第百二十二話 姉妹④

「は〜美味しかった♪」


 食事を終え、エミリアはグーっと伸びをした。

 空いた食器をマリアが受け取る。

 食器を洗いながら、マリアはこんなことを言い出した。


「少佐は、どうして裏切ったんだろう……」

「んー?」

「臆病で小心者で、トラブルを嫌う人でしょ? 今だってこうして私たちに追われてる。自ら原因を作るなんて今までの少佐じゃ考えられなかったのに……」

「だからじゃないかなぁ」

「え?」


 聞き返すマリアにエミリアは呆れたように足を投げ出した。


「人一倍臆病で、いっつも最悪のパターンを考えすぎる。良く言えばそれだけ慎重ってことだけど。ロマノーが負けた先にある世界と、ロマノーを裏切ることで発生する身の危険を天秤にかけて後者を取ったってだけ……じゃないか。あいつ獣人嫌いだし」

「そうなの?」


 エミリアは意外そうな顔を見せるマリアを茶化した。


「あんな根暗、マリアは興味ないと思うけど」

「職場の人に対して興味とか別にそういうのは……」


 マリアが顔を赤らめる。

 その様子を微笑ましそうに眺めるエミリアであったが、それもすぐに真剣なものへと変化した。


「ライルたち獣人が発言してる時のあいつの目ったらさ〜。あれは個人に対する好き嫌いじゃない。ホテルスは獣人自体を憎んでる」

「そんな……」

「理由までは知らないけどね。てか知りたくもないし」

「……ねぇ、もし、だけど……」


 マリアは何か言いかけ、口をつぐんだ。

 それをエミリアが不思議そうに見つめる。


「どうしたの?」

「ううん、何でもない」

「何でもなくないでしょ? 気になるから言ってよ」

「嫌いに……ならない……?」


 エミリアは今度こそ楽しそうに大声で笑った。

 もう二十歳になる、見た目だけならエミリアよりも大人なマリアが、幼い子供のように上目遣いで顔色を窺っている。

 久しく見なかった表情が愛おしくさえ感じられた。


「何言ってんの! 私がマリアを嫌いになるなんて、世界が滅びてもあり得ないよ!」

「う、うん。じゃあ……」


 マリアは意を決し、その名を口にした。


「英雄さん──飛鳥さんとアーニャさんがいたら、もっと何とか……裏切りなんか出さず、結束してスヴェリエと戦えたんじゃないかって……」

「ッ! それは……」


 エミリアが言い淀む。

 マリアの言うことはあながち──いや、その通りだと思っている自分がいるのも確かだ。

 飛鳥がベストラや『八芒星オクタグラム』を組めば、焔恭介やクリスティーナ・グランフェルトにだって負けはしない。

 最初はそうなる筈だった。飛鳥だって、そのつもりでロマノーに来たのだ。

 それを突き放したのはロマノー側、ヴィルヘルムだ。

 あの時、エールから戻った飛鳥たちと戦ったあの日に、全てが狂った。

 だから飛鳥はエールに身を寄せるしかなくなった。


 本当は、かなり無理してるんだろうな……。


 一緒に過ごした時間は短かったけど、飛鳥はいつもアーニャが一番で。

 どうしたらアーニャが笑ってくれるか、アーニャが危険な目に逢わないで済むか、そればかりで。

 なのに、ロマノーが見捨てたせいで王様なんてやらざるを得なくなってしまった。

 ロマノーとスヴェリエの両方を相手取る、そんな決意をさせてしまった。


「そうかも知れないね。飛鳥ならベストラ様にもビシッと言えただろうし、ジークフリートとアクセル・ローグと三人で、良い仲間になれたと思う。……でも、そうはならなかった。もう、そうなることはない」

「姉さん……」

「マティルダ・レグルスが言ってたの。エールがこの戦争を止めるって。でもあいつらに大陸を統一する気はない。戦争が始まる前の、睨み合いかも知れないけど、均衡を取り戻そうとしてる」

