒がれればどこに打ち込めばいいかなんてすぐ分かるっての」

「そんな……嫌だ……嫌だあ……。し、死にたくないよお…………」


 消え入りそうなホテルスの言葉に、エミリアは鬼のような形相で怒鳴りつけた。


「部下殺しが今更命乞いなんかするなッ!!」

「あああ……うあああああ……」


 ホテルスの頬を大粒の涙が伝う。

 エミリアに怒鳴られたからではない。


「もうすぐ……幸せに、なれるんだ……。せ、戦勝国の……士官に、な、なって……」


 ホテルスの瞳はエミリアを見ていない。一秒でも早く安全を確保したいという思いで視線を彷徨わせ、四肢を動かした。

 とどめを刺そうとエミリアはシグルドリーヴァを引き抜き心臓に狙いを定める。


「ここで私たちと戦ってなくても、あんたが思い描く未来はやってこない」

「…………」


 エミリアは願うように告げた。


「この戦争はエールが、飛鳥が止めてくれる。勝者も敗者もない、人間も獣人も滅びはしない。飛鳥ならきっと、そんな結末を見せてくれる。だってあいつは、英雄だから」

「あああアああああアあああああアアアアアあああ!!」


 突如ホテルスが雄叫びをあげ、駄々をこねる子供のようにダーインスレイヴを振り回した。

 エミリアの上半身に血が飛び散る。


「このっ! いい加減に──きゃあ!?」


 飛び散った血を飲もうと、大鉈のように変化したダーインスレイヴがエミリアの顔目掛け走る。

 すんでのところで避け、エミリアは飛び退いた。

 マリアが駆け寄る。


「姉さん!」

「マリアはそこにいて! 私は大丈夫だから!」


 ダーインスレイヴは軌道を変え、流れ出たホテルスの血を吸収し始めた。

 それを見たホテルスがダーインスレイヴを地面に投げ殴るつける。


「おい……おい! 何をやってるんだ!? それは僕の血だ! あっちだ! あっちの女共の血を吸えよ! 馬鹿馬鹿馬鹿! やめろ!!」


 殴りつけた手が切れ、ホテルスは呻き声を漏らした。


「くそ……くそお……」


 その異様な光景をエミリアとマリアは気持ち悪そうに見つめている。

 やがてホテルスはダーインスレイヴの剣身を掴み、地面に突き刺した。


「ロマノーも、エールも……僕を脅かすものは全部、壊れればいいんだ……!」


 ダーインスレイヴの剣身が地面に沁み込んでいく。そして、血管のように四方八方へ伸び地鳴りを起こした。

 マリアが悲鳴をあげる。

 エミリアはマリアへ駆け寄り背中を密着させた。


「マリア! 私から離れないで!」

「う、うん! でもこれは一体……!?」


 川の水が赤く染まり、激しく揺れる。

 川だけではない。地面の割れ目からも赤い水が噴き出した。


「ダーインスレイヴ! そいつらを殺せえ!」


 ホテルスの合図で、真っ赤な水が津波のようにエミリアとマリアへ襲いかかる。

 二人は炎を生み出し津波を薙いでいくが勢いは増すばかりだ。

 愉快げなホテルスの声が響き渡る。


「だから言ったでしょう?! 水場で僕と戦うなんて無謀なんですよ!」


 エミリアは忌々しげに歯を食いしばった。


「一気に吹き飛ばすしかないか……! マリア! 伏せてて! シグルドリーヴァ! スタイル──」

「姉さんやめて!!」


 マリアが止める間もなく、エミリアはシグルドリーヴァを地面に突き立てた。


「スヴェイズ!」


 エミリアの纏う白い炎が荒れ狂い、炸裂する。何重にも重なっていた津波を一気に押し返したばかりでなく、大地を削りダーインスレイヴを分離させた。

 崩れ落ちるエミリアをマリアが支える。


「しっかりして! 姉さん!」

「大丈夫……。一回だけなら、平気だから……」

「その力、随分負担が大きいようですねえ」


 視界が晴れた先には、傷の癒えたホテルスの姿が。

 二人は互いを庇い合うように武器を構えた。

 ホテルスが先程までとは一転して穏やかな笑みを浮かべる。


「これでようやく安心できます。お二人はもう、僕の敵ではありません」

「元の状態に戻っただけじゃない。今度こそ殺してやるわ」

「いいえ」


 と、ホテルスは首を振り、ダーインスレイヴを突きつけた。


「これで終わりです。──《永遠に滅びぬ戦士の敵対者ヘルブリンディ・ヒャズニング》」


 ウォーターカッターのような水流が複数本現れ、二人を取り囲む。

 だが、エミリアは嘲笑った。


「冗談は存在だけにしてよね。この程度のエレメントで何ができるっての?」

「エミリア准将、貴女は優秀な精霊使いだ。五感から得られる情報だけでなく、瞬時にエレメント強度を見抜いてしまう」


 ホテルスは二人に背を向けた。


「その優秀さが敗因です。では、僕はガムラスタに急ぎますので、これで」


 水流が一斉に放たれる。しかし、殺傷能力があるのは一本だけ。他は全て目眩しだ。

 本命の一本へシグルドリーヴァを打ち込む、が──。


「何で……!?」


 打ち込んだ瞬間、ただの水へと変化してしまった。

 直後、別方向から同じエレメント強度が伝わってくる。

 それは、マリアのすぐ背後にあって。


「マリア!!」


 エミリアはマリアを突き飛ばした。

 目の前に水流が迫る。

 ああ──と、エミリアはマリアの方を見た。


 マリアが無事なら、それでいっか──。


 水流が、エミリアの喉元を貫いた。

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