「本気でそんなことを……?」


 エミリアは強く頷いた。


「本気も本気、超本気だったよ! はー……あの一発は痛かったなー……」


 マティルダの花嫁姿、そして、その可憐な姿には似つかわしくない雷神の大槌を思い出し、エミリアの口元が綻ぶ。


「じゃあ行こっか! さっさと根暗をぶっ殺してマリアは中央に帰る! 私は第二隊に合流して西部をぶん取る!」

「うん、行こう」


 二人は荷物を背負い、川に沿って歩き出した。

 それからどれ程歩いただろうか。

 木々が途切れ、細いがならされた道をゆっくりと歩く目的の姿を見つけた。

 地図によれば近くに村がある。そこへ逃げ込むつもりなのかも知れない。


「良かった。ガムラスタに着く前に見つけられたね」

「うん、でもさー……」


 と、エミリアはホテルスの上着を見つめた。

 右腕に大きな穴が開いている。斬撃によるものではない。精霊術か、もしくは──。


「わざわざそんなことするかな……?」

「姉さん? どうしたの?」

「大丈夫、やるよ」


 マリアが頷く。


「慎重にいこうね。自棄になってるかも知れない──」


 直後、巨大な爆発が起き、悲鳴と共にホテルスは地面を転がった。

 二発目の火球を生み出しエミリアが笑う。

 マリアは慌ててエミリアの腕を掴んだ。


「ちょっと! 姉さん!?」

「久しぶりね、ハーゲン・ホテルス。このクソ根暗野郎」


 起き上がり、二人を認めたホテルスは青ざめた。


「エミリア准将、マリア大佐……!? お、お二人がどうしてここに……!? いやそれよりも! や、やめてくださいよ准将! 洒落になりませんよ!」

「うん、洒落じゃないから」

「へっ……?」


 エミリアが汚いものでも見るような視線を向ける。


「この近くに村があるわよね? そこに仲良しの反獣人団体がいるって感じかな?」


 その質問に、ホテルスは剣を抱きしめ全身を震わせた。


「准将、あの、話が見えないのですが……?」

「言葉と態度が合ってないっての。裏切りに部下殺し、ただで済むとは思ってないわよね?」

「え、あ、いや、その……それは……えっと……あーっと……な、何と言うか……」


 エミリアが鼻で笑う。


「もう全部分かってるから。私たちは元帥閣下から直々にあんたの捕獲もしくは抹殺を命じられた。でも安心して、捕まえる気はないから」

「……そ、そうですかぁ。抹殺……」


 ホテルスは立ち上がり、抜剣の姿勢を取った。

 エミリアの後ろにいるマリアも身構える。


「も〜〜〜〜〜少しでガムラスタだったのに! 全部狂った! 本当なら今頃もてなされて! ゆっくり疲れを取ってたとこなのに!!」

「その右腕、もしかしてユーダリルにやられた?」


 ホテルスを馬鹿にするように、エミリアがニタニタと笑う。

 レオンの名前を出され、ホテルスは益々興奮した様子を見せた。


「あ、そうだ! 何で中尉まで裏切ってるんだよ! あんたら一緒だったんだろう!?」

「マティルダ・レスグルに負けて心折れちゃったのかもね」

「かもね!? かもねじゃないよ! 何で始末してくれなかったんだ! 怪我はするわ説教まで……聞いてくれよ! あいつ僕に説教したんですよ!? 准将たちと比較して僕を馬鹿にしたんだ!!」

「私たちからしたらどっちもどっちだけどね」

「なっ……!?」


 ホテルスは唇を噛みしめ、震える手で剣の柄を握った。


「ダーインスレイヴッ!! あいつらの血を吸い尽くせッ!!」


 真っ黒い柄と花の蕾のような鍔、黒みがかった青い剣身。

 だが、ホテルスが何か呟くと、剣身が水のエレメントに変化し鞭のような形状へと変化した。

 エミリアの目つきが鋭くなる。


「それがダーインスレイヴの再臨執行エクセキューションか……。あ、殺す前に聞きたいことがあるんだけど、話す余裕ある?」


 煽るエミリアにホテルスは青筋を立てた。


「そっちが散々言っておいて……! 何ですか……?! 遺言ですか!?」

「何で第七隊を殺したの? 結果は変わらなかったかも知れないけど、信じてついてった隊長に殺された皆の気持ち、分かる?」


 ホテルスがそんなことかとでも言いたげに溜め息をつく。


「助けてやろうとしたのに……」

「は?」

「一緒にスヴェリエにつこうって! 助けてやろうとしたのに! あいつらっ、ジークフリート准将やエミリア准将なら、他の『八芒星オクタグラム』ならそんなことしないってウダウダ言って! どいつもこいつも何なんだよ!」

「あっそ。もう一ついい? 私たちの名前呼ばないでくれる? 気持ち悪いから」

「────ッ!!」


 顔を真っ赤にし何か叫ぼうとするが、興奮しすぎたせいでホテルスの口からは声にならない音が漏れるだけで。

 左手で胸をドンドンと叩き深呼吸した。


「殺してやる殺してやる殺してやる! 殺してやるううううううううううううううう!!」

「黙れッ!!」


 エミリアの咆哮にホテルスの動きが止まる。


「守りたいものを守る為にも、ロマノーを滅ぼす訳にはいかない。あんたはその力がありながらロマノーを裏切った。私はあんたを許さない」

「それはこっちの台詞だぁ!! 僕の未来を邪魔するお前らはここで殺す!!」


 二人が同時に動く。

 シグルドリーヴァとダーインスレイヴが火花を散らす中で互いをしっかりと睨みつけた。

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